「……」
「……」
 いったん落ち着くために、ちょっと喫茶店に入ってみた。
 チェーンの喫茶店。マグカップに入ったコーヒーからは湯気が立ち上る。テーブル席は7割ほどが埋まっており、談笑したり、パソコンで作業をしたりしている人が目立つ。
 その中において、お互いに顔を真っ赤にしながら並んでいる二人は、ある意味で特殊だった。
「ま、まさかデートのつもりだったなんて……」
「まさか、ミアさんの台詞を覚えていたなんて……」
 双方、ようよう理解した。お互いの認識が違っていたこと。
 まあ冷静に考えれば、あの出会いからデートに繋がるわけがないし、ミアではなく鈴が能力者について教える展開もあるわけない。
 そのことにお互いが思い当たったのが3分くらい前というだけ。
「そ、その。まさかその、鈴ちゃんがそういう気持ちだと知らなくて」
「い、いえいえ! アタシこそ! 猪突猛進なだけで!」
「……」
「……」
 どうしようか。物凄く気まずい。
 つい助けを求め、コハルは周囲を見渡した。と、その視線が、一方向で止まる。
「あれ? あれって……」
「はい?」
「ミアさんじゃない?」
「え!?」
 ばっ、と振り返る。すぐさま逃げようとする高校生が3人ほど。
「ちょちょちょ、ちょーっと待ったー!! なんでいるんですか!?」
「あっ、渋谷たちまで!?」
 二人が詰め寄ると、高校生組は苦笑を浮かべる。
「いやあ、こんな面白そうなことを見逃すのは友達としてどうかと」
「そうそう! まさか龍宮君がデートしてるなんて思わないし!」
「わ、私はその、天からのお告げで」
「あ、コハル! ケーキ美味しかったよ!」
 四者四様の言い訳。いや、ヴィナは言い訳のつもりはないので除外すべきか。
 コハルは深く深くため息をついて、委員長に耳打ちする。
「まさか、最初からつけてたの? そういえばヴィナがずっといなかったけど」
「ぎくっ」
「……ヴィナ、ミアさん、いつから居た?」
「うにゅ? エキってところからずっとよ」
「あ、ちょっ」
 コハルのジト目。ミアにはこうかばつぐんだ。
「鶴見さんたちも。さすがに覗きはどうかと思うんだけど」
「いやあ、たはは」
「まあまあ。そう怒るなって」
「渋谷はもっと反省しろ! どうせお前が鶴見さんたちを引き込んだんだろう!」
「うげっ!? それは誤解だー!?」
 はっ、と気づいたコハルは、
「あ、ごめん鈴ちゃん。この二人は鶴見さんと渋谷、僕のクラスメイト」
「鶴見エリでーす」
「渋谷クウでーす」
「……渋谷、可愛くはないぞ」
「うるせえ」
 あっけに取られていた鈴もまた、フリーズしていた思考が再開する。
「あ、は、はい。アタシは田村鈴です」
「可愛いわよねー。中学生?」
「はい、中三です」
「へー。にしても龍宮もスミに置けないっていうか、こんな可愛い子とどこで知り合ったの?」
「え、えっと、まあ、近所の神社で? その、鈴ちゃんって神社の巫女さんで」
「へー! 巫女さんナンパするとか、罰当たりじゃないの?」
「そ、そういうわけじゃ」
 否定すると関係を説明しづらいので、余計なことも言えない。
 コハルはミアにこっそりと聞く。
「ミアさん。鶴見さんたちって、能力者と何の関係もないよね?」
「ええ。ヴィナさんも見えていないわ。今日は私がごまかしていたけど」
「やっぱり知られない方がいいよね?」
「当然でしょう」
 うーんと悩んだコハルは、
「ま、まあ僕たちもそろそろ帰るつもりだったし。みんなも帰ったら?」
「まあ、いい時間だしなぁ。そうすっか?」
 時計を見れば、すでに午後5時前。帰るにはちょっと早いくらいだが、これから遊びに行ってもそれなりに遅くなる。
 一人暮らしのコハルは問題ないが、女子中学生である鈴をあまり遅くまで引っ張り回しても、後々に問題となりかねない。
「じゃあ、解散ってことで」
 そう言って、コハルは苦笑を浮かべた。

