コハルが学校に行くと、いつもコハルより早いはずのミアがいなかった。
「ミアさん、いないね。寝坊したのかな?」
「ミアが? そんな性分?」
「じゃあ風邪かな……」
 そういえば昨日はやけに振り回されていたようだし、疲れがたまっているかもしれない。
 そんなことを思っていると、ばたばたと廊下を駆ける音がした。かと思えば、教室の扉がすっ飛ぶ勢いで開き、ミアが飛び込んでくる。
「あ、おはよう、ミアさん……? 何かあったの?」
 そのただごとではない様子に、さすがのコハルも気がついた。
「何があったの?」
 ミアは息を整えてから、
「鈴が襲われたわ。おそらくは、敵対組織に」
「……? ッ!!」
 遅れて脳みそが言葉の意味を理解する。
 襲われた。
 混乱するコハルより早く、ヴィナは状況を理解し、目を細める。
「戦ったの?」
「そうみたい」
「負けたのね。でも、殺されてない」
「襲撃されている途中でうちのメンバーが通り掛かって、相手は逃げたみたいなの。そのせいで命に別状はないけど、全身に切り傷があるし、右腕は骨折していたわ」
「……まさか」
 コハルの口から言葉が漏れる。
 いや。ミアが嘘をつくはずがない。
 コハルは頭を振り、甘い考えを追い出す。
「今は組織の中でも治療の能力を持つ者が受け持っているから、おそらく数日中には完治できると思うわ」
「数日で? ……よかった」
「ええ。不幸中の幸いと言うべきね」
 襲撃と聞いて、何ヶ月も治療にかかるような状態をイメージしてしまった。数日ならまだ良い方だろう。
「私が言いたいのはね。鈴が襲撃されるほど、相手の動きが活発かつ過激になっているということなの」
「相手の組織とは、そんなに仲が悪いの?」
「もちろんこちらがハントしようとしていたくらいだから、仲が良いわけじゃない。でも今まではまだ、話し合いで決着できることをイメージしていたの。ただ、今回のことで決裂は決定的よ」
「そうだろうね……」
「問題なのはね。私たちの組織に直接所属しているわけじゃない、ただ協力してくれているだけの鈴が襲われたことよ」
 はっとした。
 そう、鈴は祠宇守神社の所属。エーデル・ムートの案内をしてはいるが、実際に所属しているわけではない。
「おそらくだけど、彼らは私たちに関係する相手を容赦なく殺しにかかると思っているわ。そうなれば、あなたも危ない」
「殺しに? 嘘でしょ、ここは日本だよ?」
「日本でも傷害事件は犯罪よ。相手は犯罪行為を躊躇していない」
 それはそうだ。
 それに、今回はたまたまメンバーが通り掛かったから殺されなかったが、もしもそのまま戦いが続いていたらーー。
 最悪の結果は、想像にかたくない。
「私がメッセージではなく、急いで学校に来てまで伝えたかったのはね。危機的自体であることを、あなた自身に自覚して欲しいのがひとつ。確かにあなたはそれなりの戦闘力がある。でも、プロが相手となれば話は別よ。あなたには戦闘の知識や技術が足りていない」
 確かに、先日の小競り合いも、ミアにはまったく敵わなかった。
 相手が暗殺のプロフェッショナルなら、あるいは融合する間もなく殺されてしまうかもしれない。
 ミアは続けて、
「もうひとつは、私自身があなたを護衛するためよ」
「護衛?」
「ええ。実は私たち気高き者エーデル・ムートは、本来なら二人一組で行動するの。あなたを襲撃した時も、私と鈴が一緒だったでしょう?」
「そういえば……」
「戦闘はどんな不測事態が発生するかわからない。だから、二人で組んで、片方がやられた時にサポートできるようにしているの。ただ、私と組んでいた鈴がやられて、私自身に空きができた。あなたとはクラスメイトだから一緒にいても不自然じゃないし、状況も良くない。あなたの護衛には私が適任でしょう」
「意味はわかったよ。確かに、ミアさんが護衛してくれるなら、心強いからね」
 コハルは隣で浮かぶヴィナを見上げる。
「ヴィナ、話はわかった? 不用意にどこか行ったりしないようにしてね」
「ん。要するに、コハルを狙う悪党がいるって話なのよね?」
「要約するとね」
「でも、それならコハルはあたしが守れば良くない?」
「あなた、話を聞いていなかったの? あなたの力は認めるわ。でも、それだけじゃ不安が残ると言っているのよ」
「ふうん? まあいいけど。でも、これからどーするの? ずっとミアが守ってくれるの?」
「それは……」
 もちろん、そういうわけにはいかない。
 そもそもが男女なのだ。家に押しかけて護衛することはもちろん可能だが、そんなことを繰り返せば、双方に噂が立つ。
「なるべく、早く解決するように動くわ」
「解決って?」
「簡単なことよ。相手がこちらを襲撃してくるのであれば、こちらからも相手を襲撃すればいい」
 そう言ったミアの瞳は、冷たく、それでいて炎が宿っていた。
「全面戦争よ」

