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「うーん」 普通にショッピングして普通に食事をしてしまったが、はたして今日の目的は何なのか。 ショッピングに霊的な意味が? さすがにそれはないだろう。あれが戦闘服だとしたら、色々と見える。たぶん。 そこは、トイレの近くにある長椅子の上。鈴はお手洗い中である。 自分も用は済ませているが、さすがに女子よりは早い。その間にベンチで待ちながら、コハルは今日の目的をずっと考えていた。 ーーデートであるという考え方は、とりあえずコハルにはない。 「あ、もしかして、緊張をほぐそうとしてくれてる?」 それはあるかもしれない。なにせ、コハルはついこの間まで一般人だったのだ。幽霊を目撃したことはあっても、組織がどうこうなんて話には噛んだことがない。 だから、ちょっと普通のことをして、雰囲気を慣らそうとしてくれているのかもしれない。 ーーもちろん鈴にとってはただのデートなのだが、そんな意識はコハルにはない。 「じゃあ、こっちから振ってみようかな……。でもなぁ」 思い返すのは、委員長の言葉。 『私は幼い頃、家族もろともラスターに襲われたわ』 鈴とて能力者だ。ということは、そういう経験があるのではないか。 その疑念が、コハルの口を重くする。 「聞きにくいよなぁ」 ため息混じりに漏らすと、 「何が聞きにくいんです?」 「うぇっ!?」 いつの間にか、鈴が戻ってきていた。 その姿に慌てて立ち上がり、 「な、なんでもないよ!」 「なんですか? 聞きたいことがあればなんでもどうぞ?」 純粋な瞳。その目にコハルは悩みつつも、 「えっと。その、鈴ちゃんも能力者、なんだよね」 「ああ、そういうこと。そうですよ」 「じゃあ、結城さん……ミアさんみたいに?」 「ラスターに襲われたことですか? 戦ったことはありますけど」 「……?」 「そっか、知らないんですよね。祠宇守神社は、生まれながらに能力を持つ一族なんです」 「生まれながらに?」 「はい。……ここじゃなんだし、歩きながら話しましょうか」 鈴に促され、ショッピングセンターを出て歩く。 近くには落ち着いた遊歩道があった。人との距離があるので、大きな声で話さなければ、話を聞かれる心配もない。 「ミアさんたちエーデル・ムートは、確かに襲われた被害者たちの組織です。望んでない襲撃により、望んでいない能力を手にしてしまった人たち。一方で、うちは違います。生まれながらに能力を持って生まれる人がいる一族なんです」 「そういう一族はよくあるの?」 「わかりません。というのも、他国の組織とはそんなに交流がないんで。エーデル・ムートくらいしか知らないんです」 「そっか……」 「まあ、たぶん珍しいとは思いますよ。うちの一族でも、全員が生まれながらに能力者ってわけじゃありません。たとえばお父さんは能力者ですけど、お父さんのお兄さんは能力者じゃないですし」 今はサラリーマンしてます、と続ける。 「子供の頃に能力を発現させる人もいれば、大人になってから目覚める人もいます。マチマチみたいです」 「へえ。じゃあ、鈴ちゃんは?」 「アタシは生まれながらに能力が使えた、超! 天才児です」 びしっ、とピースを決める。その姿に、コハルは微笑んだ。 「凄いんだね」 「ふふん、そうですよ! ちなみにアタシは、剣を具現化する能力があります。この前、戦った時に見せた剣がそれです」 「あの大きな剣か」 「はい。うちの一族では、生まれながらに能力を持っているので、それに気づくかどうかって感じです。だから、アタシの具現化能力も、別に自分で選んだわけじゃありません」 「その割には様になってたよ」 「そりゃ、修業とかしてますしね。お父さんがしろって。まあ、確かに訓練なしに澱と戦うのは恐すぎなんでやりますけど」 「澱?」 「ああ、ラスターです。エーデル・ムートの言う。日本では昔から澱と呼んでいます。一説ですが、昔は鬼と呼んでいたものが変化したとか」 「鬼か……」 オニ、あるいは単にキ。 それは目に見えない、悪しき者の総称だ。 「澱は人間を積極的に害します。よく百鬼夜行なんて言いますよね? 日本では昔、そんな現象があったみたいです」 「あんな連中が……百も?」 