陸奥アズサは教会に保護された。
 母親は水商売で、父親はどこの誰だか分からないというのが本人の弁。そのせいで苦労して生きてきたようだ。
 学校は通っているものの、学内でも浮いている様子だ。彼女のようなタイプは学内におらず、つるむ相手もいなかったらしい。
 一応、教会の者が身元調査を行い、彼女の言葉が裏付けされた。学内では一人でいて、友達がいる様子がない。マンションは、派手な化粧をした女が出入りしている様子も確認されている。
 身元の調査を行ったのは、言うなれば確認だ。彼女が実は操作されており、嘘の証言をした可能性だって否めない。コハルはそこまでしなくても、とは思ったが、ミアいわく、必要な措置なのだそうだ。
 馴染んでしまえば、彼女は普通の少女と変わらなかった。
 屈託ない笑顔を見ていると、とても能力に目覚めたようには見えない。だが、能力者であることは事実らしかった。
 ヴィナの目には能力者と非能力者が違って見える(ことをつい先日知った)し、訓練を施せば、軽い身体強化なども覚えてしまった。モノの覚えはいいらしい。
 その後も、散発的に能力者が発見された。もっとも、後から発見される能力者はアズサのような平和的な者ではなく、出会い頭に襲ってくるような暴力的な相手。
 そのたび、教会のメンバーが制圧している。制圧した後のことは、コハルには教えてもらえなかった。
 そのまま、およそ一ヶ月が経過しようとしていた。
 能力者を開発する能力者には、『悪意の胤ダークスター』というコードネームが与えられた。
 だが、悪意の胤ダークスターの所在はまったく掴めなかった。
 暴走した能力者は記憶がなく、いつ発狂したかも判然としない。最大の鍵は暴力的な意識に目覚めていないアズサの存在だが、彼女も誰かに目覚めさせられたのか、本人も分からないという。
 手詰まりだった。
 そんなある日。コハルとヴィナが教会を訪れると、珍しい男が聖堂にいた。
「……似合わないね」
「自分でもそう思うぜ」
 トラだった。半グレを通り越している彼は、教会の長椅子がとかく似合わない。
 派手な色のシャツをあおぎながら、
「仕方ねえだろ。今は教会に捕まってる身なんだ」
「それでも、礼拝堂には来なかったじゃないか」
「いつもは狩りに行ってるからな。見張り付きだが。今日は見張り役が休みだから、俺も動けねえんだよ」
「なるほどね」
 トラは法律的にギリギリではあるが、一応は犯罪者ではない。能力を用いた傷害は違法行為とは呼べないからだ(厳密には武器を用いて鈴たちを傷つけたことなど傷害だが、能力を隠す関係で公にはできない)。
 犯罪者ではない彼は、教会の駒になることで処刑を免れている。そこまでするのは、教会も人を殺したいわけではなく……。何より、人手が足りないことに尽きる。
 日本という限られた環境。海外に拠点を置く気高き者エーデル・ムートにとって、日本での行動要員は何人いても困らないのだ。
「そういやお前、シュタイフと仲が良かったな」
「ミアさんのこと?」
 彼女の本名はミア・シュタイフ。結城ミアは、日本という場所で潜伏するための偽名だ。
 トラは椅子の背もたれに肘を乗せ、
「お前があいつのケツ叩いてやれよ。なんならベッドの上でも良いが」
「……下品な話なら聞かないよ」
「けっ、つまらねえな。ま、そういうこっちゃねえ」
「じゃあどういうことさ」
「わかんだろ? あいつは殺しができない」
 ぴくりとした。心当たりはあった。
 トラはにやにや笑いながら、
「あいつは人殺しができねえ。躊躇するんだな。けど、気高き者エーデル・ムートに限らず、能力者ってのは基本的に危ない存在だ。ましてや最近の連中は野放図に暴れまわる。安全ピンのない手榴弾だぜ、危険になる前にバラしておかないと犠牲が出る」
「あんたがそんなことを気にするなんて思わなかったけど?」
 ヴィナが言うと、トラは笑う。
「はは、お前の言う通りだな。けど、実際問題、あいつが殺せねえってことはまわりの連中に皺寄せが来るってことだ。今は能力者の数も少ないから対処できるが、そのうち悪意の胤ダークスターが本気になりゃあ、混沌が生まれるぜ。ベルホルトの旦那がやろうとしたことと、同じことが起きる」
 ベルホルトのやろうとしたことーー大量の能力者創出。
