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能力を食う。 その言葉が意味するところを、ミアはうっすらと理解した。 彼女たちは、そんな敵と対立したことがあるのだから。 「あなたもまさか、精霊を……」 「ふん」 獰猛な笑みを浮かべるアズサ。その瞳は、すでに狂気の色だ。 「ちっ、ベルホルトの旦那みてえなものか」 精霊の持つ能力。それは、人の優しさを、他者へと振り分けるもの。 その一貫として、悲しみを起源にする能力は奪うことができる。 「でも、それじゃあなんで、残ったメンバーの能力は奪わなかったの?」 「あなたたちが知ったことではないわ」 「そりゃ、そう、だッ!!」 トラは強く地面を蹴り、駆け出す。同時、 「開門!!」 扉を開き、現れた場所はーー遠く彼方。 「ッ!?」 「けっ、ベルホルトの旦那みてえな化け物となんかやれるか!! 俺はトンズラこかせてもらうぜ!!」 「トラ、あなたは……!!」 一瞬で沸点を越えそうになる怒りだったが、次の瞬間に起きたことには理解が追いつかなかった。 「え?」 「……?」 トラの首がぽろりと落ちる。 ほんの一瞬で、何が起きたかもよくわからなかった。 「何、が……」 理解が後から追いつく。 そうだ、目の前にいるのは精霊だ。複数の能力を奪い、行使することができうる者。 そんな相手に、トラは迂闊にも背中を向けたのだ。 「くっ」 ミアはレイピアを構える。だが、それがどれほどの意味を持つというのか。 離れたトラの首を正確に切り落とせるだけの能力。教会のメンバーにそんな能力者はいなかったことを考えると、アズサが隠し持っている能力の数は底が知れない。 ミアの能力は、決して戦闘に向いているわけではない。武闘派として所属していられるのは、単に日頃から鍛練を積んでいるからであって、殺傷能力が高いわけではないのだ。 そんなミアが、アズサと戦って勝てる見込みなどーー万に一つも感じられない。 「あなたの目的は何」 「そうね。復讐かな」 「復讐? 誰へ?」 「あなたたちという、能力者全てに対して」 「能力者に、何の恨みが?」 「勝手すぎるのよ、あんたたちは。こっちは必死に頑張って、その方が良くなるだろうって努力してんのに……。ふざけんじゃないわ」 「……。あなたの敵は、誰なの」 ミアの能力は、思い出を再生すること。 誰かの思いがこもったものは、自然と敏感になる。 「あなたの敵は、ここにいる者ではないわ。巻き込んではいけない」 「うるさい。どうせ、どいつもこいつも一緒なのよ。人のことを食い物にして!! 陰で嘲笑うんだ!!」 アズサの感情が高ぶるにつれ、周囲の景色が揺らめく。陽炎だ。 「人間は全員滅ぼす!! それが、あたしの復讐だ!!」 瞬間、ミアはレイピアを顔の前で構えた。直後、その剣身がへし折られる。 「っ!!」 見えない衝撃波。それが、こんなにも厄介。 「消えろ!!」 ミアが手を振りかぶった瞬間、間に影が飛び込む。 ギャリン、とありえない音が破裂し、周囲のコンクリートブロックが削り取られた。 「間に合った……」 気質を表すまっすぐな直刀を持った少年。 龍宮コハルだ。 ★ ☆ ☆ ☆ ☆ ★ 「何をするつもりだ」 三尺もの長刀を構え、コハルはアズサをにらみつける。 少女はくすりと笑い、 「目的がわかったら情状酌量でもしてくれるって?」 「そうかもしれない」 「はん! とんだ甘ちゃんだよ、そんなの」 ジロリと敵をにらみ、アズサは嗤う。 「お前ら能力者に、わかりっこない。あたしの気持ちなんて」 「……その能力。複数の能力を持っているね」 「それが?」 「精霊を吸収したんだ」 「お前に関係ある?」 