走って、走って。いつぞやの夜を思い出す。
 駆け抜けた先、教会は入り口の扉が壊されていた。
「まずいわ、警察でも来られたら厄介」
 警官の前では能力を使うわけにはいかない。だが、相手はそんなことを意に介すタイプではないだろう。
 一方的に能力でなぶられる。それを避けるには、こちらも能力を使う。いたちごっこで、能力という存在が露見してしまう。
 壊れた扉を踏みしめながら室内に飛び込むと、入ってすぐーー礼拝堂に、革ジャン姿の女性が立っていた。
「アンドレア! よかった、無事だったのね」
 アンドレアはゆらりと振り向く。その目は焦点が合っていない。
「……!!」
「ガア!!」
 ナイフを振り上げたアンドレアが襲いかかる。ミアはすぐさまレイピアで受けるが、
「くっ!!」
 いつもの、一般人が能力者になっただけの存在ではない。彼女は武闘派、バリバリの戦闘タイプだ。ヴェレーナのような戦闘には向いていないタイプを護衛できるほどの戦闘能力を持っている。
 そんな彼女を相手に、しかも室内。逃げ場がない。
「ここは私が押さえる! トラ、全員を奥へ!!」
「あぁ!?」
「アンドレアが操られるくらいよ!! 他のみんなも危ない!!」
「けっ、わあったよ!! 開門!!」
 トラは自身の能力で空間を飛び越える。コハルや鈴、フェリも強制だ。
 トラはそのまま奥へ行こうとし、
「いっ!?」
 奥の部屋から、気高き者エーデル・ムートのメンバーが飛び出してくる。手に手に武器を持っており、しかも全員が戦闘訓練を受けている相手。
「チッ!!」
 トラはお得意の鉈を振り回すが、気高き者エーデル・ムートの方が数は多い。多勢に無勢だ。
「おい、テメエら! 手を貸せ!!」
「もう、何なの!?」
「操作系の能力者がこんなに厄介なんて……!!」
 フェリと鈴も応戦に加わる。アンドレアほど戦闘に特化したメンバーではないが、一方的に倒せる相手でもないし、数は教会に残っていた者の方が多い。
 フェリは後ろに下がりつつ、非殺傷性の銃弾で制圧しようとしたが、
「っ!?」
 銃弾を額に打ち込んでも、気絶しない。いや、気絶は最初からしているのだ。なのに動く。
 思い出す。操作された能力者は、気絶していても動くのだ。
 鎮圧弾程度では無理、ならば。
天衣無縫の授けものシュヴェーア・クラフト!!」
 重力操作で、自分にまとわりつこうとするメンバーを床に叩きつける。操作できる範囲は狭いが、間合いに入った相手は強制的に地面へ叩きつけられる。
 これなら何もできないーーそう思った刹那、自分が叩きつけた相手を理解した。
 ーーヴェレーナはまずい。
 思った直後、顔面を思いきり弾かれた。
 非殺傷の銃弾、ハンドガンタイプ。だがその重みは、ボクサーにパンチをくらったようなものだ。
 たまらずよろめき、能力を解除してしまう。
「フェリさん!」
 鈴がカバーに入る。剣を盾に飛び込むが、
「いっ!?」
 ハンドガン相手では盾が心もとない。手足を撃ち抜かれ、悲鳴をあげる。
 失敗した。ヴェレーナは、相手の能力による影響が最も少ない能力者だ。
 彼女の能力ーー使い物にならない時間ミッシェス・フィルテル。それは、自分の時間を”貯蓄”し、相手の時間を”買う”ものだ。言い換えれば、特定の相手に対し、時間を停止させることができる。
 貯蓄できる時間には限りがあるようだし、戦闘中に再び貯蓄はできない。だが、時間を買われてしまうと、その間はこちらの能力が停止してしまう。ありていに言って、フェリの重力操作が無効化されてしまうのだ。
 連戦できる能力ではないが、こと一対一において、彼女は無敵に近い。それでもアンドレアが護衛についているのは、彼女の頭脳がそれだけ組織にとって必要だからであり、彼女自身の戦闘能力があまり高くないからである。
 他のメンバーもいるとなると、これは分が悪い……。
「任せてください!」
 そんな中。コハルが飛び出す。
「ヴィナ!」
「おっけー!!」
 少年と精霊は融合し、ひとつとなる。少年は風の力で天井ギリギリまで飛び上がると、まっすぐな刀を生み出し、それを真下に向けた。
「重圧!!」
「!!」
 ヴェレーナが、アンドレアが、他のメンバーたちが床に叩きつけられる。
「これは、重力操作?」
 それもフェリツィアの能力とは桁違いに広範囲。まさに次元の違う能力。
「……」
 その能力に、フェリは知らず冷や汗をかく。
 彼は今、何の野心もなく、争いをまとめるために能力を行使している。だが、その能力は、ベルホルトと戦った時に比べても増している。
 重力操作そのものはフェリツィアの真似かもしれない。発想力は普通なのかもしれない。
 だが、彼が能力の使い方を覚えてしまえば。そして、そんな彼が操作されてしまえば。
 制圧できる者などいるはずがない。人間は、たった一人の人間を制圧できず、多くの死者を出すことになる。
 その時、トラが動いた。フェリが圧巻の能力を目の当たりにして呆気にとられている間に、ヴェレーナに鉈を振り下ろし、首をはねる。
「!!」
 見知った人間の首が落ちる瞬間に、フェリは目を見開いた。
「こいつが一番厄介そうだったからな。処理したぜ」
 トラはなんでもないことのように言う。そんな彼を責める言葉を、フェリは持ち合わせていなかった。

