フェリと、戦闘能力が低いメンバーは教会に残ることになった。
 一対一では何が起きるか分からないので、二手に分かれることにした。トラはミアと、鈴はコハルと組んで町に出る。
 その片割れ、ミアトラチームは、路地を走っていた。
「おい、闇雲に走ったって見つかりゃしないだろ」
「もちろん。もう少し離れたら、ここにいるぞってアピールをするつもりよ。そうすれば、向こうから姿を現すかもしれない」
「逃げ隠れた奴がんなことするかよ」
「試さないと分からないわ」
「けっ」
 唾を吐き捨てたトラは、少し前を駆けるミアに言う。
「それにしても、お前が俺と組むなんざ意外だな」
「そうかしら? あなたは組んだ相手を殺して逃げかねない。そういう意味では素直な鈴とか龍宮君に任せられないのは当然でしょ」
「冷静じゃねえか」
「どうも。これでも修羅場は初めてじゃないもの」
「俺はてっきり、自分が殺せねえから、俺に殺させようとしてんのかと思ったぜ」
 ぴたり、とミアは足を止めた。トラはにやにやと笑いながら、
「そうだろう? お前は人を殺せない。気高き者エーデル・ムートにしちゃあ甘い女だからな」
「否定はしないわ。でも、私は今の自分に誇りがある」
「誇りで戦いになりゃあ苦労はねえ。実際、どうするつもりだ。陸奥アズサを殺さないつもりか?」
「ええ。もちろん」
「殺さなきゃ能力が解除されるとは限らねえぞ。操作系の能力は、操作した相手を元に戻せない奴もいる」
「それは、そうだと分かった時に本部が考えることだわ」
「正しく駒ってわけか。つまらねえ女だな」
「なんとでも言いなさい。もう決めたの」
「へっ」
 トラが肩をすくめた瞬間、その目が空に向けられる。
 町中、夕刻。路地には夕日が差し込み、影が長く延びている。
 その影が揺らぐ。
「ふふん、いい感じ」
 影が重なっているのだ。もう一人は、上から飛び降りてきた。
 学校の制服を身につけた、一見すると普通の少女。
 陸奥アズサ。
「くすくす、こういうタイミングを待っていたの。戦闘能力を持つ人間がバラけて、しかもすぐには駆けつけられない。そのために、非戦闘員を片っ端から操作してやったわ」
「いい度胸じゃねえか。生きて帰れると思ってやがるのか?」
「ええ。だって、あなたたちじゃ勝ち目ないもの」
「そりゃあ、死んでから言いな!! 開門!!」
 トラお得意の、空間を渡る斬撃。だが、それが当たる前にアズサは移動していた。
 ーートラの背後に。
「っ!?」
 慌てて後ろに鉈を振るう。その時には、元の場所に戻っている。
「どういう、マジックだ」
 一人の能力者が持つ能力はおおむね一つ。応用することで複数の能力を持っているように見せかけられる人物はあれど、相手を操作する能力と、空間を転移する能力は違いすぎる。
 トラは鋭い視線をアズサに向けるが、アズサは意に介さない。
「くすくす、面白い。バカみたいなの。どうせたいして強くもない、どうせ一人じゃ何もできないくせに……。そんな程度で、よく強気になれるわね」
「あぁ!?」
「あたしはスゴいの。あたしは誰より強いんだ! それを理解しなかったお前たちなんかに……! あたしのことを、語る資格なんかあるもんか!!」
「なん……」
「死ね!!」
 直後。トラは本能的に能力を発動していた。
 転移し、ミアの後ろへ。そうしなければ、死んでいた。
 ほんの一瞬前までトラが立っていた場所が、真っ黒に焦げていた。まるで炎で炙られたように。
「な、んだこいつ。どんだけの能力を持ってやがんだ!?」
「……」
 一瞬で動いたように見える能力。
 炎を操る能力。
 見覚えがある。ミアは、この能力を知っていた。
 動いたように見えるのは幻影を見せる能力だ。幻で、相手を撹乱する能力。
 炎を操る能力は、正確には熱を操る能力だ。狭い範囲だけだが、一瞬にして空間の温度を1000℃近くまで引き上げられる能力者がいる。
 気高き者エーデル・ムートには、だが。
「まさかあなた、気高き者エーデル・ムートの能力者から……」
「そうだよ」
 ぎらりと笑う。その笑みは、すでに子供のものではない。
「あたしが、気高き者エーデル・ムートの能力を食ったの!!」

