進路を変更し、コハルは鈴を連れていったん帰宅した。
 二人がかり(ヴィナは物質に触れられないので役に立たない)で家のアルバムをひっくり返し、見覚えのない人物を探してみる。
 だが、すぐに無理だとよくわかった。なにせ、何のあてもないのだ。
 見覚えのない人物を探そうにも、子供の頃のアルバムなのだから、覚えのない相手なんていくらでもある。
 小学校のクラスメイト相手なら、そういえばこんな奴もいたなぁ、なんて思うこともあれど……。その中に犯人がいたところで見つけようがない。
 そんな不毛な作戦を横目に見ていたヴィナは、
「ねえ、コハルっていつからラスターが見えていたか、本当に覚えてないの?」
「うーん。思い出せないんだよね」
 コハルは首をかしげ、
「もともと祠宇守の人のおかげか、町でラスターを見かけるのは月に1回あるかないか。普段はそれほど意識していないし、いつからかって記憶にないんだよね」
「なるほどねぇ」
 ーーあるいはそれが鍵なのか。
 ふと、そんなことを思った。
「目覚めさせる能力者に、無意識に出会っていたとして。でも、それもおかしな話なのかも」
 能力者がどういう条件で目覚めさせるのかは不明だ。
 だが、それがそれなりに以前の話ではある。いつから見えるようになったかは覚えていないが、少なくても子供の頃から見えていた記憶はある。
 ならば、今までの間ーー能力者は何をしていた?
 記憶にあるうちでも、5年かそこらは経過しているはずだ。なのに、通り魔が現れたのはここ最近。能力者が能力を行使して、それからずっと待機させていたわけでもないだろう。
 では、コハルに能力を開花させてから今までの間、能力者は潜んで何をしていた?
「あるいは、僕の能力は隠れた能力者とは関係ないのかもしれないね」
「うーん。その可能性が一番高そうですけど、でも、そうなるとコハルさんの能力が何なのかって疑問は解決しないままですね」
「考えてみれば、ベルホルトも精霊と融合したって言っていたね」
 正確には取り込んだと言うべきだろうか。だが、能力的にはコハルのそれと大きく違わないようにも思える。
 精霊と融合する能力が精霊側の能力に由来するのであれば、ヴィナと融合できるのは彼女自身の能力だ。
 どちらの能力で融合しているのか。一緒になってしまうので、それさえも判然としない。
「コハルさんって、謎が多いですね」
 今まで意識したことはなかった。
 だが、鈴に言われて、初めて自分の力というものが底知れない深淵に思え、コハルはぶるりと背筋を震わせた。

