凶報が届いたのは明け方だった。
 スマホの通話を終えたミアは青ざめている。手は震えていた。
「……ミアさん?」
 目覚めたコハルは、目をこすりながら体を起こす。ミアはスマホの画面を見つめたまま動かない。
「ミアさん! どうしたの?」
 そのただならぬ様子に、コハルも表情を引き締める。ミアは油の切れたロボットみたいな動きで振り返り、
「ニーナ様が、負けたわ」
「ッ!!」
「重症みたい。すぐに教会に行きたい」
「うん、行こう」
 学校がどうとか言っていられなかった。手早く着替え、取るものもとりあえず教会へと向かう。
 教会の治療部屋は面会謝絶の掛札があった。
「あ、ミア」
「マリア! 状況を説明して」
 残っていた教会員に詰め寄る。メンバーの女の子も青ざめながら、
「昨日、ベルホルトの居場所を補足したの。そしたらニーナ様が、ご自分で倒すとおっしゃられて……」
「なんで連絡をくれなかったの!?」
「だってミアはキーパーソンの護衛任務があったし、ニーナ様がそっちに集中させなさいって……」
「くッ!!」
 自分が一緒なら、そこまでやらせなかった。
 ーー本当に?
 ミアは頭を振る。そんなことはない。
 ニーナは組織で最強の能力者だ。その彼女が敗北し、重症を負った。それなら他に何人がいようとも関係ない。
 それに、ニーナの能力は他人と協力して戦うことに向いていない。全方位を消し飛ばすだけの火力は、裏を返せば味方をも殺してしまう凶器ということ。彼女にとって、タイマンが最も戦いやすい方法だったのだ。
 だが、それでもーー言い換えれば、ニーナはなんらハンデを負っていない状況でも負けてしまった。
「……」
 その事実が重くのしかかる。
 最強の札が負けてしまったということは、言い換えれば、気高き者エーデル・ムートの誰も勝ち目はないということだ。
 相手がどんなマジックを使ったのか知らないが、もはや、ベルホルトを止める手だてはない。
「どうしよう、ミア……」
「本国に応援要請するしかないわ。他国の組織とも連絡を取って、総力でベルホルトを倒すしかない」
「わ、わかった」
 マリアが慌てて駆け出していく。と、入れ代わりに廊下を歩いてくる小さな影。
「あ、鈴」
「ん」
 鈴は頭に包帯を巻いているものの、普通に立って歩けていた。中学の制服を着ているところを見ると、学校に行くつもりだったのかもしれない。
「鈴はもう大丈夫なの?」
「全快ってわけじゃないんだけど、一応は回復したから。入れ代わりにニーナさんが使うことになるなんて思わなかったけど」
 当然だ。誰も想像なんてしていない。
 ニーナが負ける姿など。誰も。
「鈴、祠宇守の人も集めて。ベルホルトはそれだけの力を手にしている」
「もうお父さんたちには連絡しました。ただ、祠宇守の能力者を集めても、それほどの相手をどうにかできるとは……」
「……」
「けど! アタシ、可能性はあると思っています」
 鈴のまっすぐな眼差しは、コハルを見つめていた。
「……え? もしかして、僕?」
「はい。龍宮さんとヴィナさんの能力は、アタシたち能力者たちが知らない、いわば未知の能力です。その能力なら、あるいはベルホルトに勝てるかも」
「そ、そんな無茶な。僕は戦闘経験だってろくにない」
「能力者の戦闘は経験だけじゃありませんから」
「それは……そうかもしれないけど」
 鈴の瞳は濁っていなかった。信じているのだ。コハルなら、あるいは状況を変えられるのではないかと。
「アタシもお手伝いします。ミアさんだって手伝うでしょ?」
「え? そ、それはもちろん。本来ならこれは私たちの仕事よ」
「でも、気高き者エーデル・ムートの力だけじゃ倒せないと思います。ニーナさんが負けたってそういうことです」
「……」
 鈴の言いたいことは、ミアにだって理解できていた。
 もちろん、先日の戦闘能力を見る限り、彼の能力はミアにさえ及ばない。ましてやニーナに勝つことなどないだろう。 
