教会、礼拝堂。
 戦いを表現したステンドグラスの前に、ニーナ・マイヤーの姿があった。
「まさか、相手がここまでしてくるものとは考えていませんでした」
 そう言うニーナの前には、コハルとヴィナ、それにミアの三人がいる。
 長椅子に座った三人に、ニーナは言葉をかける。
「ミアを護衛にしたのは、あなた方と仲が良いと同時、戦闘力に信頼が置けるからでもあります。ミアは日本入りしているメンバーの中でも指折りの戦闘力がありますから」
「ミアさんが? まだ高校生ですけど」
「能力者同士の戦闘には年齢などあまり関係ありません。普通の格闘技などとは勝手が違いすぎますからね。能力に目覚めてすぐ爆発的な戦闘力を発揮する者もいれば、そもそも戦闘には不向きな能力者もいます。おそらくは、能力を発現する経緯が関係するのでしょう」
「経緯……」
 ちらりとミアを横目に見る。ミアの顔には何の表情も浮かんでいなかった。
 爆発的な戦闘力を有する能力者。つまり、能力を発現する経緯において、戦闘力が欲しいと願ったからではないか。
 ミアの過去を詳しく詮索したりはしていない。けれど、この年齢でそれだけの戦闘力を有するに至った経緯が、幸福なものであったはずがない。
「ともかく。お二人は、ミアから離れないようにして下さい。敵が本気を出せば、怪我では済みませんよ」
「わかりました」
「はーい」
「よろしい。では、ミア。頼みましたよ」
「あ、はい。あの、ニーナ様は?」
 ミアの問い掛けに、ニーナはにこりと笑う。
「今、教会のメンバーが索敵に出ています。結果が出たら、わたくしも動こうと考えています」
「まさか、ニーナ様が自ら?」
「それが最も早いですから」
「ふうん? あんた、強いの?」
 小首を傾げるヴィナに、ミアは慌てた。
「こら、ヴィナさん! 失礼ですよ!」
「構いませんよ、ミア。これは自負ですが、わたくしは気高き者エーデル・ムートの中でも最も強いですよ」
「へえ。そーなんだ?」
「そーなんですよ」
 くすりと笑うニーナは、強いとは言うものの、あまり強そうには見えない。おっとりしているし、そもそも女性だ。戦いに向いているようにも見えないが……。
「嘘じゃないわよ」
 言ったのは、ミアだった。
「私たち、普段からラスターとの戦闘に備えて訓練をしているのね。メンバー同士での模擬戦闘。でも、私はニーナ様に勝ったことはない」
「勝ったことが、ない?」
「そうよ。それがどれほどのことか、わかる?」
 これがどんな武道であろうとも、”必勝”はありえない。
 その時の体調や時の運と呼ぶべきもの、あるいは他の要因も含めれば、”9割勝てる”ことはあっても”10割勝てる”ことなどあるはずがない。
 それが、全戦全勝ということはーー。
「単純な力の差だけじゃないの。文字通り、大人と子供ほどに違うのよ」
 単純な戦闘能力の差だけでは埋めきれないほどの差。
 能力者同士の戦いというものは、たとえ模擬戦であっても、それほどの差が生まれるものなのかもしれない。
「ただ、わたくしの戦闘力については、相手も承知しています。ですから、素直にわたくしと戦ってくれることはないでしょう。なんとか戦いに持ち込む努力はしますし、決闘となれば勝ちは確定的ですが……。逃げ回る相手を捉えるのは、そう楽なことではありません」
「そういえば、前も言っていましたね。お知り合い、なんでしょう?」
「そうですね。あなたもミアと行動を共にするのであれば、知っていてもいいかもしれません」
 そう前置きし、ニーナは語り出した。
 敵というものを。

★ ☆ ☆ ☆ ★

 ”敵”の名は、ベルホルト・ベーゼンドルファー。
 以前は、ニーナと同じ気高き者エーデル・ムートに所属していた。二人は能力を用いてラスターを狩る、正しく能力を行使する能力者だった。
 ニーナは、能力を行使してラスターを倒すことに強い使命感を持っていたし、自分自身の能力に疑問も持っていなかった。
 一方で、ベルホルトは以前から能力を行使できる状況が制限されていることに、強い不満を持っていた。
 彼はよく言っていた。

