結局、コハルがミアと時間を作ったのは放課後になってからだった。
 学校内は通り魔事件で持ちきり状態。落ち着いて話をする雰囲気ではなかったのだ。
「ごめんなさいね、呼び出したりして」
「ううん、大丈夫」
 学校からの帰り道。コハルはミアと共に、家とは少しだけ違う方向ーー教会に向かって歩いていた。
 教会は、ミアたち異能力集団”気高き者エーデル・ムート”の拠点になっている。
 もともとは教会出身の悪漢ーーベルホルトを追いかけるための仮住まいだったそうだが、向こうの事情で、今も拠点として使っているそうだ。
 コハルはその詳しい事情を聞いていないが、ミアが必要だと言うのだからそうなのだろう。
 ーー実際は、ミアたちはコハルというイレギュラーを監視するためにいるのだが、それは本人相手に知らされていない。
 一国を傾けるほどの悪事を働いたベルホルト。そんな彼に対抗しうるコハルは、いまや重要人物だ。なにせ、ベルホルトには教会随一の殲滅力を有する者でさえ勝負にならなかった。
 戦力というのは単純に比較ができるものではないが、単純に比較すれば、コハル以上の戦闘力を持つ人間は気高き者エーデル・ムートにはいないことになる。
 閑話休題。
 ミアがコハルを呼び出したのは、彼が決して危険人物だからではない。彼も知っておくべきだと思ったからだ。
「あのね。用件は、学校で話題のあれと同じなの」
「学校のあれって、通り魔?」
 ミアはこくんと頷く。
「通り魔って話題になっていて、実際、犯人は一見すると無差別に人を襲っている。でも、それだけじゃない」
「何か法則性があるの?」
「法則ではないわ……。共通点と言うべきかしら」
「共通点って?」
「……被害者は、能力で殺された疑いがある」
「ッ!?」
 ミアは声を小さくしながら、
「そう、だから異常事態だし、犯人は捕まらないの。おそらく犯人は、一般的な持ち物を刃物のように変化させる能力を持っている。だから検問で捕まらない。凶器を所持していないからよ」
「でも、日本に能力者は……」
「もともと能力者はそれほど多くない。とはいえ、今は外国から入国することも難しくない時代よ。江戸の頃ならいざ知らず、現状なら誰が能力者でもおかしくはない」
「でも、それじゃあ」
「そう。犯人は、日本の警察では捕まえることができない。私たちが動くしかないの」
「けど、気高き者エーデル・ムートは……」
 法的に、彼らはただの宗教組織だ。決して、司法機関ではない。
 そんな彼らには犯人を逮捕する権限などないし、ましてや裁く権利などあるわけがない。
 だが。
「ベルホルトと同じよ。犯人は、一般人には証明できない方法で秩序を乱そうとしている。そうなれば、それを止められるのは私たちしかいないの」
 能力を用いた犯罪は、不可能犯だ。逮捕したところで、能力で生成したナイフで人を殺しました、とは言えまい。
 だが、だからといって、気高き者エーデル・ムートがやろうとしていることが正当化されるわけではない。法治国家において、彼らがやろうとしていることは、ただのリンチだ。
「わかっている。許されないことだと。でも、それでも、私たちはやるわ」
「……うん」
 ミアの覚悟。それを止めることは、コハルにはできなかった。
「それよりもお願いよ。龍宮君は、常にヴィナと一緒にいるようにして」
「わかった」
 コハルは霊が見えるものの、実際に戦闘力を持っているわけではない。
 彼がベルホルトを倒せるほどの戦闘力を発揮できるのは、ヴィナと融合した時だけだ。
「それと、もうひとつ。勝手を言うようだけれど、あなたは犯人捜しをしないで欲しい」
「危ないから?」
「ええ。犯人の目的は知れないけど、能力者と対峙すれば、十中八九まで戦闘になる。それだけは避けるようにして」
「わかった」
 コハルは、それしか言えなかった。