★ ☆ ☆ ☆ ☆ ★

 コハルと鈴は二人並んで、町中を歩いている。
 索敵とは言っても、対象がどこまで逃げたかはわからない。近くにいるだろうという判断のもとで動くしかなく、その近くがどこまでなのかは不明瞭だ。
 ヴィナは空を飛べるというか浮いているので、少し高いところから周囲を見張ってもらっている。だが、まだ発見はできていない。
「……」
 コハルの脳裏に、さっきの光景がよぎる。
「鈴ちゃん。ちょっと聞いてもいい?」
「はい? 何でしょう」
「教会の人たちは、元に戻るのかな」
「……能力で操作されているだけなら、単純に言えば能力解除で元に戻るはずです。ただ、異能力については不明なことも多いですし、個人差が大きいので、断言はできません」
「そっか」
「だ、大丈夫ですよ、きっと」
 大丈夫。本当にそうなのだろうか。
 それに、すでに一人はーーヴェレーナは殺してしまった。
 殺すという判断をしたのも実行したのもトラだ。責任は彼だけのものであり、コハルはその経緯に関与しているわけではない。
 だが、自分の目の前で人が殺されたという事実は残る。
 トラのやったことは、ただの殺人だ。だが、彼の言い分も否定しきれるものではない。
 鈴が言ったように、能力については不明なことも多い。物理的に拘束したところでヴェレーナの能力があれば止められないということも事実だ。
 それらを重ね合わせて考えれば、彼の行動は間違っていない。
 殺人が良いとは言わない。だが、それを言えるのは、自分の身が安全だからだ。
 誰だって、自分の身体が危険な状況では他人のことなど考えない。それは正当防衛とか害虫駆除とか、そんな言葉で表される理念だ。
「考えすぎちゃダメですよ」
「鈴ちゃん……」
「アタシたちがやっていることは、究極的には常に利己主義なんです。でも、それが必要だからやるんです」
「利己主義?」
「はい。だって、能力を使えば社会はもっと楽になる可能性だってあるし、澱を殺すことは命を奪う行為です。まあ、澱が命かどうかは分かりませんが」
「言いたいことは分かるよ」
「ありがとうございます。で、そういうことなんですよ。能力を漏らさないのはそれによる混乱を防ぐため。澱を殺すのはそれによる被害を防ぐため。大義名分はありますけど、それを決めたのは能力者です。一部の人間が、世界のルールを決めたんです」
「……」
 彼女はルールを策定した側の人間だ。責任を持つ側である。
 きっと、幼い頃からその事実は叩き込まれてきたのだろう。
「ベルホルトさんがやろうとしたことを聞いた時、間違っているとは思いましたけど、同時に納得する部分もありました。確かに、今の構造はいびつです。一部の特権を持つ人だけが利益と責任を持つって」
「確かにね」
「でも、ベストか分からなくても、それがベターだって知っています。だから頑張るんです」
「うん」
 コハルは、責任のない側から、責任のある側へと変化した。
 今までは知らなかった。見えているだけで、ラスターが危険であることも、そんな相手と戦う責務を持った人がいることも知らなかった。
 だが、今は知っている。
「……色々と考えなきゃね」
「コハル」
 と、上空から周囲を探っていたヴィナが降りてきた。
「向こうの方……ミアたちが行った方で炎が見えた」
「ッ!!」
 当たりは向こう!
「戻りましょう!」
「うん! ヴィナ、融合!」
「おーらい!!」
 三人は急いで向きを変え、駆け出した。


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