日曜日。
 主なメンバーは悪意の胤ダークスター狩りに出掛け、気高き者エーデル・ムートの本拠地である教会は閑散としていた。
 残ったメンバーであるヴェレーナは、今日も今日とて解析を進める。
 死体部屋のデスク。そこに並んでいるのは、5匹の虫。死体から摘出したものだ。
 見た目にはどれも大差なかった。おそらくは、この虫を作ることが悪意の胤ダークスターの能力なのだろう。
 そこまでは想像できる。だが、その先。死体たちの無関係さが気になる。
「……」
 本当に、共通点はないのだろうか。それが、今のヴェレーナの関心だ。
 相手がどういう能力なのか判明していないが、感染させる(正確には病気ではないので言葉がおかしいが、便宜上そう言っている)能力にしては、感染ルートが不明なのが解せない。
 これが本当に病気なら、感染ルートはある程度まで想定できるはずだ。空気感染するなら同じ空間を共有したはずだし、梅毒のような病気なら性行為をしているはずだ。あるいはマラリヤのような病気なら、媒介となる虫がいたはずだ。
 だが、今回の能力は、どれも当てはまらないように感じてしまう。
 まず、前提条件として、犯人は一人だ。同じ能力を持つ人間が複数いるなんて、それこそ考えにくい。だが、そうなると整合性が取れないのだ。
 空気感染するなら、感染者はもっと多いはずだ。それこそ万の単位になってもおかしくない。
 かといって、性行為を伴うのなら、男女が入り交じるのは何故か。感染者は男性だけで3人、女性で2人。女性の感染者は陸奥アズサも含むが、年齢も性別もバラバラだ。
 虫のような、他の生物が媒介できるのなら、やはり感染者はもっと多くていい。新種の能力に人間の体が抵抗できるはずがない。
「少なすぎる」
 感染者が少ないのは、犯人がやはり一人で、能力を使えるタイミングも限定的であるためと見るべきだ。
 だが、性行為を含めた能力だと、男女が混じることが気に入らない。それに年齢も問題だ。中学生だから性交しないとは言わないが、それにしてもラブホテルに入るようなタイプには見えないし、そもそも未成年を連れ回す男がいたら通報される。
「やはり鍵は陸奥アズサか……?」
 彼女は色々な意味で整合性が取れないキーにも思える。
 女性で、未成年だ。しかも発狂しない。
「あるいは、だからか?」
 相手の能力は、年齢がある程度までいってないと、発動しない能力なのか?
 陸奥アズサは偶発的に能力の対象としてしまったが、うまく発動しなかった?
 ありえない話ではない。
 未成年というのは、つまるところ、これから成長するということだ。
 能力者でもそうだが、未成年者の能力は大きく変動することがありうる。これは気高き者エーデル・ムートの経験から言ってもそうで、要するに伸び盛りだ。
 それは、抵抗する方も同じだ。
 たとえば、ミアの能力。物の記憶を再生する能力だが、これが人間相手だと、相手に幻影を見せることが可能だ。だが、これは相手が成人と未成年だと効果の出方が変化することがある。
 成人相手ならば、見える幻影は常に同じ出力になる。かかりやすさが変化しない。
 だが、未成年相手だと、時たま強く見えすぎる時があるらしい。大人なら薄ぼんやりとした幻にしか見えないものが、未成年だと生きた人間そのものに見える、といった具合だ。
 感受性の問題かもしれないが、詳しいルールは判明していない。
「子供だから、か」
 未成年は外的因子を受け取りやすい時期でもある。他から情報を吸収し、自分の糧にする時期なのだ。そうやって、誰も彼も大人に近づく。
 仮に悪意の胤ダークスターの能力が同じようなものだとすれば、年齢によって受ける影響が違うのは考慮すべきか?
 たとえば、自己治癒能力が高い子供の方が影響を受けないとか?
「ふむ」
 それが、感染ルートにも関係している?