★ ☆ ☆ ☆ ★

 コハルへの忠告を済ませたミアは、教会へと帰還した。
「ただいま」
「あ、お帰りなさい」
 出迎えてくれた気高き者エーデル・ムートの仲間に挨拶しながら、ミアは奥の部屋へと向かう。
 そこではすでに、狩りの用意を済ませた仲間たちがいた。
「お帰り、ミア」
「ん。フェリも行くのね」
 その中の一人、フェリツィアに声をかける。
 鋭い眼差しに、背負ったエアガン。黒っぽい上下の服を合わせると、雰囲気は暗殺者のそれ。
 フェリツィアは、ミアの昔からの友人だ。誤解もあって教会を離れていた彼女とは敵対もしたが、今では友達に戻っている。
 そんな彼女は、重力操作の能力を持つ武闘派でもある。むしろミアの方が戦闘向きの能力ではない。
 フェリの他に三人のメンバーが戦闘の準備をしている。いずれも、無差別殺人犯を捕まえるための人選だ。
「ミア、あんたも狩りに行くんでしょ。さっさと着替えてきなさいよ」
「はーい。もう、フェリも一緒に学校通えばいいのに」
「絶対にいや」
「素直じゃないわね」
「ぜっ、た、い、に、い、や」
 ミアをじろりとにらみ、フェリは鼻を鳴らす。
「それに、今回はわたしたちだけじゃないわ」
「わたしたちだけじゃない?」
「そういうこった。狩りには、オレも参加する」
 入り口からのっそりと入ってきたのは、半グレのような男。
 染色した髪に、派手な身なり。サングラスの下から覗くのは鋭い眼光。
 鬼頭虎夫。通称はトラ。
 その顔を見たミアは息を飲む。
「な、なんであなたが」
「あぁ? 悪いか」
「だってあなたは、傷害犯で!」
「物証はねぇ。凶器も、被害者すらいねえ。なら、警察でも何もしようがねえってもんだ」
「くっ」
 トラは、ベルホルトに追随し、世の中を混乱に陥れようとしていた張本人だ。物資補給を協力していただけのフェリとは違い、直接的に気高き者エーデル・ムートの協力者を叩きのめしたり、世の中の混乱を望む言動を繰り返していた。
 だが、一方で思想は自由とも言えるし、被害者である鈴は、異能力者であるがために普通の病院にすら行っていない。その事実を鑑みれば、なるほど確かに、トラを捕らえられる根拠がない。
「だいたい、今日は人間を狩るんだろ。お前らに人間を狩れるのか」
「……それは」
 トラの言うことはもっともだった。
 能力を行使して犯罪をおかす人間は、普通ならば裁判で裁かれる。懲役か死刑か、それは裁判の結果によるだろうけれど、まともな司法はそうなっている。
 だが、これから気高き者エーデル・ムートがやろうとしていることは、能力者の確保。当然、能力を使って悪事を働いたことを報いさせるためである。
 権限の云々はともかく、司法機関と同じようなことを彼ら自身が行うことになる。だが、相手は人を殺すことさえいとわない人間。常識的には戦闘になるだろうし、結果的にはーー。
「確保するだけよ。命まで奪うわけじゃない」
「あまっちょろいな」
「トラ、あなたも今は気高き者エーデル・ムートに保護観察されている身分であることを忘れないように。あなただって、好き勝手に犯人を殺す権利はない」
「わかってるよ。ただ、正当防衛ってもんもあるだろう」
「意図的に殺すことは正当防衛じゃない」
「うっせえな」
 不満そうなトラだったが、ミアとてわかっている。
 もともと、ベルホルト捕獲の時だってそうだった。いざとなれば人の命を奪わなければいけない。
 それは仕事としての責任感だが、そう言われて、素直に心の底から納得できるわけでもない。
「とにかく、犯人を探しましょう。これ以上、被害者が出る前に」
 そう言って、ミアは足を動かす。
 体は素直に動いてくれた。


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