田村鈴、14歳。
 神社の一人娘で、祠宇守の名前を継ぐ存在。澱狩りの一族として生まれた矜持は幼い頃から教え込まれ、生まれながら・・・・・・に能力を扱うことができた天才児。
 そんな彼女にも、初めての体験がある。
「……」
 学校の授業中にも身が入らない。黒板の文字を追いかけているようで追いかけていない。
 頭に浮かぶのは、一人の少年。

 ーー鈴さん、大丈夫?

 男の子にお姫様抱っこされたのも初めてだし、男の子の手は意外と固かったし、なんというかこう……どきどきするし。
 そういうことなのかとか、我ながらチョロくないかとかちょっと思うけど、実際に人の命を救うために命を張れる男子なんてそうそういないし。
 澱憑きの男とか絶対にヤバいとわかるしでも顔もなかなかイケメンだったしいやいや澱をかばうような男だしでも女の子を守ろうとするとかイケメンムーブ過ぎない? とか。
 要するに、思春期特有の熱病にかかっているのであった。

★ ☆ ☆ ☆ ★

 家に帰っても、彼の存在が頭から離れない。
 ベッドの上でごろごろしながら、思い返すのは彼の顔ばかり。我ながらチョロい。
「うー、あー、もうっ! 悩んでいても始まらない!!」
 スマホを取り出す。メッセージアプリの一覧には、彼の名前もある。
「ええいままよ!!」
 思い切りの良さだけが自慢の鈴は、思いきってメッセージを送ってみた。
 今度の日曜日、会えませんか。
 それだけのメッセージだったが、彼は了承してくれた。思わず笑顔がこぼれる。
「うわぁ! うわぁ! やっちゃったしやっちゃったよ!? どうするんだアタシ!!」
 一人で悶絶したりひとしきり気持ち悪い笑顔を浮かべたり。
 そんなことをした後に、ハッと気づく。
「そうだどうしよう!? どんな格好してくべき!?」
 セクシーなのキュートなの、とは古すぎるかもだが、要するにそういう悩み。
「そうだミアさん!」
 ミア・シュタイフ。偽名『結城ミア』は、鈴の家が協力しているドイツの組織メンバーだ。
 年齢も比較的近いので、一緒に活動することも多い。交流するうちにプライベートな話も交わすような間柄にはなっている。
 さっそくメッセージアプリを起動、今度はミアへ連絡。

{あの! コハル先輩の好みってどんな服装でしょう!?}
{え? なんで?}

{日曜日にデートすることになりました!}
{なんで!?}

{デートは言いすぎかもですけど、一緒に遊びに行ってくれるって!}
{それってそういうことですよね! ね!}
{あなたは自覚とか責任とかないの!?}

{だって気になるんですもん!}
{気になるのに動かないなんてありえません!}
{え、ええ}

{だから、質問なんです! 好みの服装!}
{ミアさんって同じクラスなんでしょ?}
{そうだけど}

{何か知りませんか}
{聞いたことないけど}

{ミアさん、女子として見られてないんですか?}
{大きなお世話よ}

{でも、困りました。とりまミニスカとか?}
{一応、年長者として忠告だけど}

{あまりはしたない格好をすべきではないわ}

{いつラスターと戦うかも分からないし}

{そもそも淑女としてどうかと思うわ}

{淑女て}
{ミアさん、女子力低いって言われません?}
{大きなお世話だ!!}


 怒りのスタンプが大量送信されて来た。くすくすと笑い、

{まあまあ。でも要注意人物と一緒にいるのは悪くないでしょ?}
{監視だってできますし}
{それは、まあ、そうだけれども}

{じゃあ、日曜日は楽しんできます!}
{あ、何か好みがわかったら教えてくださいね}
{絶対イヤ}


「もう、真面目だなぁ」
 ミア・シュタイフとは、彼女が日本入りしてすぐからで、もう半年以上の交流がある。
 だが、一貫して真面目が過ぎる彼女は、いささか学校にもなじめないのではないかと心配になるほどだ。
「ま、それが良いところなのかもしれないけど」
 スマホを充電器に挿した鈴は、とりあえずお風呂に入るべく、ベッドから起き上がった。

