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教会からの帰り道。 ミアは、コハルを今日から教会泊まりさせたがった。確かに教会は他の場所よりも安全で、護衛としても楽だろう。 だが、いきなり教会に泊まれと言われても、宿泊の準備など何もない。そもそも高校から直行して、いまだに制服のままである。そのため、いったん家に帰ることになった。 もちろん、護衛のミアを連れて、である。 「これ、近所で変な噂にならないかな……」 「どうかした? 龍宮君」 「いや、なんでもない」 今まで彼女なんて出来たことのない一般男子。そんなコハルが異性を連れて(本当はヴィナもいるが、ヴィナは誰にも見えない)帰れば、ご近所様では注目されてしまうのでは。 コハルは高校生にしてはしっかりしているし、一人暮らしをしていてもなんら問題は生じていない。とはいえ未成年の一人暮らしであることに変わりはなく、両親は近所の人にも声をかけている。 そういう意味では注目の的なコハルが、それこそ予想通りに女の子を連れ込んだら……。 「……ミアさん、男の格好しない?」 「え? なんで?」 「いや、あの。気分を悪くしたら申し訳ないんだけど、その……。世間の目が」 「ああ、そういうこと? いいじゃない。真実を知らない人間のたてる噂話なんて、所詮は根のないものよ」 いや、そういう噂話こそパワーがハンパないんだけど。 そんなことを考えつつ、コミュニケーション能力はいささか欠け気味の教会員には通じそうもない。 「コハル〜。おなかすいた〜」 ヴィナはヴィナでマイペース。何だろうこれ、悩んでいる自分が悪いの? 「……もうすぐ帰るから」 「甘いのは?」 「じゃあパンケーキでも焼いてあげるから」 「え? 龍宮君、パンケーキ焼けるの?」 目を丸くするミア。コハルは小首を傾げ、 「焼けるのって、パンケーキは焼くだけだよ? 揚げ物みたいな面倒さもないし」 「そういえば、お弁当も作ってるって言っていたわね……」 「うん、まあね。最近はヴィナがお菓子をねだるから、そっちも勉強中なんだ」 ちらりと見上げると、ヴィナ様は甘いものを捧げよとふんぞりかえっていた。 「でも、ヴィナさんは実際に食べるわけではないでしょう?」 「そうなんだけどね。なんだろう、神棚とか仏壇とかにお供えするようなものなのかも」 「心のありよう……? ラスター相手に、そんなことが可能なのかしら」 「あたしはラスターなんてのじゃなーいー! 化け物扱いすんなっ!」 「あ、その、そういうつもりじゃないのよ。ごめんなさいね」 「ふんだ。甘いのくれたら許す」 「……えっと、じゃあこのチョコでも」 ミアはポケットからチョコの包みを取り出した。するとヴィナは幸せそうに笑う。 「そうそう、そういうのよ!」 「チョコなんて持ち歩いているの?」 「ええ。戦闘で能力を使うと、カロリーを消費するみたいなのね。だから教会員は緊急用にチョコを携帯することを推奨しているの」 「ふうん。雪山でチョコをかじるようなものか」 「そういうこと。私は料理が得意じゃないから余計にね」 言ってから、あ、とミアは口をふさいだ。 「……大丈夫だよ。なんとなくわかってるから」 「ど、どういう意味よ!?」 「いや、ミアさんはどう見ても料理上手な感じじゃないし」 「し、失礼ね! これでもニーナ様よりはできるのよ!」 「え? ニーナってそんなに下手なの?」 空中で逆さまになりながら、ヴィナは目を丸くした。コハルも頷き、 「確かに。なんかこう、家庭的な料理とか得意そうだよね」 「ぜんぜんよ! 食べ物なんてソーセージさえあればいいって人だし、焼くとちぎるしか出来ないんだから!」 「そ、そうなんだ?」 「そうよ! 本当にもう、当番制で食事の用意をしているんだけど、ニーナ様が担当になった日は本当に囚人みたいな食事よ? 確かに教会は裕福じゃないし、そもそもキリスト教の体裁をとっているから贅沢はできないんだけど……。私だってスープくらい作るわ!」 「それも大差ないような……」 「そうね……ん? コハル! 危ない!!」 ヴィナがコハルを引っ張った直後、ブロック塀に何かが突き刺さった。ミアは眼光鋭く武器を抜こうとして、気づく。 壁に刺さっているのは、なんとなく見覚えのあるフォークだった。 「ヴィナ、融合を……」 「ひ、必要ないと思うわ」 「え? なんでよ、攻撃されたのよ!」 「たぶん大丈夫だから」 冷や汗だらだら。聞こえているはずはないのだが。というか届くわけないと思うのだが。 