教会の一室。
 部屋の中央にベッドが置かれ、その上に一人の男の死体がある。
 胸に刺し傷。これが致命傷だ。たったの一撃、相手に反撃させる間もない攻撃。手練れの技だ。
「……さすが、良い腕だ」
 死体を観察しながら、ヴェレーナは言う。
 後ろに控えていたアンドレアは肩をすくめ、
「嫌味か?」
「まさか。褒めているのさ」
「ふん。あたしはあんたの護衛に来てるんだ、あんたの死体趣味を手伝いに来たわけじゃないよ」
「言ってくれる」
「どっちがさ」
「おあいこさ」
 ヴェレーナはよくよく死体を観察していく。
 年齢は後の調査で37歳と判明。未婚。荒事の経験はなく、普通に大学を卒業し、普通に就職をしている。職業は運送業、その大手で、今は係長。
 プロフィールは紙を見なくても頭に入っている。だが、そんなものは欠片も役に立たない。
 ヴェレーナがこの国に来たのは、ひとえに謎の能力者を発見するためだ。先日、この男は、教会の近くで、ちょうど気晴らしに散歩していたヴェレーナを襲った。
 護衛のアンドレアは躊躇しなかった。相手をナイフで一撃。
 訓練を積んでいる彼女にとって、暴漢を殺すことは造作もないことだ。
「せっかくのサンプルなんだ、無駄にしないで調査して欲しいもんだね」
「もちろん無駄にするつもりはない。けど、何の証拠もない」
「……」
「能力者が能力に目覚める瞬間とは、どういう時だ」
 ヴェレーナがこういうことを言い出す時は、話しながら考えをまとめたい時だ。長い付き合いのアンドレアは、たびたびそれに付き合わされる。
「どういうって、命の危機に瀕した時だろ」
「それなら中東は毎日能力者が生まれているさ。死にかけただけでは能力は発現しない」
「それもそうか」
 先進国にいると忘れがちだが、世界では常にどこかで人が死んでいる。それも、病や事故などという日常の中にひそむものではない。
 銃で殺される人間の数というのは、思いのほか多い。
「能力者は命の危機に瀕した時に生まれる。同時、その相手が能力者ないしラスターであることが必要だ。つまるところ、能力で殺されそうになること。これが重要なんだ」
「じゃあ、あたしが殺したそいつは能力者にならないね。ナイフで刺したんだから」
「そう、そういうことだ。刃物で殺されても能力者にはならない。だけど、能力で構築した刃物で殺されれば能力に目覚める。いや、殺されそうになれば、か」
 死んだら能力も何もないからね、と続ける。
「つまるところ、犯人は能力者で、かつ、彼らを能力で襲撃したということだ。ところが、被害者は誰も襲撃者のことを記憶していない。これはなぜか?」
「命の危機に関わるほどの襲撃を受けた割に覚えていないというのはおかしな話だね」
「そうだ。ということは、犯人の能力はただ目覚めさせるだけのものではない。人に意識させることなく、魂にだけ命の危機を感じさせる能力ということだ」
「なんだそりゃ。そんなことが可能なのか?」
「可能だからこそ、これだけの能力者が出ているんだ」
「ま、そりゃそうか」
 そう、犯人はたった一人の能力者を作ったわけではない。
 複数の能力者を作っている。これは、再現性のある能力ということだ。それが百発百中なのかは分からないが、少なくても一定の確率で能力を発現させるものである。
 しかもその能力発現の能力は、決しておかしな行動ではない。
「能力に目覚めた連中に共通点はない。性別、年齢、職業、交遊関係に至るまで重なるポイントが何もない」
「確かに、てんでバラバラだね」
「仮に犯人の能力が、特定の行動を伴うものだとしよう。それが襲撃のような形でなくても、見ず知らずの、不特定な人間に対してそんなことをしていれば、当然あやしい。成功はしない」
「たとえば?」
「そうだな。たとえば、能力発現のトリガーが、対象の前でダンスを踊ることだとしよう。被害者に共通点がない以上、誰も彼もがダンスを見て発現したとは考えにくい」
「ま、街中でダンスを踊っているやつがいて、それを眺めたやつだけが発現するとしたら、行動圏のかぶらない人間だけが発現するのはおかしいね」
