翌朝。
 ヴィナを伴ったコハルが学校に到着するなり、ミアに連行された。人のいないところまで移動した二人は、さっそく例の連続殺人犯についての話をする。
「そっか、捕まったんだ。よかったね」
「良くはないわ。むしろ状況は悪くなったとさえ言えるかも」
「悪くなった?」
 ミアは頷き、
「考えてもみて。本来、能力者はラスターに襲われた時に目覚める。それ以外で覚醒することは、本来ならありえないのよ」
「あ……」
「今回の犯人は、ラスターに襲われた記憶がない。ということは、何か別の方法で目覚めたのよ。その原因を掴まないと、能力者が乱増するかもしれない」
 能力者の危険性はもはや言わずもがな。それらが無限に増えるとなればーー。
「最悪。世界のルールが根本から変わってしまうわ」
「状況は理解したけど……。でも、他人の能力を開花させる能力?」
「ありえないことではないわ。能力者の能力は様々だもの。どんな能力もありえないことはない」
 実際に様々な能力を見たミアが言うのだ、間違いないだろう。
「あなたはすでに能力を持っているから、新しい能力が開花することはないだろうけども……。他人に能力を撒いている犯人の目的なんて分かったものじゃないわ。あなたも危ないかもしれない」
「わかったよ。ヴィナ、よろしくね」
「ん。コハルはあたしが守るから大丈夫」
 精霊のヴィナと融合すれば、その戦闘力は十分だろう。
 だがーー。
「それだけでは不安が残るから、なるべく私たちと行動を共にするようにして欲しいの」
「不安が残る?」
「本来、私たち気高き者エーデル・ムートもペアで活動するわ。不意打ちされた時に一人では対処しきれないかもしれないし、能力の相性次第では一方的に負けることもありえる。だからこそ、能力者はグループで動くのよ」
「なるほど……。学校にいる間はミアさんが近くにいるから問題ないね」
「ええ。ただ、今日の放課後、私は先生に呼ばれていて……。一緒に帰ることはできないの」
「待っていようか?」
 言いながら、これ他の男子に見られたら噂になるんじゃ、とか思う。
「嬉しいけど、いつ終わるか分からないから……。他のメンバーに声をかけておくから、一緒に帰ってもらえる?」
「ん、わかった」
 コハルは軽く頷く。残念半分、安心半分。
「校門集合にしておきましょうか。じゃあ、よろしくね」
 立ち去るミアを見送りながら、
「……なんだか大変な事件になってきたみたいだね」
「コハルと居ると退屈しないね」
「僕は退屈したいよ」
 そう言って、ため息をついた。