 だが、力の正体を見極められていないことも事実なのだ。伸び代が見えていないとも言える。ある意味ですでに完成しているミアとは、そこが違う。
 ある程度の完成形を見てしまえば、そこからの成長には限りがある。ミア自身の能力も、ベルホルトに対して特別に強いという能力ではない。
 だが、コハルは別だ。彼は能力の底が見えていない。ヴィナの言葉を信じるなら、彼女は精霊と呼んで差し支えないほどの能力を有しているはず。
 相手は人類最強クラスのニーナを超える。なら、こちらもーー人間を超えていなければ勝負の土俵に上がれない。
 ただ、問題はある。
「……やっぱりダメよ、鈴」
「え? なんで!」
「龍宮君は一般人よ。組織の能力者じゃない」
「ッ!!」
 能力者じゃない。ただの事実ではあったが、その言葉はコハルの胸に深く刺さった。
 そう、龍宮コハルは、どこまで行っても能力者集団の一員ではない。成り行きでミアたちと行動をともにしているものの、本来彼はただの高校生なのだ。
 能力者同士の戦いに巻き込まれるいわれはないし、それによってどちらが勝とうとも、あるいはそれによって世界が変化しようとも、コハルが責任を負うところのものではない。
「今回は私たちがけりを付けるべき問題だわ」
「でも! 龍宮さんには戦う力がある!」
 そう、それも事実なのだ。
 ミアはため息をつき、
「確かに。ベルホルトのラスター召喚が成ってしまえば、誰であろうと戦闘に巻き込まれる。戦う力があって戦わないのは、ある種の怠慢かもしれない」
「……怠慢」
「そう。行使すべき力を行使しないこと。それは怠慢と呼べるかもしれない。でも……それは、ラスターを狩ることにおいてのみ当てはまる」
 ミアの鋭い視線がコハルを射抜く。
「能力者の力は、ラスターから一般市民を守ることにのみ使われるべきよ。もちろん龍宮君がラスターと戦う道を選んでくれれば、私たちだって助かるし、あるいはそれを力ある者の義務と言えるかもしれない。ただ、今回に限っては違うわ」
「違う?」
「そう。私たちは、ベルホルト・ベーゼンドルファーを殺そうとしている」
「ッ!!」
「これは立派な殺人よ。不可能犯罪かもしれないけど、絶対に許されない行為。大勢を助けるために、一人の男を殺そうって計画。そんな計画に、龍宮君は関わるべきじゃない」
「……僕が関わらなくても、ミアさんたちはベルホルトさんを殺すんでしょ?」
「ええ。でもそれは、言うなれば戦争のようなものよ。どちらにも理がある。そして、それらは両立しない。だから暴力というカードで解決するという話」
「どちらにもって、ベルホルトさんにも理があるって?」
 コハルの問い掛けに、ミアは小さく頷いた。
「もちろん、彼の言を認めるわけじゃない。ただ、彼のような思想だって成立しうる。どんな主義思想も否定されてはいけない、それが人間の暮らす国家だし、それが私たちの護ろうとしているものよ」
 それに、とミアは苦笑混じりに言う。
「自分の主義を通すために、反対分子は殺すって……。結局のところ、私たちもベルホルトも変わりないもの」
 ミアの言いたいことは、コハルにも理解できていた。
 彼女たちは秩序を守る組織の一員として、ベルホルトを殺そうとしている。それが非合法の行いだと理解していながら、それでも貫き通さなければいけない主義だと信じて。
 コハルには、それだけの主義がない。
 鈴もまた、二の句を継げない。ミアの言っている理屈は理解しているからだ。
 彼女は彼女で、祠宇守という組織の一員。合法的な手段ではない方法で世界を護ろうとしている側の一部。だからこそ、理解できてしまうのだ。
 鈴が押し黙ったのを見たミアは、コハルにぺこりと頭を下げた。
「龍宮君、ごめんなさい。私たちは決戦の準備をする。あなたの護衛は難しくなってしまうわ」
「ううん、大丈夫」
 コハルは薄く笑っていた。
 何かを誤魔化すように。


前の話       次の話
戻る