★ ☆ ☆ ☆ ★

 家への帰り道。
 コハルは肩に乗ったヴィナに話しかける。
「まったく。まさかミアさんたちと覗いているなんて思ってもみなかったよ」
「だってミアがおとなしくしてろって。甘いのくれたし」
「ヴィナは甘いものに釣られ過ぎだよ」
 もう、と嘆息する。
「で、今日は結局なんだったの?」
「ちょっと一緒に遊んだだけだよ」
 結果的にはそういうことだ。デートといえばデート。
 その認識がなかったので、デートとしてのドキドキを味わうことはなかったが。
「……」
 鈴が、そんな風に自分を見ているとは思っていなかった。それはそうだ、実際に会ったのは襲撃時の一回限り。その結果で恋愛関係に発展するなんて思っていたら、中学生男子の妄想以下だ。
 だから、そんな意識なんて欠片も持っていなかった。だが。
「デート、ね」
 コハルとて男子高校生。最低限のやましい気持ちはないわけじゃない。
 だが、とも思う。
 相手は中学生だ。恋に恋するお年頃。出会いのことといい、熱病のようなものなんじゃないかとも思う。
 自分を魅力的な男子とも思っていないコハルにとって、恋愛対象に選ばれるということ自体が初めての体験。それだけに、疑問が湧いてしまうのだ。
 そんなあたりが、彼がモテない理由と言えなくもない。こんな性分で出会いがあるわけないし、出会わなければ次はない。
「あたしはたまにこんなことがあってもいいわよ!」
「ヴィナは甘いものが欲しいだけでしょ」
「甘いのは正義!」
「そんな言葉、どこで覚えてくるのさ」
 まあいいか。
 ヴィナを乗せていると、コハルはそんな風に思えていた。

★ ☆ ☆ ☆ ★

「はぁ……」
「どうした委員長、ため息なんか」
「なんでもないわ……」
 今日はやけに疲れた。上司の命令がなければ、こんな疲れることはもう二度とやりたくない。
 それに、何を学べばいいのか、それも結果的にはよくわからなかった。
 高校生3人組は、たらたら夕日に照らされる道を歩いている。と、分かれ道に出た。
「あ、俺たちこっちだから」
「そう。じゃあまた学校で」
 渋谷たちと分かれたミアは、一人になった。へたり込むくらい力尽きていたが、とにかく教会までは帰らねば。
「……デートかぁ」
 能力者として目覚めたのは12歳の時だった。
 それ以来、能力を磨き続けてきた。成長は誰よりも早く、今や組織の中核を担うほどになっている。
 そんな生活をしていれば、恋だの愛だのにうつつを抜かす暇なんてあるわけがない。そうなれば当然、彼氏なんているわけない。
 ーーニーナの心配も、わからないわけではないのだ。
 エーデル・ムートは、それそのものが家族のようなものだ。お互いがお互いに家族を失った者たちの集まり。
 だから、ニーナも母親のような気持ちなのかもしれない。それを言うと、まだ母親ほどの年齢ではないとぶち殺されるので、言わないが。
「恋、か」
 そんなことを体験する日が来るとはイメージできない。
 けれど自分も、いつかはそんなことをしたくなるのだろうか、と。

★ ☆ ☆ ☆ ★

「ふふーん♪」
 鈴は機嫌が良かった。
 勘違いはあったにせよ、自分という存在をアピールできたし、デートもできたし。まあまあ成功したのではないだろうか。
 少なくても今日の今日で、コハルは鈴を女の子として意識したはずだ。
「次はもうちょっとアタックしようかなぁ」
 少し攻めてみるのも悪くない。というか、引くということは知らない。
 ご機嫌で歩いていた鈴は、ふと足を止めた。
 通りの先に、一人の男がいた。派手な髪色のシャギーカット、濃いめのサングラスに黒いシャツとダメージジーンズ。
 この町では、あまり出会わないタイプの男性。
「よう。お嬢ちゃん、一人で歩くのは危ないぜ」
「なんですか。警察呼びますよ」
「おいおい、声かけただけで警察はひでえなぁ。それに、警察じゃなんもできねーだろ」
「……? ッ!!」
 次の瞬間。鈴は剣を顕現させる。
「あんた。どこの所属?」
「へっ。どこでもいいだろうがよ。殺しすんのに、組織は関係ねえからな!!」
 夕日の中。
 夕日よりも赤い血が、道路を汚した。


前の話       次の話
戻る