「あるよ」 その瞬間、コハルの姿に、真っ赤に燃える少女の姿が二重写しになる。 「僕も精霊を融合している。本人の意思でね」 「本人の意思ね。そりゃ立派なものじゃん?」 アズサが片手を振るう。足元のコンクリートが砕け、欠片が散らばる。 「こんな力、別に欲しかったわけじゃない。でも、役に立つって言われたから、それを信じたから……!!」 ぐっ、と拳を握る。直後、コハルは横に跳ねた。 「ッ!!」 一瞬までまで立っていた場所が弾け飛ぶ。アズサの能力だ。 「精霊の力なんて欲しくなかった! それでも人間を守るには必要だったから、だから手にしたのに!!」 連続的に放たれる、不可視の衝撃波。地面が爆ぜる中を逃げ回る。 「どういうことさ!!」 「あたしは強制的に精霊と融合させられたのよ!! 人工的に精霊を作ったって連中に!!」 「っ!?」 人工的な精霊の生成。 そんなことが可能なのか? 違う、それは議論の的じゃない。 可能だから今、目の前にアズサがいるのだ。 「そんなことしたくなかった! 戦いなんてわけわかんないことして、そんな普通じゃないことして! そんなのちっとも嬉しくない! でもやるしかないじゃない!!」 「誰にやられたのさ!」 「そこにいるじゃない……。気高き者だ!!」 「ッ!?」 アズサは荒い息を吐きながら手を止める。コハルは地面に降り立ち、同じく息を整える。 「気高き者が、精霊を……?」 「そうよ。あたしのお母さんは水商売で、生活は楽じゃなかった。だから、あたしも何か仕事をしなきゃって……。でも女子中学生がやれる仕事なんて、非合法の仕事しかない」 「でも……」 「ネットで見た時は怪しい仕事だって思ったけど、実際に前金も出たから、信じてやることにしたの。変な能力を植えつけられて、生存するかって実験。精霊と融合して、あたしは生き残った」 コハルはちらりとミアを見やる。 気高き者の少女は顔面を蒼白にし、目を見開いている。とても知っていたという顔ではない。 「世界に平和をもたらすためだって言われて。実際にバイト代も貰えたし、協力すること自体は嫌じゃなかった。あたしなんかでも、誰かの役に立つんだって思えたら、痛い実験だってやる気が起きた。なのに……」 ギロリ、と見つめる先にいるのは教会のメンバー。ミアだ。 「あたしはみんなを喜ばせたくてやってたんだよ。あたしが、クズみたいな生まれのあたしが!! 人の役に立ってるって実感があったから頑張ったのに!! お前たちは、あたしのことを裏で嗤ってたんだ!!」 「そ、そんなことは……」 「全部聞いたんだよ!! 実験動物は処分しなきゃまずいよなって!! またベルホルトみたいなことが起きたらヤバイよなって!!」 「……ッ!!」 そういうことか、と理解した。 彼女は、おそらくは日本で実験に使われていたのだ。 ベルホルトは精霊を吸収したと言っていた。だが、人工的に精霊を産み出すーー言い換えればラスターを作る技術は、気高き者の中でも知られていないものだった。 ごく一部の人間が、極東というドイツとは情報の共有が限定的な空間で実験をしたのだ。そうして生まれた精霊と融合し、生き残ったのがアズサなのだろう。 だが、ベルホルトという精霊の力を悪用する人間が発生した。彼は後に改心したものの、彼が本気で儀式を成功させていれば、世界は滅亡していた。 その事実があったからこそ、精霊実験は中止になったのだ。おそらくは秘密裏に。 「……このこと、ニーナさんは」 「何も、言ってなかったわ」 言えるはずもないか。 ミアは、なんだかんだ真面目で融通がきかない。そんな彼女に、非合法スレスレの人体実験なんて言えるわけがない。 「あたしは、あたしは……! 