★ ☆ ☆ ☆ ☆ ★

 アンドレアを初めとする操作された能力者は一ヶ所に集め、フェリの能力で押さえ込んだ。
 本来なら全員を処分するのが気高き者エーデル・ムートの方針だが、そうすると死体の数が多すぎる。
 幸いにもまだ警察は来ていないが、ヴェレーナの死体だけは奥に隠すことにした。それでも職務質問されたら言い訳はできないが、心理的なものだ。
「……」
 死者1名、操作されたメンバーは10名以上。残された気高き者エーデル・ムートのメンバーはミアたち3人だけ。このままではトラを保護観察することもままならない。
 そのことを理解しているのかいないのか、トラは鉈の血糊を拭いていた。
「どうしてこんなことに……」
「決まっているでしょ。ここを奴が襲撃したんだわ」
「でも、ここにはアンドレアがいたのよ? ヴェレーナだって。なのに、全員が操作されるなんて」
「こいつら、睡眠薬でも飲まされてんぞ」
 言ったのはトラだった。
「操られただけで会話が成立しなくなることはねえだろ。今までの連中を見ていればな。ってことは、こいつらはただ操られただけじゃねえ。意識を奪われてんだよ」
「睡眠薬を……」
「明らかだろ。ここにいねえ奴がいるじゃねえか」
「……!」
 トラの目に、殺意が浮かぶ。
「野郎、舐めた真似しやがって。犯人は陸奥アズサだ。あいつなら、飲み物にでも睡眠薬を混ぜてみんなに飲ませることもできる」
「わたしたちが出た隙を狙ったってことね」
「戦闘要員が少ない時を狙ったんだろ。能力はともかく、バトルタイプの連中は怪しんで睡眠薬を飲まないこともあるからな」
「でも、結果は立派なものだわ。全員やられてる」
「なあ、こいつらまとめて殺した方が早くねえか」
「それはしないわ」
 はっきりと断言したのはミアだった。
 トラはあからさまに舌打ちし、
「おい。お前の甘ちゃんは好きにすりゃあいいが、ここは状況が違うんじゃねえか」
「でも殺さないわ。能力で操作されているだけなら、能力者を押さえれば解除できるかもしれない」
「それまでどうするんだよ」
「悪いけど、フェリに押さえていてもらうわ。能力の行使時間もフェリならしばらくは持つでしょ?」
「そりゃ、数時間ならいいけど。でも陸奥アズサはどこに逃げたか分からないでしょ」
「そんなに遠くへは行ってないと思うわ。遠くに逃げるなら、操作した気高き者エーデル・ムートのメンバーは町中に放したと思うの。その方が混乱するし、目眩ましにもなる。そうしなかったのは、自分が町中で操作した気高き者エーデル・ムートのメンバーと遭遇したくなかったからじゃないかなって」
「……憶測だ。理屈にもなってねえ」
「もちろん。でも、陸奥アズサは逃げようと思えばとっくに逃げられた。気高き者エーデル・ムートのいない場所で事件を起こした方が楽だったはずよ。そうしなかったのは、彼女も気高き者エーデル・ムートに目的があるからとも言える」
「……」
「手分けして探しましょう。今までのような、誰ともわからない相手を探すわけじゃない。見つける方法はあるわ」
 ミアの言葉に、めいめいが頷いた。


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