★ ☆ ☆ ☆ ★

 一方その頃。龍宮家。
「どうしたの、コハル」
 スマホを眺めていたコハルを見つけ、ヴィナは首をかしげる。
 コハルは苦笑しながら、
「鈴ちゃんから呼び出しがあって」
「鈴って、コハルを襲撃したちっこい方?」
「そう。ミアさんも呼び出しがあったら応じるようにって言っていたし、何かあったんだと思うけどね。日曜って言うから、緊急事態ではないと思うんだけど」
 そうなのだ。
 連絡先を交換する時、確かにミアは言っていた。連絡にはいつでも応じるように、と。
 それは、要注意人物に対しては当然のような言動であったものの(上から目線という点はさておき)、それ以外に含みはない。
 そのせいで、コハルもまた、鈴からの連絡はデートのお誘いだなんて欠片も考えていない。ラスター関連の何かがあって、あるいは自分が知らない何かを教えてくれるために呼び出したのだろうと。
 それは、コハル自身の恋愛経験がやたらめったら少ないのも関係している。普段はどこかぼーっとしていて、あんまりガツガツしたところのない男子。モテなかったわけでもないのだが、当の本人が気付かずに破局(付き合ってない)したこともある。
 つまるところ、コハルは女子の機微というものをまったく知らない男子で。鈴のどきどきは、特に気づいてもいないのであった。
 ヴィナは空中をくるくるしながら、
「ふうん。じゃあ、日曜日はお出かけね! ねえねえ、ついでに甘いの食べたい!」
「いつでも食べてるでしょ」
「いいでしょ別に!」
 ヴィナは甘いものに目がない。幽霊のーーミアの言葉を借りればラスターという存在なのだろうがーーくせに、食べることが大好きなのだ。
 日々日々デザートを作るようになり、コハルの女子力も毎日上昇しているが、それはさておき。
 二人の勘違いは、日曜日まで続くことになる。

★ ☆ ☆ ☆ ★

 その頃、気高き者エーデル・ムートの教会。
 日本に駐留しているメンバーは総勢10人。ただし、何人かは常に見回りでスポットの範囲内を移動しているので、教会の中に全員が揃うことは少ない。
 今日も今日とて、教会の中にいるのはミアとニーナの二人だけだった。教会の食堂で、二人で向かい合って食事をしている。
 教会という名前ではあるが、二人は正しくシスターというわけではない。特にミアはキリシタンでもなく、神の存在を信じていなかった。
 そのため、食事もごく一般的なものを食べる。今日はソーセージにパンとサラダという質素なメニューだ。
「……」
 ただ今日の食事は、いつにも増して、何を食べているかさえよくわからなかった。
 その様子を見たニーナは、首をかしげる。
「どうしましたか、ミア。何か心配ごとでも?」
「ふぇ!? い、いえ、とんでもありません!」
「隠し事はいけませんね」
「か、隠してなどと!」
「本当ですか?」
 じーっ、と見つめられるとミアは弱い。みなしごだった自分を拾ってくれた、大恩のある相手なのだ。
 とはいえ、ここで口を割れば鈴との友情問題もある。冷や汗だらだら悩んでいると、
「……ちなみに鈴のデートなら私も知っていますよ」
「何故に!?」
「鈴から連絡が来ていますから。その日は討伐任務に入れないが構わないか、と」
「……」
 今の緊張感はいったい。
 ニーナはくすくすと笑い、
「いいではありませんか。任務はもちろん大切ですが、それ以上に、あなたたちは前途ある若者です。将来の結婚相手をつかまえておくことも大事なことですよ」
「それは実体験でしょうか」
「あぁ?」
「……なんでもありません」
「結構。そうだ、ミア。あなたもデートに同行なさい」
「はい、わかりまし……はい? 今なんと」
「デートに同行なさいと言いました」
「本当に何故!?」
「あなたは恋愛の機微とか絶対に疎いと見ました。ちょっと覗いて勉強してきなさい。これは聖務として命じます」
「こんな聖務がありますかッ!!」
「では性務と」
「いい歳して何を言ってぐふっ」
 脳天に刺さったフォークを引っこ抜くミアは、すでに涙目だった。
「ニーナ様ぁ……」
「いいから行きなさい」
「念のためにお聞きしますが、面白いからとかいうことが理由ではありませんね?」
「さて、お祈りの時間ですね」
「ニーナ様ぁ!!」


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