安全を見て、今日は教会に泊まることになった。
 質素な夕食を終えた食堂。コハルはスープの入ったカップを手に、ほう、と嘆息する。
「どうしたの、コハル」
「ん……ヴィナ」
 精霊の少女はコハルの上にちょこんと乗る。
 彼女に重みはない。だが、女子が頭の上に乗っているというのは、それはそれで多大な違和感。
「ヴィナ、そういうのは控えようね」
「どういうの?」
「頭に乗るのだよ」
「じゃあ肩ならいい?」
 そういう問題でもないのだが、コハルが反論しないのを見て、ヴィナは肩に移動した。そういうところは素直だ。
「で、何か悩んでいたの?」
「ん、まあね。ほら、どうして僕がラスターを見えるのか、その理由がかわからなかったから」
 そういえば、意識したことなんてなかった。
 幽霊が見える特技は当たり前にあったもので、ある日になって突然目覚めたという記憶があるものでもない。
 物心がつく前から見えていたのだろうか。だとしたら、なぜ見えているのか。
 両親はどこかの能力者の血筋を引いているのか。だが、二人とも普通の人だと思っていた。
 実は、出生に秘密が? 橋の下とは言わないが、実の両親ではない?
 そんな、具にもならないことをつらつらと考えてしまうのだ。
「なんかね。当たり前って思っていると、意外といろんなことに気づいていないんだなって」
「ふうん。まあ、コハルがなんで見えるのか知っといた方が、今回の敵には有利かもしれないしね」
「まだ敵ってわけじゃないでしょ」
「敵じゃない。コハルは、誰かを傷つけるような能力は嫌いでしょ」
「……まあね」
 ふふん、とヴィナは鼻を鳴らし、
「これでもあたしは、あんたのパートナーよ。あんたの気持ち、わからないわけじゃないんだから」
「ヴィナ……」
「そりゃ、色々な疑問は浮かぶかもしれないけれどね。でも、考えても仕方ないことだと思うわ。調べようがないんだから」
「それはそうだけど……ん」
 カチャリとドアノブが動く。食堂に入ってきたのは、よれよれの白衣を着た小柄な女性だった。
「うん? 誰だ君は」
「あ、はい。龍宮コハルです」
「コハル? ああ、ミアが言っていた現地の能力者か。じゃあ、そっちの赤いのが精霊?」
「そうよ」
「なるほどね。君たちにも興味はあるが……。研究しようとするとミアが怒るからな、やめておこう」
 白衣の女性はカートリッジタイプのレギュラーコーヒーをカップにセットすると、お湯を注ぐ。フィルターを通して、コーヒーの香りが漂う。
「あの、失礼ですが、あなたは?」
「うん? 私はヴェレーナ。気高き者エーデル・ムート研究班だ」
「研究班?」
気高き者エーデル・ムートの主な任務は、ラスターの抹殺と目覚めた能力者の監視や確保。実動はミアたち戦闘班が行うが、私たち研究班は頭でそれをサポートする」
 なるほど、本国から応援が来ると言っていたが、彼女がそうなのか。
「研究班の主な仕事は、能力やラスターの解析さ。発現した能力はどういう類のものか、ラスターとは何か、どうすれば効率的に処理できるか……。そんなことばかりを調べている。私は本国から出ないが、研究班でも世界中を回る者はいるよ。スポットによって発生するラスターは違ったりするかもしれないからね」
 ヴェレーナはコハルの向かいに座る。
「ちらと聞こえたんだが、何か調べたいのか。暇があれば手伝ってやってもいいぞ」
「……そうですね」
 相手が研究を専門としているなら、何かの手がかりになるかもしれない。
 コハルは、自分がいつの間にかラスターが見えるようになっていたこと、もしかして今回の敵と関係するかもーーそんなことを話した。
 話を聞いたヴェレーナは、
「……なるほどね」
 ぎしりと椅子を軋ませ、
「まず第一に、生体から記憶を引きずり出す能力者はいない。もっとも近いのはミアの能力だが、彼女は物質の記憶を再生するだけだ。言うなれば映写機、ディスクの中身を光学的に読み取るのと仕組みは大きく変わらん」
 やはりと言うべきか。それほど簡単ではないようだ。
「死体を操作する能力者はいるが、君を殺すわけにもいかないし、そもそも生体が記憶していない情報は死体だって記憶していない。思い出せないだけなら引きずり出すことは不可能じゃないが、本当に記憶していないなら引っ張り出すことは不可能だろうな」
「でも、そんなことがあるんでしょうか。記憶していないのに能力が開花するなんて」