『いつでも能力を発揮できる状況なら、もっとラスターは楽に狩ることができるし、あるいは他のことにも能力は活用できる』

 だが、当時からエーデル・ムートは保守的で、能力を秘匿することを最も重要な任務としていた。そのため、ベルホルトの考え方は当時から合っていなかった。
 それでも、ベルホルトは組織のためにきちんと働いていた。彼のおかげで助かった命も少なくない。
 事が起きたのは、2年前のこと。
 エーデル・ムートは当時から自分たちの能力を秘匿していた。能力を開示することによる社会的な混乱を強く懸念していたからだ。
 だが、世間から見ればそれは、怪しい集団でしかなかった。
 もともとラスターは人の目で見ることのできる存在ではない。おまけに能力を秘匿しようとするエーデル・ムートの風潮は、世間から見れば不思議なことをしているおかしな集団でしかない。
 そんな彼らと近隣住民で、小競り合いが起きた。小規模なデモの様相を呈したトラブルはヒートアップし、メンバーの一人が危機感から能力を発動させてしまったことで余計に悪化。
 死者こそ出なかったものの、組織のメンバーから重症者3名を出す乱闘騒ぎとなってしまった。
 組織には治癒術者もいるので、たとえ重症者が出ても治療は容易である。だが、警察まで来ている状況で、重症を1日2日で治しては余計な詮索を招きかねない。
 結果的に重症を負った者は入院せざるを得ず、戦線からは離脱することになった。
 ーー前線が、手薄になったのだ。

 犠牲者が出たのは、それから数日後のことだった。
 ラスターとの戦闘において、本来ならば二人一組で活動するはずのところが、相棒が負傷していたことで単独出撃することになった教会員。その彼女は、ラスターに喰い殺された。
 この事件は、教会員の間でも議論になった。組織再編の話、出撃ルールの見直しと厳格化。
 だが、ベルホルトが主張したことは、そんなことではなかった。

『能力は開示すべきだ。そうでなければ、一般人は理解を示さない』

★ ☆ ☆ ☆ ★

「……当時から、ベルホルトは偏向思想の強い人物でした。確かに能力を開示すれば、私たちの活動はもっと自由に行うことができ、あるいはラスターとの戦い以外でも能力を使用することができるようになります。それで救われる命も、少なくないでしょう」
「けど、それは」
「もちろん、犠牲も生みます。誰が能力者かわからない状況は、魔女狩りを発生させてしまう。それが一貫した我々の主張であり、その主張を変えたことは一度としてありません」
 けれど、とニーナは続ける。
「ベルホルトはその主張に対して異義を唱えつづけていました。住民のデモを考えれば、彼の主張も一定の道理はあったと言うべきでしょう。とはいえ、能力の開示などできるはずもない。組織がそう決定したところで、ベルホルトは我慢の限界を迎えたようです」
 ニーナは目を伏せ、つぶやくように言った。
「ベルホルトは、組織のトップ他3名を暗殺しました。そして、気高き者エーデル・ムートを出奔した」
「暗殺……。殺人、ですか? なんでそこまで」
「教会のメンバーは、ある程度の行動制限があります。移動するにも、メンバーの能力で常に追跡が可能です。これは戦闘中に負傷し、行方不明になることを防ぐための措置でしたが……。組織から抜けようとしていたベルホルトには、懸念と映ったのだと思います」
「それだけのために?」
「それだけ彼が本気だったと捉えました。我々はベルホルトを追いかけるため、組織を再編し、現在はこうして日本で活動をしています。おそらくですが、彼は能力者を世界にバラす、そのために活動をしているものと思います」
「以前も言っていた、ラスターに襲わせるという?」
「はい。そうやって能力者を増やし、結果的に世間へ能力者の存在を認めさせる。それが目的でしょう」
「……」
「気をつけなければいけないのは、彼は自分の目的に対して障害になるものに対して、殺人さえ厭わないということです。能力を用いた殺人であれば不可能犯罪となり、普通の警察では逮捕も難しいでしょう。それに、我々としても、能力による殺人の結果として能力の存在が露見することは防がねばなりません」
「そんな、人を殺すほどの事態で」
「それでも。能力は秘匿されねばならないものです。言い換えれば、命を賭けてでも隠しているほどの出来事なんです」
 ニーナの強い眼差しに、コハルは何も言えなかった。
 それほどの必要性があるのか、コハルにはいまいち理解できていない。だが、彼女たちがそのために本気になっていることだけは理解できていた。
「相手は、本気で邪魔者を殺す可能性があります。あなた方も、十分に注意して下さい」
 ニーナの言葉に、頷くしかなかった。


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