本気で人の役に立てるって思っていたのに!! お前たちはあたしを実験動物にしか見てなかった!!」 「落ち着けアズサ!! 君のことをそんな風に見ていた連中は、僕らじゃない!!」 「うるさい!! みんなあたしを人間だなんて思っちゃいないんだろ!! だったらやってやる、獣みたいに暴れて、お前たち気高き者を潰してやる!!」 だから、この町で事件を起こした。 社会的な肩書きは未成年に過ぎない彼女は、親の許諾なしにドイツへ渡ることが難しいから。 だから、一息に大きな事件は起こさなかった。 調査のために、できる限り多くの人間を本国から呼び寄せるため。 だから、今日動いた。 戦闘能力が高いミアやフェリがいない隙に、他のメンバーに仕込むため。 全部、計算通り。 「お前も気高き者の味方なら……!! 一緒に消えろ!!」 ぶん、と手を振るう。咄嗟に空へ逃げると、ブロック塀が消し飛んだ。 「ミアさん、このまま市街地じゃまずいよ!!」 「ええ、でも……!」 場所を動かすためには、相手を引き付けられなければいけない。トラがいれば不可能でもなかったが、彼は真っ先に殺された。 「ふんだ、バラけさせて個別に撃破してるんだ! お前たちにかなうものか!!」 「させ、るかッ!!」 コハルは空中を蹴飛ばし、アズサに肉薄する。 「燃えろ!!」 「くッ!?」 途中で反転。目の前を炎がよぎる。 一瞬で高熱を発する能力。それだけでもかなり厄介だ。 「ヴィナ!!」 《任せて、氷!!》 冷気がコハルを覆う。冷えた空気で熱波に対抗しようという考え。 「甘いよ!!」 ふっ、とアズサの姿が消える。 《後ろ!!》 「くッ!!」 背中側に刀を振るう。長い刀身はアズサをかすめるが、浅い。 「でいッ!!」 「あがッ!?」 衝撃波をモロに食らった。そのまま地面に叩きつけられる。 ロングトラックに、はねられたようなものだ。それでバラバラにならなかったのは、ヴィナと融合していたからに過ぎない。 「あっ、痛……!!」 《コハル、大丈夫!?》 全身が痛い。いくらヴィナが衝撃を和らげてくれたとはいえ、元のパワーが並ではない。受け止めきれないのだ。 「ふんだ。精霊と融合したってその程度? あたしの強さとじゃ、比べ物にならないじゃない」 すとん、と地面に降り立つアズサ。そこへ、 「ふッ!!」 ミアが突撃する。レイピアは砕かれても、まだ鍛え抜いた格闘術はある。 飛びかかり、ひっつかみーーそのまま投げようとして、 「ッ!?」 動かない。まるで地面に縫いつけられているかのような重さ。 「甘いんだよ、ばーか」 ドン、と衝撃波ではね飛ばされる。そのままコンクリートの塀に激突し、庭に飛び込んだ。 「ふんだ。その程度……え?」 シュッ、と風が切れる。ふくらはぎに赤い線が走る。 その瞬間、アズサは立っていられなくなった。 「逃がしません」 アズサの背後。三寸程度の小刀を手にした鈴が、首もとに刃を当てていた。 「動かないで下さい。動いたらこのまま首をはねます」 「……できるの? そんな真似が」 「アタシは生まれながらの能力者です。人を殺す覚悟なんて、とっくの昔にできている」 それは、彼女なりの責任感なのだ。 「す、鈴……」 がらりとコンクリート片の中からミアが這い出してくる。その姿に、鈴はくすりと笑う。 「無理しないで下さい。アタシは大丈夫です」 「余裕そうだね」 「そうですね。アタシの戦闘力、そんなにたいしたものじゃないですけど……。コハルさんとミアさんに集中していたあなたの隙を突くくらいの能力はありますからね」 首もとに刃があっては、アズサとて無理はできない。 その状況下で、けれどアズサは笑っていた。 「立派なものだよ。でも、精霊と接触はまずいんじゃない!?」 「ッ!!」 「能力喰らいの大害獣!!」 |