「通常はありえない。だが、たとえば君が何かをしでかして、能力に目覚めたとしよう。その時の君は行動と結果に因果関係があるから、出来事をエピソードとして強く記憶する。一方で」
 ヴェレーナはコーヒーをすすりながら、
「開花させる能力者にいじられて能力に目覚めたとしても、君には自覚症状がない。また、主な能力がラスターを目視できるというだけのものなら、そもそもラスターがいない場所では一般人だ。自分が目覚めたことに気づくこともないだろう」
「あ、なるほど」
「日本の能力者はまあまあ優秀で、しかもここはラスターの出現数が極端に少ないスポットだ。ここならば、あるいは君が能力に目覚めたまま、何年も気づかないということもありえるかもしれない」
「じゃあ、いつ目覚めたかさえ不明か……。そうなると、ますます調べようがないですね」
「そうだな。アルバムを見たところで、何年前のものを見ればいいのかもわからなければ、どうにもならないだろう。能力者が顔に能力者と書いてあるわけでもないだろうしな」
 そりゃそうだ。
 となると、写真や、人伝で聞くにも無理があるだろうか。
「えっと、じゃあ、違うことを聞いてもいいですか」
「何だ」
「ヴィナのことです」
 自分の名前を呼ばれ、赤髪の少女がぴょこんと跳ねる。
「ヴィナはラスターと似ていますが、僕と融合したりできるし、何より自分の記憶がありません。記憶がないのは、僕と同じです」
「あるいは昔、接点があった?」
「それなら、僕が目覚めた理由くらいにはならないかなって」
「ふむ。通常はラスターに襲われた人間が目覚めるものだが」
 言葉を切ったヴェレーナはコハルを見つめ、
「そもそも、ラスターとはどういう存在だと思う?」
「どういうって、幽霊?」
「ゴーストやスピリットであろうとも、現実で現象を起こせるのであれば物質だよ。再現性がある物質だ」
「どういうことですか?」
「じゃあ、端的に聞こうか。ラスターは何で出来ている?」
 人間の体はタンパク質で作られている。
 ではラスターは?
「彼らは目には見えないし、当人が意識しない限り物理的な破壊をもたらすこともない。彼らの体を構成している素子は独特なもので、光学機器で観測ができない。我々はこれを霊素と呼んでいる」
「霊素……」
「霊素は大気中にも存在し、人間を含むあらゆる生物は呼吸と共に体に取り込み、血液中を循環させ、呼吸と共に吐き出している。能力者は、血液中に溜め込んだ霊素を抽出し、己の能力や身体強化に使用することができる」
「な、なるほど?」
「霊素は普段、物理的な物質に対して干渉しない。一方で……この原理はまだ判明していないけど、生物の意識によって指向性を得る。特定の物質に対して現象を引き起こす、言い換えれば固くなることもできるし、単にエネルギーとして使用することもできる。非常に便利で融通が利く物資なんだ」
「それが、ヴィナたちを構成している?」
「そう。言うなれば、ラスターとはある程度の指向性を得た霊素の集団とも捉えられるね。コアとなる部分はどうやって生まれるのか不明だが、コアそのものは存在するよ。たとえば、ミアが持っているメダルを見たことがあるかい」
「使われたことがあるわよ!」
 ぷんすか答える精霊に、ヴェレーナはくすりと笑う。
「彼女は真面目すぎるのが欠点なんだ、許してやれ。そして、そのメダルは私たち研究班が作り、組織のメンバーに渡しているものだが……」
 思い返す。それなりに凝った作りに見えたが、あれは手作りだったのか。
「メダルの中身は純銀だ。霊素の刺激を受けた銀は、ラスターの体を構成する霊素を散らし、周辺のコアを吸着する性質がある。霊素は指向性を持たせない限りあらゆる物質を通過するから、ガワは関係ない」
「はあ、なるほど」
「話を戻すと、ヴィナ君とてラスターと同じ構成なら、コアがあるだろう。それを中心に霊素が集まり、ヴィナ君が生まれた。ヴィナ君の来歴を知るのはコアの来歴を知ることだが、地球上でコアが生まれることは稀だ。まだ方法論は確立していないが……。あるいは、コハル君、君が関係しているのかもしれない」
「僕が?」
「コアが生まれる経緯も完全には判明していない。だから、君が関係している可能性を否定するものもない。あるいは君が、親なのかもしれないよ」


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