「……」
「コハル〜。なんで固まってんの?」
「……」
「コハルってば〜」
 コハルの周囲をヴィナがくるくるしているが、それに注意する余裕がない。
 龍宮家、リビング。ソファに座り、コハルはがっちがちに固まっていた。
 かすかに聞こえてくるのはシャワーの音。
「……なんで?」
「何が?」
「なんでこうなった……」
 思い返す。
 ヴィナのわがままを叶えるため、パンケーキを焼いたコハル。その後で宿泊の準備を始めたが、なんやかんやとしているうちに日が暮れてしまった。
 見通しの利かない夜間の移動はリスクを伴う。ここで守ることとの天秤にかけた結果、移動は見送ることになった。
 移動しないということはすなわち、ミアが龍宮家にお泊りするということだ。
 お泊りするということだ。
「……ひっ!」
 ぱたん、と風呂場の扉が開閉する音。衣擦れの音だけでも心臓に悪い。
 コハルはコハルで、健全な男子高校生なのだ。
「シャワーありがとう、龍宮君」
「あ、いや、うん」
 風呂上がりのミアは上気した笑顔で礼を述べる。けどその礼を聞く余裕がない。
 ミアは一応、戦闘で衣服を損傷することがあるらしく、通学鞄にも最低限の着替えを常に入れているそうだ。そのため、風呂上がりでもブラウスとスカートを身につけている。
 とはいえ、風呂上がりのクラスメイトが自分の家にいるというイレギュラー過ぎる状況は、コハルの心臓に多大な負荷をかけていた。というか止まりそう。
「龍宮君?」
「コハル? どうしたの?」
 一方でコミュニケーション能力が低いがゆえに男の機微に気付かないミアと、そもそもそんな概念のないヴィナ。
 おかしいのはどちらなのか。コハルは多数決の謎に挑み始めた。敗北した。
「えっと。ごめんね、布団はあるんだけど、寝室が……」
 ヴィナを保護した時もそうだったが、きちんと使えるようにメイクしてある寝室はコハルの寝起きしている部屋だけだ。
「しょうがないわ。急だったし。私は床でいいから」
「床?」
「あなたの部屋の」
「ぶっ!?」
 何それ。ベッドで寝ている横で? クラスメイトの女子が? 寝るの? 一緒の部屋で?
 ーー勘弁してください。
「じゃあせめて僕がソファで寝るから!」
「……? なんでわざわざ違う部屋で? それだと襲撃された時に反応が遅れるわ」
 もっと基本的なことを考えて欲しい。
「あのね。ミアさんは女子で、僕は男子。イッツオーケー?」
「イッツオーケー。確かに性別は違うけど、別に同じベッドで寝ようと言っているわけではないんだし。それに龍宮君も私にそんなことしようと思ってないでしょ? なら問題ないじゃない」
 今わかった。この人は常識がちょっと欠けてる。
「えっと、じゃあ朝まで起きてます……」
「明日も学校よ?」
 わかってます。
「大丈夫よ。寝ちゃえば関係ないわ」
「寝れるかぁ」
 普段より薄着だしなんだかんだ可愛いし同じシャンプーのはずなのになんだか良い匂いとかするし……。
 よこしまな思いを消去しようと努力していたコハルの視線は、ついついミアの胸元へと収束してしまう。
 そこで金色に輝くネックレスを見たコハルは、ふと違和感を覚えた。
「ミアさん、そのネックレスって」
「え? ああ、これ?」
 ミアはちゃり、とネックレスを持ち上げる。
「本当は学校にしてっちゃいけないんだけどね。これだけは手放せないから、服の下に隠しているの」
「そうだよね」
 コハルの学校はアクセサリーの類にそこまでうるさいところではない。そのため、小さいピアスくらいなら見逃してくれることも多い。だが、指輪やネックレスは、そもそも体育などで盗難の恐れもあることから、原則的に禁止されている。教員に見つかれば指導の対象になるだろう。
 ミアはただの学生ではない。学校に潜入しながら国内での調査を行っている、いわば諜報員のようなものだ。そんなミアが、わざわざ目立つ行いをするのは、違和感があった。
 ミアはネックレスを眺めながら口を開く。
「これ、友達の遺品なの」
「遺品ってことは……」
「亡くなったわ。ラスターに殺された」
「……」
 聞かなければよかった、と後悔した。けれど、ミアは薄く笑う。
「いいのよ、別に。あの時の私は今ほど力がなかったし、誰も彼もを守ることのできる能力じゃなかった。だから、守りきれない相手がいるのはむしろ当然。彼女は能力者でもなかったしね」
「でも……」
「もちろん、今はそんなことないわ。能力だって磨いているし、何より自分自身を強く鍛えた。あの時、今の力があれば……彼女は死ななかったかもしれない。それでも死んだかもしれない。過去のたらればなんて、語ったところで意味がない」
「それは、そうかもしれないけど」
「私は今を生きているのよ。だからこのネックレスも、自分自身への戒めみたいなもの。あの子は救えなかった。そのぶん、もっとたくさんの命を救おう、って」
「願掛けみたいなものかな」
「そういうことね」
 くすりと笑ったミアは、ネックレスを胸元に仕舞う。見えちゃいけない部分が見えそうになったので、コハルは慌てて目をそらした。ピンクとか見てない。
「それにね。このネックレスがあるだけで、私の力は倍増するのよ」
「そ、それは頼もしいね」
「でしょう。だから龍宮君は、安心して眠って」
 眠って、の言葉で思い出した。せっかく良い話で意識がそれていたのに。
「大丈夫だよ、コハル。あたしもコハルを守るし!」
「ふふ。ヴィナさんもその気なら心強いわね」
 いや、襲撃は心配していないんだけども。というかもっと手前の段階で心配しているんだけども。
 コハルの懊悩は、結局、力尽きる夜中まで続くことになる。


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