「まあ、それはさすがに大袈裟だと思いますけど。今よりは多かったみたいですね。でも、今は昔の能力者が頑張って封印したから、数が少ないんだとか」 「封印?」 「鬼門ってわかります? オニの門。陰陽道で言うウシトラの方角とは違って、本当にオニが出てくる門があったそうです。何百年も前の能力者が、それを閉めたとか」 「そんな風にできるんだ」 「半分伝説みたいな話ですから、どこまで本当かわかりませんけどね。門と言っても、学校の門みたいにわかりやすい形はしていないでしょうし。アタシが生まれた時には、もう澱の数も減っていましたから」 「だいたい月一くらい?」 「そうですね、もうちょっと多いかな? くらいです。ドイツとかのスポットは、三日に一回くらいは出現するみたいですよ」 「あっちの方が多いんだ」 「門を閉じる能力者がいないんでしょうね。まあ門が何かもわかんないから、閉じようもないのかもしれませんけど」 「……」 コハルをじっと眺めた鈴は、 「もしかして、門を閉じる能力が欲しいとか思いました?」 「え? いや……」 「隠さなくてもいいですよ。確かにみんな、そういう能力があったら欲しいと思います。だって、あんな連中、居ない方が良いに決まってますもん」 「……鈴ちゃんも、知り合いを襲われたりしたの?」 鈴は黙って首を横に振る。 「さいわいと言うべきか、日本国内で……少なくても祠宇守が把握している限り、国内の犠牲者はここ100年ほどゼロに押さえられています。数も少ないですし、それぞれも強くない。能力者の数だってうちの一族だけですが、それなりにいます。だから討ち漏らしてはいません」 今のところは、と鈴は言う。 「けど、エーデル・ムートみたいに、被害者は一定数存在します。世界のどこかには」 「それは……」 「気にしても仕方ないことなんですけどね。こう言っては悪いんですけど、澱の犠牲で亡くなる人は、交通事故で亡くなる人の何万分の一です」 それはその通りだ。 世界中では、交通事故で亡くなる人、殺人事件に巻き込まれる人、あるいは戦争中の場所さえある。 天寿を全うできない人間は数えきれないほどいて、ラスターに巻き込まれる人間はその中でもほんの一部に過ぎない。 それらに心を寄せたところで、誰かが救われるわけでもない。 「アタシたちにできることは、目の前の澱を倒すことくらいです」 「目の前の、か」 「はい。確かに門を閉じられればそれが一番ですし、たくさんの能力者がいればもっと多くの人を助けられるかもしれません。でも、それは現状、できないことばかりですから」 そう言う鈴の様子は、どこか納得していないのがわかった。 それはそうだ。どこかの誰かが殺されているのだという、その事実を容認できるような人はいまい。 だが、現実問題として、どうにもならないことも事実なのだ。 門などという、目にも見えない、存在するかもわからないものをどうにかはできない。そもそもラスターが何なのか、コハルにはわかっていない。 「……本当に、ラスターって何なんだろうね」 「さあ。そればかりは祠宇守でもわかっていません。異界の鬼だとか、地獄から来ているなんて話もありますが、想像の域を出ませんね」 「ラスターたちのスポット? から、向こう側に行くことはできないの?」 「門さえ把握できていないのに不可能ですよ。ただ、異世界から来ているのだろうって推測はできています。たぶん、向こうは澱がたくさんいる、本当に地獄みたいな場所なのかもしれませんね」 「そんな世界にも人は住んでいるのかな」 「……住んでいないと、思いたいです」 「思いたい、か」 それはそうだ。あるかどうかもわからない異世界ではあるが、ラスターが多数存在していて、幸せなはずがない。誰かが不幸になる姿を見たくないという人は多いだろう。 「……」 だが。 コハルの口元が緩む。目の前にいる人に心を寄せられる人はいくらでもいる。けれど、目には見えない誰かに心を寄せられる鈴はーーきっと、良い子なのだろう。 それが、コハルにはよく染み渡った。 「そっか……。ありがとう、鈴ちゃん。その話がしたかったんだ?」 「その話ですか?」 「うん。能力者のことについて教えてくれるために呼んだんじゃないの?」 「え?」 「え?」 二人とも。 噛み合っていないことに、ようやく気づいた。 |