そんなことを思った。 ★ ☆ ☆ ☆ ★ コハルの家に到着したところで、ミアもまたあがらせてもらった。 「ちょっとヴィナのおやつを作るから」 そう言ってエプロンをしたコハルは、手早く作業を始めてしまう。 手伝うに手伝えない低女子力のミアは、おとなしく座っているくらいしかできない。 「……」 コハルは女子を家に呼んだのは初めてだが、ミアはミアで、男の子の家に来たのは初めてである。 教会は女子ばかりで男はいないし、言うなれば女子校育ちみたいなもの。潜入で共学に入ることはあっても、すぐに別れることがわかっているので、友達作りもそれほど積極的ではない。 つまるところ、ミアはミアで緊張するのであった。 「ふふーん」 一方でヴィナはご機嫌である。彼女とてこの家に来てそれほど長くはないはずなのだが、すでに我が物顔だ。 その様を見ていたミアは、 「そういえばヴィナさんに聞いてみたいんだけど」 「うん? なあに?」 「あなたはどういう能力なの?」 「わかんないけど、剣は作れるわ。あと風も操れる」 それはミアも見ているので知っている。 「他には、そうね。こんなこともできるわ」 ボッ、と手の平に火球が生まれた。かと思うと、それが完全に凍りつく。 炎の形をした氷というのは、いかにも不自然な彫刻だった。 だが、ミアが驚愕したのは、なにも不自然な彫刻を見たからではない。 「もしかして、地水火風を操るの……? とんでもない力だわ」 「そうなの?」 「そうよ。自然を司るとされる全てを支配しているようなものよ」 「つまりは超自然な存在ってことね」 「……」 そういうジョークを言ったつもりはないのだが。 「じゃあ、ミアはどういう能力なの? ていうか、能力って何なの?」 「何って?」 「あたしは人間じゃないけど、人間が普通、素手で石段壊したりできないってわかるわ。でも、ミアはできるのよね?」 「ええ。能力というのは、そうね、人間の持つ力の拡張かな」 「かくちょー?」 「そう。誰でも手足に筋肉があるでしょう? それらは何かを動かすエネルギーを生み出す。いわゆるジュールね。私たち能力者は、その力を強化して、普通の人間が発揮できないほどのパワーを出せるってわけ」 「ふうん?」 「私の場合、筋力の強化に使うことが多いけれど。たとえば鈴は身体強化はそれなりで、代わりに武器を作り出すことにリソースを使っているわ」 「りそーす?」 「能力者は普通の人間に不可能なことができるけれど、なんでも可能じゃないわ。たとえるなら、スポーツで世界一の人がプログラミングはできないって感じかな。あなたに分かるように言えば、龍宮君は料理が得意だけど、私は戦いが得意って感じ」 「ぜんぜん違うことはできない?」 「そういうこと。私が鍛練に費やした時間を、龍宮君は料理して過ごしている。それは良いとか悪いとかじゃなくて、単なる時間の使い方に対する違い。人間は経験すればするほど上達する生き物だからね」 「それがりそーす?」 「そういうイメージね。実際にはもっと複雑で、ある能力を極めると、他の能力は発現できなくなったりするわ。鈴が剣を顕現する代わりに、炎を生み出す能力なんかは使えなくなった、って感じ」 「難しいのね」 「そうね。だから、能力者になった時、どういう能力が発現できるかというのは凄く大事。難しい能力ーー物理的にありえないことをできるようになればなるほど、他の能力は覚えられなくなるわ」 「すごいことができるようになるなら、他のことはできなくてもいいんじゃないの?」 「それがそうもいかないわ。汎用性のない能力を覚えてしまうと、潰しがきかなくなる。特定の相手を倒すためにリソースを使いすぎると、他の相手とは戦えなくなる」 「じゃあ、誰にでも通じる能力の方がいいの?」 「私たちはそれを推奨しているけど、必ずしもそうとは限らないわ。汎用性の高い能力は一点特化した相手に通用しない場合も多いから」 「……難しすぎない?」 「だから私たちは徒党を組んでいるのよ。一人でカバーできない難問を、みんなでカバーするの」 「なるほどね」 そう言いながら、焼いたパンケーキを持ったコハルが戻ってきた。ご丁寧に、フルーツと生クリームが添えてある。 「どうぞ」 「わーい!」 喜んでるヴィナに、ミアもくすりと笑う。 「本当に。何なのかしらね、ヴィナさんて」 「んー? そんなの、あたしが教えて欲しいくらいだし」 「教えて欲しい?」 「だってあたし、記憶がないんだもん」 「……え?」 ヴィナの言葉に、ミアは目を丸くした。 |