★ ☆ ☆ ☆ ★

 放課後。校門で待っていると、見知った女子が駆けてきた。
「あれ? 鈴ちゃん」
「えへへっ。待ちました? あ、これデートっぽい!」
「そういう浮わついた感じのやつじゃないはずなんだけど……。てっきり気高き者エーデル・ムートの誰かが来ると思ってたよ」
「教会の人は忙しいらしいんで、代理です!」
 本当はグループメッセージが入った時点で、強引に役目を奪ったのだがそれはさておき。
 二人で並び、教会に足を向ける。ヴィナはコハルの肩に乗って周囲を警戒していた。
 (鈴からすれば)コブ付きデートにはなるが、ヴィナとコハルは分かれてしまうと能力が行使できない。やむをえないところだ。
「鈴ちゃんは犯人に会ったの?」
「殺人の方ですよね? 会ってないです」
「そっか。それにしても、怖い話だね」
「ええ。……本当に、怖い話です」
 そう言って、鈴は俯く。
 その顔に、さっきまでのデート気分はない。その様にちょっと話題をミスったかな、と思いつつ、コハルは続ける。
「能力を使って悪事を働く人って多いの?」
「少なくても、うちの一族にはいませんでした。もっとも、トラみたいな人がいることは知らなかったので、正しくはうちの両親とか、そのくらいですけど」
「そっか。まあ、そりゃそうだよね」
 コハルの両親とて、罪を犯したことはない。
「……祠宇守の一族は、たいてい子供のうちに能力を開花させます。その時、まっさきに教えられるのは、能力を使わないことです」
「それは、なんとなくわかるよ」
 鈴はこくんと頷き、
「アタシは生まれた時から能力を持っていました。だから、能力を使うことはすごく自然なことです。けど、そんなアタシですら、能力を好き勝手に使うことは怖いことだって思います。それだけ、この能力は簡単に人を殺せ過ぎてしまう」
 確かにそうだ。
 鈴の能力は刃物を具現化するというもの。この能力を使えば、たとえ丸裸の状態でも暗殺ができてしまう。
 これは鈴に限ったことではない。単純な身体強化だけでも、一般人がオリンピック選手を越える力を発揮できてしまう。
 普通ならばありえない。だからこそ、相手をあっさりと殺せてしまう能力。それは実際に殺人事件が発生したことでも証明できている。
 もちろん、刃物なんてそのへんでも売っている。それを使えば人を殺すことは簡単だろうし、もっと単純に、マッチ1本でも人は殺せるだろう。
 だが、そういう問題ではないのだ。能力者の能力は、言うなれば鞘のない刀。
 鞘は、己の精神だけなのだ。
「だから、人を殺させている犯人ーー無秩序に能力を開花させる能力者なんて、許しちゃいけないと思います」
「そうだね、捕まえなきゃ」
「コハルさんはダメですよ? 一般人なんですから」
「それを言ったら、鈴ちゃんだって中学生じゃないか」
「アタシは生まれながらにお役目がありますから。訓練だって受けていますし、ただ体が大人じゃないだけです。能力者同士の決闘じゃ、それは決定打にはなりません」
 実際、鈴は高い戦闘力を持つトラを一人で撃破したこともある。
 とかく彼女は、能力を発動させるスピードが段違いだ。それは一朝一夕で身に付くような能力ではなく、彼女が相応の訓練を積んだことは容易に想像できる。
「コハルさんは能力こそ高いですが、訓練は特別に積んだわけじゃありません。そういうの、隙があるんですよ」
「隙ねぇ……。どう思う、ヴィナ?」
「まあ、融合を食い止められたら手も足も出ないわね。あとはベルホルトみたいな能力もイヤ」
 数を頼みにされた能力は、刀一本で戦うヴィナの能力とは相性が良くない。
「弱点を克服するのが訓練ですから。あんまり過信しちゃダメですよ?」
「お互い様だって」
「まったく、もう。……そういえばコハルさんて、自分自身の能力はないんですか?」
「え?」
「普通、誰でも固有の能力に目覚めたりするものですけど。アタシの具現化能力みたいに」
「ああ……。そういえば、僕はそういう能力は持っていないね。能力は全部、ヴィナのものだし」
 融合した時に発動できるのはヴィナの力だ。全能感はあるが、それは能力とは言わないだろう。
「ふうん。じゃあ、精霊と融合するのがコハルさんの能力なんですかね」
「そうかもしれないね」
「パートナーとなった精霊と融合する能力かぁ。そんな能力、他に聞いたこともありません」
「ラスターがこうやって人間と一緒に行動することはあるの?」
「それはたまにあります。ちょうど餌が巣に帰るのを待つみたいに、人間と行動を共にしてより多くの人がいる場所まで向かわせるんです。憑依、あるいは憑着といいます」
「じゃあヴィナも憑着?」
「そうですね。ただ、ヴィナさんの場合はコハルさんの意識を奪ったりしませんし、協力関係にあります。それはラスターではなく精霊だからかもしれませんが」
「そっか」
 ベルホルトの話によれば、精霊とラスターの違いは、飢えているかどうかなのだという。
 ラスターたちが本来生まれる世界では、人間の飢えが強い。ゆえに生まれるラスターも無制限に人の幸福を食らうような、魔物に等しいものになる。
 一方で、まっとうに生まれる精霊であれば、そこまで幸せに執着することはないのだという。幸福を不幸へ、不幸を幸福へ。そうやって世界のバランスを取っているだけの存在だとか。
「そういえば気高き者エーデル・ムートは、精霊に会ったことはないのかな」
「幸福も不幸も、ある程度は限度のある社会では、精霊は生まれにくいみたいですね。特に欧米諸国のような豊かな場所では、そもそも発生しないと思います。戦時中はいたかもしれませんけど、みんな混乱にあって、そういうのを調べている状況ではなかったでしょうし」
「なるほどね」
「まあ、そもそも精霊やラスターを見つけられるだけの能力者は限られますから、そういう人間の集団でもないと調べるって発想にならない気もします」
「確かに。僕も昔から見えていたけど、ラスターの正体を調べようとは思わなかったな。他人に見えないものが見えるなんて言ったら、ただの頭がおかしい人だし」
「そうなんですよねぇ……。お役目とか能力とか、世間で認知されていないものについては、理解を得られることってないですし。アタシも小さい頃から苦労しました」
「鈴ちゃんは生まれつきだもんね」
「はい。……あれ? そういえば、コハルさんは昔からラスターが見えていたんですか?」
「え? うん。いつからかは記憶にないけど」
「なんでです?」
「なんで?」
 鈴は真剣な顔で頷き、
「能力がない人は、そもそもラスターを見ることはできません。でもコハルさんはラスターが見える。けど、ラスターに襲われたことはありませんよね?」
「そうだね。……そうだね!?」
 そうだ。それはおかしいんだ。
 ラスターに襲われた経験を持たないコハルが、ラスターを見る最低限の能力を有しているということ。
「もしかして、僕も、目覚めさせる能力者に……会ったことがある?」


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