「俺はそれでも構わないんだけどな。好き勝手に暴れられるようになるしよ。けど、お前らは能力の存在を隠したいんだろ。なら、今のうちに手を打っておかねえと後がなくなるぜ」
「能力者は教会のみんなが探しているよ」
「見つかってねえなら同じことさ。能力の存在はいずれ一般人にもバレる。その時、既存の能力者たちはどうなるだろうな? 良くて見世物、悪ければーー」
 とん、と自分の首に手刀を当てる。
「……まさか」
「そう思うだろ? ところがどっこい、能力者って存在は権力者連中にとっては資源か悪魔のどっちかさ。銃さえ持っていない国の連中にとっちゃ、街中に爆弾持ったやつがいるってことだぜ? 政府が黙っていたって、一般市民はリンチを始める」
「それは……」
「お前も標的になるぜ。気づいた時にはもう手遅れだ。能力者と一般人は分断される」
 戦争だよ、と続ける。
「そうしないためにゃ、今のうちに殺せるようになってなきゃいけねえ。シュタイフにはそれができねえんだ。理由は知らねえけどな。ま、分かった時にゃもう遅いかもしれねえが」
「あんた、何がしたいわけ?」
 と、ヴィナがトラをにらむ。
「コハルをたきつけるようなことを言って。何がさせたいの?」
「はん。暇なだけだよ。脅すようなことは言ったが、戦争なんざ起こるわけねえさ。人間の社会ってのはな、ようくできてやがる。おかしな能力が付け入る隙なんざねえんだよ」
 椅子から立ち上がったトラは、はん、と鼻を鳴らす。
「俺はあの女が気に入らねえだけだよ。不殺たぁ、随分と舐めたことしてくれるじゃねえか、え?」
 殺せるようにならなきゃな、などと言いつつ、トラは奥へ引っ込んで行く。入れ替わり、奥から一人の女性が現れた。
 フェリツィアだ。
 フェリツィアは元仲間をねめつけると、コハルにつかつかと歩み寄る。
「あの男に何か言われた?」
「え、っと」
「ミアに人殺しをさせろって」
 答えに窮したコハルに代わり、ヴィナが言う。と、フェリツィアは鼻を鳴らした。
「あの男、まだそんなことを言ってるのね」
「……あの、フォーゲルさん。ミアさんは、人を殺したことは?」
「無いわけではないわ。けど、最近はダメみたいね」
「それは、どうして」
「さあ。本人の心に問題があるんでしょう。技術的に殺せないわけはないから」
 もっとも、とフェリツィアは続ける。
「もともと、彼女は人殺しが好きじゃなかった。無理に殺しをしたこともない。どうしても殺さなければいけない時だけ殺す……。そういう意味では、今も変わっていないかもしれないわね」
「じゃあ良いじゃない」
「そうね。けど、少し悩んでいる様子ではあったみたい。まあ、これだけ暴走した能力者がいることなんて今まで無かったことだし、無理もないかもしれないけど」
 フェリツィアはコハルをにらみ、
「気に入ってるわけじゃないけど、あんた、ミアと仲が良いんでしょ。なら、教えてあげるってのは良いのかもしれない」
「でも、人殺しなんて」
「誰がそんなこと教えろと言った。一般人としての生き方に決まってるでしょ」
 はあ、とため息をつき、
「能力者はね、不自由にしか生きたことがない。気高き者エーデル・ムートのメンバーならなおさら。幼い頃にラスターの襲撃を受けたということは、大なり小なり不幸を背負っているのよ。だから、普通の生活というのは、逆に経験したことがない」
「ミアさんも?」
「そうね。小さい頃から気高き者エーデル・ムートに所属していたし、普通の学生生活なんて経験したことはないでしょう。今更ながらそんな経験を積んで、自分でもどうしたらいいのか分からなくなってるのかもしれないわね」
 少なくても、普通の高校生が人を殺すような事態はそうそうない。
 彼女は、生死がかかる現場から、平和な日本の高校生活というものを手にしてしまったのだ。
「言うなれば、今は環境の変化にびっくりしている時期なんじゃない? そのまま普通の人間になれるなら、それに越したことはないでしょ」
「……」
「それを教えられるのも、あんたくらいじゃない」
 フェリツィアの言葉は、やけに耳に響いていた。


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