情報により指定された場所は、街の郊外。
 小高い山がある場所で、時期によってはハイキングにも向くような低山だ。
 当然、山頂まで整備された登山ルートはあるが、今回気高き者エーデル・ムートのメンバーは、ルートから外れた藪の中に入っていた。
「こんなところに入って、本当に敵は来るのかよ」
「まあ、可能性よね。仕掛けてくる可能性があれば試してみるものでしょ」
 メンバーは7人。
 コハルとヴィナ、鈴。それにミア、トラ、フェリツィアといった戦闘力が高いメンバーと、索敵に長けたメンバーを一人。
 ルートから外れ、人の視線も遮れる位置まで来たところで、二手に分かれることになった。
 戦力を分割することは予定通りで、言うなれば隙を見せて、仕掛けやすくするための手順である。
 コハル・ヴィナのセットに、鈴とフェリツィアが組。ミア、トラと索敵要員で組。
 互いの組は無線で連絡を取り合う。中継器はリュックに詰め、実戦能力が高くない索敵要員が背負うことになっている。
「何か発見したら、すぐに連絡してね」
 そう言うミアたちは、藪を掻き分け山頂の方向を目指す。
 一方でコハルたちは、山の低い位置をぐるりと回るコースを目指す。
「じゃ、じゃあ行こうか」
「はーい!」
「ん」
「あいー」
 四人組とはいえ、なかばデート気分の鈴、敵の気配もないのでそんなにやる気もないヴィナ、そしてやたらと無口なフェリツィア。
 コハルの頭にほんのり不安がよぎるが、まあさておき。
「えっと。実際には、どういう風に動けばいいのかな」
「例の虫を探すんだから、やっぱり虫を探して歩くのが良いんですかね」
「虫ってこういうやつよねー」
 ヴィナが示す先には、名前もよくわからない甲虫。
 自然の中を歩けば、虫など数えきれないほど居る。
「そういえば鈴ちゃんは虫って平気なの?」
「はい、大丈夫です。神社には虫も出ますし」
「そっか。僕も、まあ触るくらいなら大丈夫だけど……。フォーゲルさんは?」
「別に。ただ、一応言っておくと、どんな場所にも毒虫はいるから、気を付けたほうがいいよ」
「それはそうだね」
 蜂などの分かりやすい危険だけでなく、虫というのは往々にして毒を持つ。
 ムカデに咬まれて腫れるというのは家の中でもよくあるし、ヒルに吸血されたり、場合によっては蛇などもいるかもしれない。
 一応、虫除けスプレーは使っているし、服装も揃って長袖・長ズボンを着用している。ついでにポイズンリムーバーという虫刺されの応急治療具も用意してきた。
 だが、カモフラージュとはいえ、藪の中を歩くのだ。警戒するに越したことはない。
「ヴィナ、誰か変な人は来ている?」
「誰も。というか、コハルたち以外の人間なんていないわよ」
「まあ、仕掛けて早々に見つかるはずもないですし、来ていてもこっちに来るとは限りませんし」
「それもそっか」
 そのまましばし、道なき道を進む四人。
 しばらく進んだところで、おもむろに口を開いたのはフェリツィアだった。
「コハル、だっけ」
「ん? うん、そうだけど」
「あんた、能力に目覚めた瞬間の記憶がないんだってね」
「まあ、そうだね」
「何の引っ掛かりもないの?」
「うん、特には」
 実際、あれからずっと考えてはいるのだ。
 なのに、自分が能力に目覚めた瞬間というのは、本当に記憶がない。
「日本の能力者には、生まれながらに能力を持っている奴もいるって聞くけど」
「鈴ちゃんはそうだけど、僕は鈴ちゃんの家とは関係ないしねぇ」
「うちの血筋では生まれながらに能力ある人もいますけど、日本で主要な能力者って、うちの親戚だけなはずなんですよね」
「隠し子とか」
「さすがに、一族にバレないってことはないと思いますけど」
「けど、あんたはトラの存在を知らなかったでしょう」
「それは……。そうなんですけど」
 本家筋である田村鈴は、亜流とでも言うべきトラの血筋を知らされていなかった。