★ ☆ ☆ ☆ ★

 放課後。ミアと共に、コハルは教会を訪れた。
 教会の二階には治療部屋がある。ラスターとの戦闘で負傷した者を収容するための部屋だ。
 そもそも、ラスターそのものが世間に認知された存在ではない。それらと戦って負った傷は、まともに病院で診てもらうわけにもいかない。ましてや、教会のメンバーは不法入国者も混じる(ミアも経歴を詐称しているので、厳密には不法入国に当たる)。ドイツ拠点のエーデル・ムートが日本で活動するのには、正規ルートでは限度があるのだ。
 そのため、エーデル・ムートでは教会に医療施設を作っている。施設とは言っても薬品とベッドがあるだけで、レントゲンさえ存在しない。だが、治癒系の能力を持つメンバーがいれば、そんな治療道具も必要ない。
 閑話休題。鈴が寝かされていたのは、そんな能力者用の治癒施設だった。
 部屋にはベッドが二つ、向かい合わせになっている。片方は空いていた。
 ベッドに寝かされた鈴は、頭に包帯が巻かれており、腕にはギプスのようなものがあった。
 部屋に入ったコハルを認めると、鈴は急に顔を赤くした。
「うえっ!? な、な、なんで龍宮さん!?」
「ちょっとお見舞いに」
「ミアさん!! 連れて来ないでって言ったじゃないですか!!」
「そうもいかないでしょう」
 鈴は百面相をしながら、
「あの、えっと、その……。すみません、こんな格好で」
「ううん。いいよ、楽にしていて」
 コハルが言うと、鈴はベッドにぽふっと倒れた。
「まさか教会で治療しているなんて思わなかったよ」
「本当はうちで治療をすべきだったんですけどね」
 鈴は祠宇守神社の所属だ。日本国籍も持っている、きちんとした経歴のある人間である。そのため、わざわざ教会の治癒施設を使用する必要は、厳密に言えばない。
 だが、通りで敵に襲撃されて負った傷。その治療をまっとうな医師にやらせるわけにはいかないという問題もあるし、何より、世間の医師より治癒術者が回復させた方が圧倒的に早い。
 そして、問題がもうひとつだけあった。
「祠宇守神社に、治癒能力者はいないんです」
「え? そうなの?」
「はい。一族の能力者は、アタシみたいに何かを具現化する能力者が多くて。治癒する能力って、自己回復力を高める能力者とか、自分の生気を分け与える能力者とかなんですよね。だからうちの能力者とは傾向が違うんです」
「組織によって、そんなに違うんだね」
「それは能力を発現する経緯も関係していると思うわ」
 そう言ったのはミアである。
「私たちはラスターに襲われてから能力に目覚める。言い換えれば、自分や家族が負傷する瞬間を目の当たりにしているのよ。その時に能力を手にすれば、自然と回復したいって願望が強く出る。願望は能力に影響するわ」
「願望が、能力に影響する……」
 コハルは同行している幽霊に視線を送った。
 ヴィナの能力は、刀を生み出したり、風を操ったりと、一見すれば脈絡がない。あるいはそこに、彼女の願望が影響しているのだろうか? あるいはーー他の誰かの?
「まあ、元気そうでよかったじゃないの」
「うん、そうだね」
「げ、元気ですよそりゃ! ちょっと戦っただけですもん!」
「ちょっとって。年頃の女の子が?」
「戦いに男も女もありません!」
 だから、と鈴は続ける。
「龍宮さんは、気にしないで下さい」
 そう言って浮かべた笑顔。
 コハルはその笑顔に、別のことを思った。


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