数日後。日曜日であるその日、コハルは鈴やミアと共に町へ出ていた。
 町中の喫茶店でコーヒーを飲みながら、事件の顛末を聞く。
 事件そのものは終わりを迎えている。
 犯人であった陸奥アズサは拘束され、祠宇守が身柄を預かることになった。今回の事件には気高き者エーデル・ムートも関わりがないわけではない。彼らにアズサの身柄を預けるわけにはいかなかった。
 アズサ自身は人工精霊を抜かれた。結果的に他人の能力を奪う能力も、奪った能力も失っている。だが、彼女が精霊と触れ合うことで目覚めてしまった能力ーー悪意の胤ダークスターと呼ばれる能力だけは失うことがなかった。
 それも当然と言えば当然で、彼女自身の内側からにじみ出た能力なのだ。精霊が抜けたところで、その能力が失われることはない。
 だが、彼女の能力は危険性が高い。それを使わせないため、祠宇守が鍛え直すことに決まっている。
「……なんだかこんなことを言うと悪いけど。アズサさんは死刑になってしまうかと思っていました」
「それはないわ。たとえ気高き者エーデル・ムートでもね」
 ミアもまた、コーヒーをすすりながら答える。
「彼女は人間を操作しただけ。もちろんそれは許されることではないけれど、直接的に殺して回ったのは私たちよ。それしか処理する方法がないと判断したのは現場の勝手な行動で、正しくするなら、全員を拘束して操作の原因を取り除くべきだった」
「それは……」
「もちろん、現場サイドからすれば、自分の命すらおびやかされているのに、操作されただけの人間だからと見逃すことなんかできない。だから、現場の判断が間違っていたとも思っていない。ただ、陸奥アズサ自身は手を下していないことも事実だから」
「きっかけが彼女でも?」
「殺人教唆で死刑にはならないわ。結局、殺した奴が悪い」
「そんなものですか」
「コハルは納得してないの?」
 おそなえケーキで機嫌の良いヴィナは、単純に首をかしげる。だが、コハルの心中はもう少し複雑だ。
「アズサさんのしたことは許されることじゃないと思うよ。でも、だから死刑になればいいかって言ったら、そんなことはないとも思う」
「じゃあいいじゃないの」
「でもさ、ヴィナ。間違いなく、彼女はたくさんの人が死ぬ原因を作ったんだ。それも、自分の意思で。それがなんの罰も受けないっていうのも……」
「罰は受けますよ」
 答えたのは鈴だった。
「祠宇守だってそんなに甘くありません。能力を使って人殺しまでしようって人には厳しくします。お山は二度と降りられないでしょうし、精神修行や鍛練だってずっとやらなきゃいけない。あるいは、刑務所に入るよりも厳しいかもしれません」
「そっか」
 彼らもまた、法の裏側に生きる人たちではある。だが、社会に関わって生きていくなら、どうしたって法に関わることは出てくるし、それは自分たちの考え方も形成する。
 鈴はこんなにもまっすぐなのだ。そんな彼女が育った家が、そんなにも間違った判断はしないだろう。
「それよりも、コハルさんのことです!」
「僕?」
「ヴィナちゃんは人工精霊なんですよね? じゃあ、コハルさんはどこで能力を手に入れたんですか」
「だから、覚えてないんだってば」
「覚えてはいないだろうけど、きっかけは想像できるわ。10年前にヴェレーナたちが日本で実験をしていると言っていた。おそらく、その時に失敗しているのよ。実験中の人工精霊と、龍宮君は接触している」
 ミアの言葉に、コハルも頷かざるをえなかった。
 記憶はない。なにせ10年前ともなれば、それは幼稚園か小学校の低学年か、といった頃だ。
 その頃に出会った不思議な記憶なんて、昔すぎて思い出すことはできない。
 思い出すことはできないが……。
「……」
「?」
 こうしてケーキに舌鼓を打つ彼女を見ていれば、そんなことはどうでもいいのだろうと思えてしまう。
「あ、コハルさん、ヴィナちゃんはダメですよ。絶対ノーです。犯罪です」
「な、何が?」
「決まってるじゃないですか! 男と女の色々です!」
「決まってないし、それを言ったら鈴ちゃんも犯罪じゃないかな……。まだ中学生だよね」
「ピュアはセーフ」
 その理屈はありなのだろうか、とコハルは疑問に思ったが、言わないでおいた。
「そういえば、ミアさんはまだ日本にいるの?」
「え? ええ。龍宮君が要注意人物なのは変わっていないし」
「要注意って……。本人を前によく言うよね」
「事実は曲げられないわ」
「ふふっ。そうだね」
「何よ」
「事実は曲げられない。人を殺してはいけない、これも事実だよね」
「……。そうね」
 ミアは小さく息を吐き、
「私は、成すべきことを成す。気高き者エーデル・ムートとしての誇りよ」
「能力者の誇り、だね」
「ええ。でもそれは、人間の社会を守るためのもの。すなわち、人間社会のルールを、能力者にも守らせるためのものでもあるわ。ルールを守ることのできないラスターを斬るのと同様、ルールを守ることができる能力者には守らせないと」
 そんな結論、簡単だったのだ。
「私、気高き者エーデル・ムートでもっと責任のある立場を目指すわ。そして、改革する。人工精霊の実験とか、人を処理するとか。そんなことは、もうさせない」
「うん、委員長なら似合うんじゃないかな」
「確かに」
「アタシも思います」
 友人たちに囲まれ、ミアは少しだけ笑った。
「ありがとう」


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