「そういうことだ。だから犯人は、何かしら不自然ではない行動で他人に能力を作り出すことができる。それは見ず知らずの人間が近くにいる場所で実行しても不自然ではなく、かつ、多数の人間がいない場所で行えるものだ」
「根拠は」
「今のところ集団で能力者が出ていないからだ」
 とんとん、と死体を叩きながら、ヴェレーナは言う。
「さっきの続きで、ダンスを見た者に能力を作り出す能力者だとしよう。ダンスを踊って、それを見る人間は決して一人きりじゃない。観客が一人しかいないようなところで踊っていたとして、そんな人物はとっくに通報されているか、放置されていたとしても、多くの被害者を作る状況にはなりえない」
「ま、一人の前で踊らせてくださいなんて言ったところで、実際に見るやつはいないだろうね」
「被害者が男だけなら、娼婦のまねごとをしたとも考えられる。女だけでも同様だ。だが、被害者は中年男性だけじゃない。陸奥アズサのような女性も含まれる」
「ふむ」
「しかも彼女は中学生だ。ラブホテルに誘われたところで、ついていくこともないだろう」
「わからないさ。最近は中学で売春するやつだっているだろ」
「売る側だろ。買う側じゃない」
 それもそうか、と思い直す。
 少なくても、目の前にある死体が、売春をしていたようには見えない。
「セックスした相手に能力を目覚めさせる……。これなら一人ずつしか目覚めない理由にはなるが……。被害者が男も女もいるというのが解せないんだよね」
「なんでそんな手段だと思うんだ? 他の方法もあるんじゃないか」
「見ず知らずの人間と二人きりになれる空間なんてそんなに多くはない。普通に考えれば性的なものを伴うだろう」
「……なるほどね」
「さっきも言ったように、被害者は一人ずつしか出ない。常識的に考えて、犯人は被害者と二人きりになったんだ。しかし被害者はその事実を記憶していない」
「記憶を消された可能性は?」
「ありえない話じゃないが……。一般的に、記憶を混濁させることは可能でも、記憶を完全に消すなんてのはファンタジーだ。そんなに容易なことじゃない」
「それこそ能力を用いて記憶を消しているとか」
「記憶を消す能力と他人に能力を発現する能力で、二重の能力者になる。今のところ確認されている能力者は、複数の能力は持っていないから、理屈に合わない」
「じゃあ、記憶を消す能力で魂に危険を感じさせ、能力に目覚めさせたとか」
「それもありえない話じゃないが……。たとえば脳に直接作用する能力を使った、か。それなら能力に目覚めたことと、記憶がなくなることは矛盾しない……?」
 うーんとヴェレーナは唸る。
「矛盾はしないかもしれないが、違和感があるな。なんだろう?」
「さあね。あんたの感情を問われてもな」
「まったくだ。ったく、私は探偵じゃないというに」
「研究者だろ。でも、研究者の探偵なんて珍しくないさ」
「……まあいい。じゃあ、君の推理を尊重して、脳を調べてみるか。手伝ってくれ」
「あいよ」
 聡明な友人と共に、ヴェレーナはのこぎりを手に取った。
 ぎこぎこと頭蓋を切り取り、脳を露出させる。
 死体を見慣れている二人にとって、臓物を見た程度はどうということもない。脳みそを掻き分ける。
 もちろん、これも初めてではない。他の死体も同様の調査は行っているから、言うなればこれも、他の死体と同じ手順と言うだけだ。
 少しだけ違うのは、さっきの会話から、より詳細に調べようと思っただけのことだ。
 そして、だからこそ気づけた。
「……ん?」
 それは黒い粒に見えた。
「顕微鏡の用意」
「あいよ」
 アンドレアに顕微鏡を用意させ、ヴェレーナはその粒を観察する。
 直径はコンマ1ミリもない。本当に矮小な粒で、ともすれば見逃してしまう程度のもの。
 だが、それはーー六つの足を持つ、昆虫の姿をしていた。


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