 あるいはもっと多く撒いているのに、未成年者が受けている場合が多いから、みんな免疫で殺せてしまえる?
 理屈としては否定できない。だが、証拠もない。
 まさか、彼女の中学に行って片っ端から頭を切り開くわけにもいくまい。
「まったく。倫理の壁というやつか。気に入らん」
 椅子を軋ませ、ヴェレーナは天井を見上げる。蛍光灯色の光は、見てもヒントにならない。
 すると、
「お邪魔します」
 顔を下ろす。件の陸奥アズサが、マグカップを載せたお盆を持っていた。
「コーヒーです」
「ああ、すまない。アンドレアはどうした?」
「体調が優れないとかで、横になっています。ただ、うわ言のように、ヴェレーナにコーヒーを……とか言っていたので」
「……あいつも大概だな。それで用意してくれたのか、すまない」
 マグカップを受け取り、口に含む。コーヒーの苦味が少しだけ頭をクリアにしてくれる。
「君は教会からすれば協力者だ。そんな小間使いみたいなことまでしないでもいいだろう」
「このくらいは別に」
「……」
 こうして見ると、やはり普通の中学生だ。
 母親は水商売だとのことだが、荒れているというタイプにも見えない。今日も普通に制服姿で、こんな格好でホテル街に居たら補導一直線だろう。
 ーーやはり、性的な行為ではないのか?
 だが、それ以外に一人ずつ感染させる行為というのが思い当たらないのも事実なのだが……。
 ぼんやりと考えていたヴェレーナは、ふと、自分の頭がぼんやりしていることを自覚した。
 漫然としか頭が働かない。これは、そう、徹夜した時の明け方に似ている。
 体は起きているつもりで、頭も動いているつもりなのだが、どこかが麻痺している。なんとなく、とんでもない失態をしそうな焦りが浮かぶ。
 何故だろうか。昨日はきちんと夜に寝ているし、今はまだ午前中だ。夕方くらいならいざ知らず、この時間からそれほど眠くなる要因が?
 あるはずがない。なのに眠気がある。
 なんだこれは。なんだ、まさか……。
「……そういうことか」
 共通点が見つけられなかった。最もおかしな点は陸奥アズサだった。
 彼女は女性で、一人だけ未成年で、一人だけ発狂していなかった。
 なんだ、考えるまでもなく、おかしな点は彼女一人ではないか。
 彼女がおかしいのだ・・・・・・・・・
「お前が、悪意の胤ダークスターだったのか」
 くすりと笑い、陸奥アズサはヴェレーナの頬に手を添える。
「待ってたのよ。武闘派の連中がこぞっていなくなるタイミング。それでいて、能力者にまとめて仕込めるタイミング」
「どういう、ことだ……」
「あたしの能力はね、相手の心をいじるだけ。殺意を理性の上に定義し直すの。そうすると、リミッターが外れて、無差別に人を殺したくなる。一般人にその能力を使うとね、自然と能力に目覚めちゃうのよ。ちょうどラスターに襲われた時のように」
 理解した。
 能力者が一般人相手に能力を使う機会はほとんどない。せいぜい強化した身体能力を使う程度で、能力を使って一般人を襲撃することなどあるはずがない。
 だから知らなかったのだ。能力者が一般人を襲っても、ラスターが一般人を襲っても、同じだということ。
 精神を操作すれば・・・・・・・・、魂が恐怖するんだということ。
「でもダメなの。あたしの能力で襲撃しても、攻撃力の高い能力者が生まれない。きっと恐怖が足りないのね。今にも死んでしまうという切迫した気持ちが足りないんだわ」
 だから、とアズサは続ける。
「このチャンスを待っていたの。能力者をまとめて殺人者に変えられる時。戦闘できる連中の数が限られれば、一人ずつ落とせるもの」
「……何が、目的なんだ」
 ヴェレーナの弱々しい声に、アズサはささやくように答えた。
「死が」
 そのまま、そっと口づけを交わした。


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