「くく」
 その声がどこから聞こえるのか、ニーナは咄嗟に判断できなかった。
 それが目の前の男が発していると気づいて、青ざめる。
「くくくく!!」
人間の愚かな火シュトライト・マハト一点集中トロンメル!!」
 一瞬にして生み出した銃口はおよそ1200。
 それらが一斉に火を噴く。銃弾は一気にベルホルトを襲い、全弾が命中する。
 だがーー倒れない。
「ど、ういうこと……!?」
「くくくく!! もう遅いんだよ、ニーナ!! お前に俺は殺せないのさ!!」
 コートに、スーツに穴は開いている。だが本人には傷ひとつない。
 ありえない。シュトライト・マハトで具現化した銃器は、能力を使っているだけの本物だ。銃弾は全て銃弾であり、一発でも人間を絶命せしめる威力がある。
 頭にも、胸にも、およそ人体の急所となりうる場所には全て命中しているのに倒れない。
 そんなことがありうるとすれば、それはーー。
「はははは!! もう俺は人間じゃねえのさ!!」
「ベルホルト!! あなたは……!!」
死霊の集う夜アラー・ゼーレン!!」
 右から、左から、上から、下から。
 次々とラスターが現れる。先ほどの比ではない数。
「くッ!!」
 ニーナは銃弾で周囲をなぎ払う。最大数の銃器を顕現し、撃ち尽くす。しかし消しても消しても、次から次へとラスターが現れる。
 組織最強の火力をもってしても、無限に涌く敵が相手では分が悪い。
「はははは!! お前の銃器は確かに凄い数だ! お前ほどの火力を出せる人間は他にいないだろう! けど、それだけさ! 所詮は人間が出せる程度の制圧力! 神にはかなわない!!」
「ベルホルト!! あなた正気!? たった今、自分が言ったことを思い出しなさい!!」
「正気さ! 能力者が世界を支配している構造は俺がぶち壊す! その後で俺は死んでやるさ、世界の礎となってな!!」
「ッ!!」
 本気だ。
 瞳が語っている。一点の曇りさえない瞳。彼は本気で、世界を変えて自分も消すつもりだ。
 彼にとって、力とは徹底撤尾の手段。目的ではないのだ。
「ぐっ……!! ベルホルトぉぉぉ!!!」
 生み出したのは、陸戦において最強の火力。55口径120mm滑空砲ーードイツ戦車の主砲だ。
「ほう。そんなものまで作り出すか」
「人間の英知を! 舐めるなッ!!」
 2キロメートル先の敵を撃ち抜く弾丸。それを、ほんの20メートルも離れていない距離で打ち出す。人間の肉体であれば、破片さえも数メートルは吹き飛ばすほどの火力と加速。
 だが。

 ガァン!!!

 滑空砲から撃ち出された弾丸を、ベルホルトは片腕で止めてみせた。
「なッ!?」
「すでに人間じゃないと言っただろう?」
 ベルホルトは砲弾を投げ捨てる。能力によって生み出された弾丸は、露となって消えてしまう。
「さあ、今度は俺の番だ」
 ベルホルトは足元に転がっていた瓦礫を手に取った。大きく振りかぶり、
「そら」
「!!」
 滑空砲と等しいーーいや、それ以上の弾速。
「くッ!!」
 滑空砲で迎撃。砲弾と変わらぬ威力を発揮する瓦礫は、カウンターの砲弾をぐちゃぐちゃに潰し、打ち消しあう。
「こ、こんな馬鹿なこと……」
「それが現実さ。人間を変えるには、人間より上位になる他にない」
「ありえません。人間より上位の存在など!」
「シスターが言うのか、それを?」
 にやりと笑い、ベルホルトは軽く距離を詰めた。
 それはもはや亜音速と呼ぶに等しい速度で、強化しているニーナでさえたたらを踏む。
古き時代を踏みにじる者エント・ツァオベルング

 それは、ただの右ストレートだった。ただし、神に等しい力を込めた右ストレートでもあった。
 その一撃はニーナの肋骨から下をえぐり取り、腹に大きな穴を開ける。
「ぁ……」
 肺に残った息が漏れる。
 血が噴き出し、喀血し。
 ニーナ・マイヤーは、血溜まりに倒れ伏した。
 溢れる鮮血を眺めていたベルホルトは、ふん、と鼻を鳴らす。
「いよう、ダンナ」
 と、ベルホルトにとって聞き慣れた声が響いた。
 シャギーの男はラスターを踏み台にして上がってきていた。屋上に降り立ち、倒れたニーナを見つける。
「ひゅう。さすがダンナだ。シスター相手にも容赦ないねぇ、神に反するんじゃねえの?」
「問題ない。俺の神はヤハウェじゃないからな」
「けっ、信心浅い奴はこれだからいけねえや」
「お前が信心深いのか?」
「はっ。こいつは一本取られたね。ま、いいけどよ」
 トラと呼ばれた男はニーナの前にしゃがみ込む。
「ん? なんだこいつ、まだ息あるじゃん。ダンナ、俺がトドメ刺そうか?」
「いらん。そこまで重症なら組織の治癒能力者でも助けられん」
「助けられない生存者よりは、助けられない死者の方が確実だろ」
 取り出したのは飛び出しナイフ。それを首元に突きつける。
「ダンナも、さすがに昔の恋人を殺すってのは躊躇するんだろ? だから俺が代わりに始末してやるよ。料金はツケでいいぜ」
「いらん。それよりも、ここで殺す方がリスクだ」
「あ? なんでだよ」
「死体を操る能力者というのがいる」
 サングラスの下。トラの目つきが鋭くなる。
「……こいつを生き返らせる奴がいるってのか」
「死体になれば活用するだろう。だが、現状はまだ死んでいない。治癒術者でもこの傷を回復させることはできないだろうが、延命はできる。そうなれば組織はできる限り延命措置を取るだろうし、数日は猶予ができるだろう」
「けど、この場で殺せば死体が再び襲ってくるって寸法か」
「俺はこいつに負けることはないし、何度でも殺せるだろう。だが、復活したこいつがラスター狩りに全力を尽くせば、こちらが想定しているほどの成果は出せなくなる恐れがある。だからこいつは殺さない」
「組織って連中はそこまですんのかい。正義のミカタなんだろ?」
「悪党ではないな。だが正義と言うと語弊がある。連中は、ただ自分たちの思う通りに世界を運営しているだけだ」
「そんなん、みんなそうだろ。ただ手の届く範囲がちげえってだけで」
「ふむ、一理あるな」
 すっと立ち上がったトラは、ニーナを見下ろす。
「ったく、綺麗な顔しておっかねぇ女だねぇ。ダンナがそこまで警戒するなんてさ」
「能力に男女は関係ないさ」
「へーへー。あ、そうだ。せっかくだし、一発ヤッてくのはどうだい? 死体じゃねえし使い勝手も悪くねーだろ」
「トラ」
 じろりとにらむ、鋭い眼光。トラはくすりと笑い、
「へっ、冗談だよ。ダンナのカノジョをレイプするわけねーだろ」
「いい加減にしろ。行くぞ」
「あいよ」
 ダダン、と二人は屋上から飛び出す。いつの間にか、ラスターの姿は見えなくなっていた。


 屋上に増援が到着したのは、わずか5分後のことだった。


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