それから数日が経過した。
 間に大きな事件もなく、コハルからすれば拍子抜けといったところだ。
 教会の人たちは新しく能力者が発生していないか調査しているようだが、それも掴めていないらしい。まあ、いるかどうかもわからない相手を探しているのだから、そう簡単でもないだろう。
 それでも、危険性が消えたというわけではない。
 コハルはしばらく教会で寝泊まりしていた。家よりは安全だし、能力者と接している方が目覚めた時の記憶もよみがえるかもしれないとのことだったが、その気配さえない。
 そんな中。学校帰り、ヴィナとミアを連れたコハルは、スーパーに寄り道していた。
「うーん、カレーでいいかな……。それでいい? ミアさん」
「うちは大丈夫」
「あたしは甘いの!」
「はいはい」
 野菜売場を歩きながら、メニューを考えている。
 教会の食事は、いまやコハルが作っていた。世話になりっぱなしでは申し訳ないからとのことだったが、コハルの腕前に、むしろ教会メンバーたちの方が離れられなくなりつつある。
「わかってはいたけど……。龍宮君、料理上手よね」
「自炊していれば、このくらい普通だよ」
「高校生男子で自炊している時点で普通じゃないと思うけど……」
「それはまあ、さておき」
 ジャガイモとニンジンを買い物かごに放り込みつつ進んでいくと、ふと、子供の姿が目についた。
「ん?」
 中学生くらいだろうか、コハルよりは年下ーー鈴と同じくらいに見える。ショートヘアで、どこかの制服を着ている。
 目についたのは、食材を物色するわけでもなく佇んでいるからだ。棚には目もくれず、人の流れを見ているようだ。片手はスカートのポケットに突っ込んだまま。
「……ミアさん」
「ええ」
 それとなくミアが近づく。直後、中学生はポケットからカッターを取り出しーー。
「あ、ごめんなさい!」
 一瞬にして間合いを詰めたミアの足払い。すっ転んだ中学生の手から離れたカッターを、ミアは手早く回収してしまう。
「大丈夫でした? よろけてしまって」
 ミアは微笑みながら手を差し出す。呆然としていた中学生の手を握り、
「……何があったか知りませんが、刃傷沙汰は良くないですよ」
 耳元でこそりとつぶやく。すると中学生はぷるぷる震え、
「るさい!」
 ミアを突き飛ばし、駆け出した。少女はそのままスーパーから飛び出して行く。
「なんだったのかしら」
 カッターを仕舞いながら首をかしげるミア。と、ヴィナも小首をかしげた。
「よかったの? あれ」
「良いも何も、これ以上は何もしようが」
「そうじゃなくて。あいつ、たぶん能力者よ?」
「……え?」
 ヴィナは不思議そうに、
「だってあいつ、全身からエネルギー感じたもの。ミアやコハルと同じ感じがしたよ」
「それは……早く言いなさい!!」
 遅れてミアが駆け出す。
「僕らも行こう!」
 買い物かごを投げ出し、コハルとヴィナもその後を追いかけた。

★ ☆ ☆ ☆ ☆ ★

 多少の身体強化はしていたようだが、元は中学生。鍛えているミアに敵う相手ではなかった。
 路地裏を駆け抜け、袋小路に入ったところで捕まえる。組み伏せ、地面に押さえつけられた少女は、さながら猛犬のようにこちらをにらんでいた。
「あなた、名前は」
「なんで名乗らないといけないの」
「カッターで何をしようとしていたの」
「あんたには関係ない」
「……あなた、正気?」
「はぁ? どういうこと」
「はぁ、はぁ……。ミアさん、その子が……」
 追い付いたコハルに、ミアはちらりと視線を送る。
「どうも、この前の男とは少し違うようね。自意識を保っている」
「だからっ! どういうつもりだって言ってるのよ! いいからどけぇ!」
 暴れる少女を、ミアは力任せに押さえつける。
「いい? あなたが持っている能力は、安易に使ってはならないものなの。理解できる?」
「あたしの力はあたしの勝手でしょ!」
「勝手だからと包丁を振り回せば、社会の秩序は成り立たないわ。隣に立っている人が自分を襲うことはないと信じているから立っていられるの。それがルールというものよ」
「っ……」
「あなたが何の能力者なのか、スーパーでどうしようとしていたのかは知らないわ。でも、あなたが能力に目覚めたのなら、その力は制限されなければいけない」
「制限って……。そもそも、あんたは誰なのよ」
「ああ、ごめんなさい、紹介が遅れたわね。私は結城ミア。能力者が集まる集団に所属しているわ」
 ミアは表の名前を名乗り、
「言うなれば、あなたの仲間よ。あなたが私たちと行動を共にするのなら止めない。あなたが独りで暴走しようというのであれば、あなたから能力を奪わなければいけない」
「どうするのよ」
「知りたい? 具体的に?」
「……遠慮しておく。ねえ、どいてもらえない?」
 だいぶ大人しくなっているのを見て取ったミアは、少女の上から離れる。
 ぱんぱんと埃を払った少女は、ふん、と鼻を鳴らした。
「いきなり訳のわからない能力に目覚めたのよ。目覚めた瞬間、あ、なった、って感覚があったわ」
「そういうものなの?」
「……普通の能力者が目覚めるのはラスターに襲われている時だから、その余裕を感じられるかはまちまちだけれど。一般的には、目覚めた瞬間は自分でわかるわ」
 中学生はどこか不満そうな様子で、
「目覚めたはいいけど、なんとなく、押さえられないの。感情が暴走するって感じ? 自分で言うのも変だけどさ。イライラして、誰彼構わず当たりたくなる時ってあるでしょ? それがずっと続く感じよ」
「感情をコントロールする能力があるのかしら……。どこで目覚めたの?」
「学校の近く。道端」
「後で案内して。それと、家は?」
「お父さんならいない。お母さんは夜の店で働いてるから、この時間にはいないよ」
「なるほどね。じゃあ、どんな能力?」
「たぶんだけど、理性を少しだけ操れるんだと思う。あんた、隣にいる人が襲わないって思うから平気でいられるって言ったでしょ? でも、隣にいる人が襲わないって信じられなくなる能力……みたいな」
「精神操作の能力ね」
「難しいことはわからないけど、こう……イメージで言うのなら、『ムカつく』って気持ちを『理性』より上位に置き直すって感じかな」
「それは……」
 危ない能力だ。
 言うなれば、先日の通り魔みたいな人間を大量に作ることも可能ということにさえなりかねない。
「さっきは自分の能力が押さえられなくなって、自分にかかってたみたい」
「それでカッターを持っていたのね」
「うん。たぶん」
「そういう能力だとわかっていれば、それをコントロールする方法を教えてあげられるわ」
「コントロール?」
「ええ。どんな能力も、発動させるのに条件付けをさせることができる。条件がついた能力は、誤って発動するリスクは少ない」
「ふうん。……まあ、教わってやってもいいけど」
 ミアは少しだけ表情を緩め、
「じゃあ、あなたの名前を聞いてもいいかしら?」
「……陸奥。陸奥アズサ」


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