★ ☆ ☆ ☆ ☆ ★

 家でアルバムを漁っていても解決しそうにないので、片付けて教会に戻ることにした。
 ここならば能力者も多く、護衛は必要ない。
「鈴ちゃんは教会に泊まるの?」
「いえ、今日は家に帰ります。学校もありますし」
 明日も平日、学校は普通授業だ。お互い学生の身ともなれば、世間の危険とは関係なくやらねばならないこともある。
「今日は楽しかったです! またデートしましょうね、コハルさん!」
「ははは……。お手柔らかにね」
 ひらひらと手を振って別れたコハルは、ヴィナと共に教会に入る。
「あ、ミアだ」
 礼拝堂の隅。そこにクラスメイトの姿があった。
 お祈りの姿勢をしていたミアは、目を開き、立ち上がる。
「ミアさん。遅くなって心配させちゃった?」
「大丈夫。スマホに連絡貰っていたから」
「そっか。お祈り?」
「ええ。私たちはキリシタンというわけではないけど、たまにはお祈りしたくなる時もあるわ」
 すとんと椅子に座る。その姿は、さながら聖女のように美しかった。
 なんとなく、コハルも隣に座る。ヴィナはふわりとコハルの肩に座った。
「……何かあった?」
 コハルの問いかけに、ミアはすぐに答えなかった。じっと十字架を見つめる。
「本当はね、あなたみたいな普通の高校生に話すことではないと思うの」
「うん」
「でも、他の誰に話していいか分からなくて。鈴や気高き者エーデル・ムートのみんなには、話しづらいことだから」
「いいんじゃない? 僕ならなんでも聞くよ」
「ありがとう」
 ミアは一息、言葉を続ける。
「通り魔を発見して、最初に追い詰めたのは私だった。私は能力的に突出しているわけじゃないけど、並の能力者なら簡単に殺せるだけの能力があるわ」
「それは、なんとなくわかるよ」
「実際、あの時も殺せた。いつでもね。でも、私は殺さなかった」
 うつむく。表情が見えなくなる。
「殺したのは乱入したトラだった。彼は殺すことに躊躇がなかった。実際、私たちは戦闘状態だったんだから、彼の方がずっと正しい。殺さなければ殺される、戦いとはそういうものだから」
 あの時。頭ではそれを理解していた。今まで人に剣を向けたことがないわけでもない。
 だが、あの場で、通り魔を殺すことはできなかった。
気高き者エーデル・ムートたるもの、世の秩序を守るのは責務。そのためならば、どんな相手でも犠牲にできなければいけない」
「それは……」
「わかっているわ、これは私たちのエゴよ。私たちは誰に何の権利を与えられたわけでもない。社会のルールにだって反している。それでも、私たちにしかできないことだから……だから殺すの」
 能力者を止めることは、能力者にしか出来ない。かといって能力者を無尽蔵に増やしてしまえば、社会は無限に混乱する。
 だから、気高き者エーデル・ムートは止めると決めた。どんな犠牲を払おうとも。
 協力する者には義務を、反する者には死を。
 ゆえに、気高き者。
 己を律し、敵を討つ。ただそのためだけに存在する組織。
「あなたが私たちをどう思ってくれても構わないわ。でも、たとえエゴだとわかっていても、これは私たちにしか出来ないことなの。なのに……私は、できることをやらなかった」
 あの場において、能力者の通り魔なんてまっさきに誅殺すべき相手だ。物理的に可能で、理由もあった。なのに殺せなかった。
 トラの言うこともわかる。彼が正しい。
 殺すべきを殺さないのは、その後に生まれる何十、何百という被害者を生むだけのことだ。
「私、どうすればよかったの……。殺さなきゃいけないとわかっていたのに、殺せなかった! これじゃあ、気高き者エーデル・ムート失格だわ……」
「失格ねぇ……」
 首をかしげたのはヴィナだ。
「よくわかんないけど。殺さなきゃいけないなら殺せばよかったじゃない。なんで殺さないの?」
「それは……」
「だって敵なんでしょ? 敵を相手に遠慮する必要なんかないでしょ」
 ヴィナは純粋に首をかしげているようだ。
 彼女は人間ではない。人間としての社会規範はある程度までコハルに教わっているが、それは知識だ。
 幼い頃から悪いことを悪いとすりこまれているような、一般人とは基本的な概念が異なる。
「なんで殺せないか……」
「初めてじゃないんでしょ? ベテランなんだし」
「それはそう。今までも出来ていたんだけど……あの時は、何故だか」
 そんなミアを見ていたコハルは、くすりと笑う。
「いいんじゃないかな、それで」
「え?」
「いいんじゃないかなって。殺せなくても」
「でも、それは責務に反する……」
「確かに、気高き者エーデル・ムートの責務は大事だと思うよ。社会が認める手法ではないけど、能力者にしか能力者は止められない。そういう意味で、気高き者エーデル・ムートの仕事は大事だ」
 でも、とコハルは続ける。
「殺すことに心が抵抗するなら、殺さなくていいと思う」
 心の抵抗。
「人間ってさ。もともと人間を殺せるようにはできていないんだって、そんな気がするの。ルールがどうこうじゃなくてね」
「人間を、殺せない……?」
「うん。お腹が空くからごはんを食べる、あるいは意識をせずとも呼吸をする。そういう具合に、本能で人を殺す人はいない。人が人を殺すのは、そうしなければいけない理由ーーある種の理性じゃないかなって」
「殺すことが、理性的?」
「変かな」
「……とっても」
 ミアはしかめっつらで応じるが、コハルは微笑を浮かべたままだ。
「ミアさんが殺すことを躊躇するようになったなら、それはとても良いことだと思うよ。理性が殺す必要はないって感じているんだ」
「でも、能力者を放置すれば……」
「放置すれば、でしょ。ミアさんはそうしないし、相手を無力化するだけの力だってある」
「そ、そんなのいつでも成功するわけじゃないわ」
「成功できるようになればいいじゃない。殺さずとも済むように、人間のルールで生きていけるように」
 綺麗事、理想論だ。そんなのうまくできるはずもない。
 わかってはいるが、その言葉は、どこか魅力的に思えた。
「人を殺したら苦しいのは当たり前だよ。本能に逆らうんだから。だったら、本能に従えばいいんじゃない? 殺さず。それができるミアさんは、きっともっとカッコいいよ」
「……龍宮君」
 目元をぬぐい、ミアは立ち上がる。
「そうね。悩んでいても仕方ないわね」
「そうそう。その方がミアさんらしいよ」
 コハルが立ち上がると、ヴィナはふわりと降りる。
「人間って変なことで悩むのね」
「色々とあるんだよ」
「ふうん」
 変なこと、か。
 自分の悩みをそう言われてしまうと、ミアは笑うしかない。
「ありがとう。あなたたちに話したら、すっきりしたわ」
「どういたしまして」
 さて、と奥に行こうとしたら、礼拝堂の扉が開く。
「すみませーん、忘れ物で……」
 鈴だった。ちょうど、コハルとミアが視界に入る。
 目元が光るミア。その隣にコハル。いつの間にか飽きてふわふわ飛んで行ったヴィナ。
 それはまるで、コハルにミアが泣かされたようで。
「……スキャンダル!?」
「何が!?」
 盛大に勘違いを生む光景だった。


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