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生物の脳みそに寄生する虫というのは、さほど珍しいわけではない。 ある種の寄生虫は鳥の腸内に住み着き、糞と共に外へ出る。それらが巡り巡って魚の体内に入ると、今度は魚を操り、わざと鳥に食べられるように仕向けるのだという。そうやって、鳥の体内に戻るのだ。 あるいは、他の幼虫に寄生し、幼虫が蛹になると同時に中身を食い尽くしてエサにするという種類も存在する。 他の生物に寄生する虫は、決して珍しくはないのだがーーヴェレーナには、その虫がやけに引っ掛かった。 第一に、見たことがない形状をしていた。足は六つある、頭と胸と腹に分かれる。なるほど一見すると昆虫だ。 だが、節に至る全てが真っ黒で、よくよく見れば継ぎ目がないようにも見える。口の牙らしきものは、クワガタの角みたくも見えるし、ドリルか何かにも見える。 第二に気になるのは、脳みそを食い破った形跡がないことだ。 生物が脳内に寄生する時、パターンは2種類。脳そのものを食べ物とする場合と、脳を操って自分に利益のある行動をさせるパターンだ。 だが、この死体はどちらにも当てはまらない。脳みそに食い破られた形跡がないし、行動を操作するにしても、彼の行動は殺意にまみれた衝動だけだ。まさか、人類を消滅させるのが目的の寄生虫などもいまい。 「ふむ」 「その虫がそんなに問題なのか?」 研究にかかりきると、ヴェレーナはそれ以外がおろそかになる。そんな彼女をサポートするのも、アンドレアの役目だ。 今もヴェレーナの代わりにお湯を沸かしている。 「……気に入らないんだよ」 「何が? まさかお前が、新種の寄生虫を発見して危ないから学会に発表するとでも言うつもりか?」 「そんなことはしないが、この虫がそれほど危険な様子もないんだ」 「何がだ? こいつが変な行動を取ったのも、虫のせいかもしれないんだろ」 「それが解せないのだよ」 ヴェレーナは顔を上げ、椅子に腰かけた。アンドレアが差し出すマグカップを受け取り、コーヒーをすする。 「常識的に考えればお前の言う通りだ。脳みそを操る寄生虫なんぞ珍しくもない。虫の中には、魚やコオロギに自殺行為をさせ、自分がより住みやすい環境へ移動するタイプもいる」 「ならそういうやつなんだろう」 「それで殺意が変化し、人間を襲ったというのはわからないでもない。だが、その事実と、能力が発現した事実は関係しない」 「頭をいじられて能力に目覚めたとか」 「先の議論でも出たが、能力に目覚めるためには能力で襲われるという体験が必要だ。この虫が能力で人を襲うなら別だが」 「……そいつは確かにねえ」 能力者の中には、物理的な存在を顕現するタイプもいる。 彼女たちのリーダーがまさにそれで、無数の銃器を召喚してしまう。 だからと言うべきか、虫を顕現する能力者がいてもおかしくはない。その能力で生まれた虫が人を襲い、襲われた人が能力を発動させ、狂暴になり、人を襲うのだと仮定すれば。 少なくても、今までの仮説は全て満たせる。理屈ではその通りなのだ。 だが、気に入らないポイントがあるということも事実なのだ。 「そもそも、能力で物質を顕現する能力者はさほど多くない。私もそうだし、お前もそうだが、物理的な物質は顕現しない」 「まあ、確かにな」 「もちろん我らが盟主様のように、いないわけじゃない。だから致命的におかしいわけではないが、例外的すぎる気はする。それに、生物を顕現する能力者というのは例がないのも事実だ」 気高き者が把握している能力者で、物理的な存在を顕現する能力者は数人いる。 だが、いずれも無生物ーー銃や剣といった、直接的な武器を顕現することが主だ。 もちろん、目の前で家族を殺された者にとって、能力で虫を作ろうとはなかなか思い付かないだろう。 「そう、致命的におかしいわけじゃないんだが、何か違和感が残る。説明できる理屈はあるが、理屈で通るとこうはならない。そんな感じだ」 結果から因果を導くことはできる。だが過程を通るとこの結論にはならない。 その正体がわからない。 「常識的に考えれば、この虫が人間を操り、おかしな行動をさせているのだろう。悪意の胤の正体は虫で、犯人はこの虫を撒いているんだ、と」 「それが結論だとすれば、虫を作る能力者を見つけなきゃいけないわけだ。発症した人間は脳をやられてるから、捕まえても治すのが難しい」 「まあ、ここの施設で脳外科手術は無理だね。技術があっても道具がない」 「あんたの技術は死体をいじることだろ。生体じゃなく」 「まあね」 コーヒーをすすり、ヴェレーナは続ける。 「そも、犯人は何をしようとしているんだと思う」 「さてね。無差別に人を襲わせているようにしか見えないが。社会的混乱か? あるいは上位能力者を作りたいのか」 「今のまま、能力者になった人間が一般人を襲えば、なるほど確かに社会は能力者だらけになるだろう。我々の活動制限も少しは楽になるが、この際それは置いておく」 「それで?」 「では、犯人の目的は能力者の増産か? それにしては、この能力というか、虫を使った能力というのはいささか違和感がある」 「根拠は」 「まるで、増産のために能力を発現したかのようじゃないか」 「……なるほどな」 能力者が目覚めるのは、命の危機に瀕したからだ。 自分の命が危ないのに、能力者を増産させることに特化した能力が目覚めるというのは、ちょっと理屈に合わない。 「じゃあ、この増産している能力者も、誰かに目覚めさせられたのか? それも、命がどうこうという方法でなく」 「それも考えにくい、というか、魂が危機を感じる以外に能力を発現した者がいない。法則がわからない」 「ふうむ」 「そう、そうだな。死にかけた時にいちばん思ったことが能力に影響するのだと仮定すれば……。この能力者は、そう、人類滅亡しろとか。そんなことを考えていたことになる」 「自分が死にそうな時に? 人の不幸を願ったって?」 「おかしくはないだろうさ。自分が苦しんでいる時には、他人も苦しんで欲しいものだ」 「そりゃそうだろうが、助かりたいって気持ちより先に立つのかね」 「立ったんだろうさ。それほど、犯人は人間が憎いんだ。だから、人間に対して害を成すことに特化した能力が反応した。結果、人間を能力者にし、しかも強い殺意を植え付けられるようになった」 がたりと椅子を揺らし、ヴェレーナは立ち上がる。 「まあ、およその推測は立った。今後は検体を捕まえたら、かたっぱしから頭を開こう。こいつがもう2、3匹も捕まれば確定だ。犯人は虫を撒いている」 「それが確定しても、能力者を捕まえるのは難しいんじゃないか」 「そんなことは知らん。私は研究するのが仕事であって、調査と捕縛は別の奴がやることだ」 アンドレアは肩をすくめ、 「お前のそういうところは、嫌いじゃないよ」 |