 後から聞くと両親は知っていたそうだが、まだ未成年で家を預かる立場にない鈴には教えていなかったのだという。
 トラの家はそれほど秘匿されており、能力からしても、日本を守る要に近い位置にいたことになる。
「知られていない日本の能力者って、まだまだいるんじゃないの」
「それは否定できないですけど、でも、だからってコハルさんが生まれながらの能力者ってのも無理があるような……」
「そう? 単に目がいい、ラスターを見つけられる程度の緩い能力なら、生まれて何年も気づかないことはありえるわ」
「うーん……」
 鈴は考え込むが、フェリツィアは鼻を鳴らす。
「生まれながらの能力者なら、後天的に危険を感じたことがないのは当然だし、能力への自覚が遅いことも矛盾はしない。あんたたち日本の能力者にとっては問題だろうけど、そんなのこっちは関係しない」
「そうかしら? あなたたち人間って、能力者を隠したいんじゃないの?」
 ひょこ、と首を突っ込んだのはヴィナだ。
気高き者エーデル・ムートなんて、能力者を隠すのが一番の目的なんでしょ。勝手によそで子供を作るような能力者がいたら問題じゃない? たとえそれが日本の能力者だとしても、日本でバレれば世界に影響するでしょ」
「そういう意味では問題だけど、別に私は気高き者エーデル・ムートの目的なんてどうでもいいし」
 理念が相容れないーー秘匿第一主義の気高き者エーデル・ムートに反発したからこそ、フェリツィアは出奔している。そういう意味で、彼女の言葉に嘘はないのだろう。
「それに、私もコハルが生まれながらの能力者とは思ってないわ」
「そうなの?」
「生まれながらに能力を秘めていたなら、もう少しラスターに狙われてるんじゃないかしら」
「そういうもの?」
「特に能力が高いラスターほど、能力者を狙う傾向にあるわ。美味しいのかしらね」
 理屈はわからないが、なんとなく想像はできる。
 漫画でもなんでも、異形が積極的に襲うのは主人公たちだ。
「生まれてからずっと能力者だったなら、十数年も一度たりとも襲われてないなんてありえない」
「じゃあ、何が言いたいの?」
「理屈で言えば、あんたは襲われた自覚がないのだから、生まれる前から能力を保持していた。でも、あたしは、あんたは後天的な能力者だと思う。つまり、どこかで魂が危機を感じたのよ」
「どこかで……」
「記憶を混濁させる能力というのもあるけど、それは限定的。それより、人間の記憶はもっと曖昧だわ」
 たとえば、大きな事故に遭うと、前後の記憶を失うことは多々ありうる。
 本来ならば、それほど大きな事故に遭えば、本人が記憶していなくても周囲が見ている。だから、外的要因から、自分が事故に遭ったと知ることになるだろう。交通事故でも、誰かに襲われるのだとしても。
 ラスターに襲われたとしても、周囲からは爆発事故か何かに見える。彼らは周囲の建造物を破壊することを厭わない。おそらく道路は陥没するし、塀は破壊されるし、家には穴が開いている。
 いずれも想像はつく。
「つまり、あんたはラスターのような存在に襲撃された。その襲撃で記憶を失った。けど、偶然か必然か、周囲にそれほど大きな影響は出なかった。だから、あんたは単に自分の記憶が飛んでいることだけが不思議で、それ以外に実害はないから、忘れてしまった。それが自然でしょう」
「理屈はわかるけど」
「何か心当たりはないわけ?」
 記憶を失うことに心当たりと言われても。
 コハルが苦笑していると、無線が音を発した。
『フェリ! 聞こえる!?』
 ミアの声だ。
 フェリツィアは無線を手に取り、
「何」
『教会が襲撃されたわ! すぐ戻るわよ!!』
「ッ!?」
 絶句した四人は、言葉を出せなかった。


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