包丁男を殺してから三日後。気高き者エーデル・ムートが拠点にしている教会に、ドイツ本国からの応援がやって来ることになった。
 その間に調べられるだけ調べてみた。
 包丁男そのものは、近隣に住んでいるだけの一般人。年齢は42歳、無職独身。独り暮らしで、半月ほど前に非正規の雇い先から解雇された(正確には契約更新できなかったと言うべきだろうが)ことが判明している。
 だが、ラスターとの接点はわからなかった。家やその周辺にラスターが出没した形跡はない。彼らが現れれば土地家屋に被害が発生するから、間違いないだろう。
 かといって、ここ半月ほどは、ろくに外出もしていなかったことが近所の住人から聞き取れている。せいぜいスーパーやコンビニに出掛ける程度らしく、新しい仕事を探している様子もなかったようだ。
 もともとあまり近所付き合いをするタイプでもなく、何を考えているのかわからない。不気味な雰囲気、いつか事件を起こすんじゃないかと心配していたーーとは、元職場の同僚が語ったところ。
 みな一様に、彼が事故で亡くなった(という風に情報を操作した)と聞くと、特に悲しむ様子もなかったのが印象的。
「……」
 応援が到着する予定日。
 ミアは礼拝堂で調査書類に目を通しながら、ため息をついた。
「他人の死を悼めとは言わないけれど。冷たいものね」
「それだけ不審者っぽい人だったってことじゃ」
 答えたのは、まだ中学生の少女ーー鈴である。
 ベルホルト逮捕に協力した彼女は、今も新しい問題解決に向けて、気高き者エーデル・ムートとは協力体制にある。それを差し引いても、もはやミアとは友達のような関係だ。
「いくら不審者でも、死ねば悲しい。人間ってそういうものではないの?」
「そんなの、あたしに言われても」
「それはそうだけれど」
 ミアの言いたいこともわからないわけじゃないが、まあ綺麗事だろう。理想論と言い換えてもいいかもしれない。
 国内だけでも毎日、世界となれば毎分人が死んでいるような状況において、いちいち他人の死を悼んでいられない。理屈ではある。
「それよりも、今日は応援の人が来る日ですよね? 迎えに行かなくていいんですか?」
「タクシーでここの住所を言うように伝えてあるから大丈夫」
「ふうん。じゃあ、どんな人なんです?」
「二人来るんだけどね。一人は研究班で、一人はその護衛」
「研究班?」
「ええ。本国でラスターそのものや、私たちの能力なんかについて研究をしているの。どういう性質があるのか、どういう弱点があるのかをね。今回の包丁男は、なぜ能力を行使できたのか、その経緯が不明だから」
「それはそうですけど、でも、本人はもう死んでますよ?」
「それは大丈夫。あの二人は、死体からでも情報を集められるから」
 そんなことを言っているうちに、表に車が止まる音がした。バタバタと音が続き、二人の人物が教会に入ってくる。
「長旅、お疲れさま」
「本当に疲れたよ。極東なんて10年ぶりだ」
 そう答えたのは、小柄な白人女性。身長は150もないだろう、長めの前髪で目が半分かた隠れている。洒落気のない服装が、かえって彼女の気質を表しているようだった。
 その後ろに控えているのは、やはり白人の女性。身長はミアと変わらないほどだが、革のジャケットとジーンズのせいで男性的な雰囲気がある。顔はサングラスで隠れていて、半分見えない。
「鈴、この二人が増援。小さい方が研究班のヴェレーナ、ガラの悪い方が護衛のアンドレアよ」
「悪かったな、ガラが悪くて」
「ミア。もう少し紹介の仕方はないのか」
「あら、本当のことでしょう?」
 そう言って、ミアはくすくすと笑う。
「アンドレア、ヴェレーナ。この子は鈴、日本の能力者よ」
「よろしく。それでミア、死体はどこに?」
「少しくらいゆっくりしてもいいのよ?」
「私はこの国に仕事をしに来たつもりだが」
「はいはい。……こっちよ。鈴、あなたはいったん帰って」
「邪魔ですか?」
「これから死体を調べるのよ。見たい?」
「……帰ります」
 そうして、と言い残したミアは二人を先導し、教会の地下室へと導く。
 そこは、秘密裏に作られた教会メンバーだけが立ち入ることのできる小部屋だ。10畳ほどのスペース、その中央に台が置かれ、先日の死体が寝かされている。部屋の明かりは蛍光灯だけで、それが非常にうら寂しい。
「ふむ」
 ヴェレーナは死体に近づく。足りない身長を踏み台でごまかし、死体の検分を始めた。その間に、アンドレアが道具の用意を進めていく。
「死因は首の切断傷か。ずいぶんと手荒な殺し方をしたな?」
「殺したのは私ではないわ」
「誰でも構わないがね。アンドレア、縫合するぞ」
「あいよ」
 ヴェレーナは医療用の針と糸で、雑に首を縫いつけていく。
 首が落ちない程度に繋がったところで、今度はアンドレアが前に出た。
神様からの借り物トーテン・タンツ
 能力の発動。すると、男の死体がむくりと起き上がった。
 アンドレアは死体を操作する能力を持っている。その能力を行使すれば、死者の記憶を引きずり出すことも、死者が生前有していた能力を行使させることも可能だ。
 とはいえ一度に操れる死体の数には限度があるし、そもそも町中を死体同伴で歩けるわけではない。そのため、彼女の能力は使いどころを選ぶ。
「あんた、名前は」
「諏訪部亮一……」
「ではリョーイチ。どこで能力を手にした」
「覚えて、いない……」
「覚えてない? じゃあ、いつからだ」
「一ヶ月、くらい、前」
「へえ。なぜ人を殺した?」
「殺して、みたかった。俺を、バカにした連中を、殺してやりたかった」
「死んだのはお前とも面識のない一般人だろう。バカにしたわけじゃない」
「関係、ない。世間の連中が、俺の、能力を……理解しないのが、悪い」
「ふうん。なるほどね、要するに被害妄想の糞やろうってわけだ。ヴェレーナ、他に質問は?」
 小柄な研究者はアゴに手を当て、
「そうだな……。貴様、能力に目覚めた時、何をしていた?」
「仕事が、クビになることが、決まっていて。自棄で、飲み歩いたり、していた」
「じゃあどこで能力に目覚めたかも、本当にさだかではない? 心当たりのような、不可思議な現象もない?」
「何も、ない」
「わかった。もういいよ、アンドレア」
「了解」
 パチンと指を鳴らすと、包丁男の死体はばたりと倒れた。
「どうやら、本当に覚えがないようだな。アンドレアの能力で聞いたんだから確実だ」
「でも、それなら……なんで人を殺せるような能力を持っていたのかしら」
「わからないが、こいつ、気絶してからも攻撃してきたんだろ?」
「ええ」
「となれば、結論はひとつだ」
 パチンと指を鳴らし、ヴェレーナは言う。
「こいつはただの駒だ。他人を目覚めさせ、操作している能力者がいるぞ」


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