今日のところは家に帰ることにした。
 依然としてコハルが危険であることに変わりはなかったが、ニーナが倒れた以上、教会側もミアほどの実力者を遊ばせておく余裕はなくなった。そのため、帰り道は一人きりだった。
「……」
 ミアと話したことが頭の中をぐるぐると駆け巡っている。
 確かに、自分には責任がない。戦闘力にも疑問が残る。戦いに参加したところで意味はないかもしれない。
 成り行きで戦わなければいけないような考えになっていたが、よくよく考えればコハルが戦う道理はない。そもそもにして、今回の戦いは教会とベルホルト間の問題だ。コハルは関係がない。
 そんな理屈は、とうの昔に理解できている。なのに、なぜこんなにもモヤモヤするのか。
 その理由も、とうの昔に理解できている。
「ねえ、ヴィナ」
「なに?」
「僕はどうすべきだと思う?」
「どうって?」
 足を止める。
 なんでもない町並み。ここが今、戦場になろうとしている。
「ベルホルトさんと戦うか、戦わないか」
「なんであたしに聞くの?」
「だって僕が戦うって決断したら、ヴィナも巻き込まないと戦えないじゃないか」
「それを言ったら、あたしはあんたがいなければ甘いのも食べられないし、そもそも話し相手もいなくなるわ」
「……?」
 見上げれば、ヴィナは笑っていた。
「何かを決断すれば誰かを巻き込むのは当たり前よ。そこに痛みはある。それでも正しいって思うことを決断すべきでしょ? 他の連中はそうしているわ」
 それはそうだ。
 ベルホルトは自分が正しいと信じ、世界を変えようとしている。多くの人間を犠牲にして。
 教会とてそれは変わらない。自分たちが正しいと信じてベルホルトを止めようとしている。だが、それは法律に基づくような、正規の手順ではない。
 誰だってどこかは正しいし、どこかは間違っている。そして、全部を取る方法はない。
 なら、何を取りたいのか。結局は感情論だ。
「自分の感情は、自分でなきゃわからないよね」
「そういうことよ。それで、どうする? ご主人様マスター
「戦おう」
 その言葉は、思いのほかすんなりと出てきた。
 それも当然と言えば当然だ。最初から決めていて、ただそれを口にすることを恐れていただけなのだから。
「僕は普通の高校生だし、戦いとかそんなことは全然わからないけど……。でも、あんな化け物が世の中にあふれるなんてことは止めなきゃダメだと思う」
「ん。あたしもそう思うわ。お菓子屋のおじちゃんが倒れたら甘いの食べられなくなるし」
「僕も作ってるでしょ?」
「別腹って言うのよ」
 くすりと笑い、コハルはきびすを返す。
 教会に戻ろうとして、ふと気づく。
「……」
 夕日を背中に、一人の男が立っていた。
 シャギーヘアにサングラス。明らかに危険な匂いのする男。
「ヴィナ」
「おっけー」
 二人で手を繋ぐ。融合し、一つとなる。
「へえ。それが精霊との融合か」
「……あなたは?」
「オレは鬼頭虎夫。通称はトラで通している」
 じり、と迫る。
「何かご用ですか?」
「お前、オレたちと来いよ。面白い世界を見せてやんぜ」
「面白い?」
「ああ。強い奴が強い世界だ。弱い奴はテメエで使えばいい。今の、歪んだ強さがどうこうって世界じゃねえぜ? 腕っ節だけが全ての世界になるんだ」
「そんな世界、僕は欲しいと思いませんが」
「そうかぁ? お前も思ったことあるんだろ? 親の七光で生きてるボンボン、税金使って遊んでやがる政治家ども、テメエの無能を他人のせいにして生きる馬鹿。そんな連中、皆殺しにしてやりてえと思ったことは?」
 にやにやと笑いながら、トラが近づいて来る。
「オレたちならそんなチンケな連中は全員殺してやれる。澱が世界を埋め尽くせば、力のある奴だけが残って他の連中は全滅するだろうさ。どいつもこいつも立場だ地位だなんてものに振り回されなくて済むんだ」
「そういうのは……異世界でどうぞ?」
「はん。交渉決裂かい」
「最初からそう言っています」
 生み出すは直刀。緩やかな風が吹いているのに、汗が止まらない。
 剣を交えなくてもわかる。この男はーー強い。
「最後にもうひとつだけ。お前がいれば、オレたちは無理しなくて済むんだよ。その方が最初の犠牲は少ねぇ。それでもか?」
「……? どういうことですか」
「事ここに来てるから言っちまうがな。ダンナは鬼門を開こうとしている」
「鬼門……?」
 トラはサングラスをずらす。そこに覗くのは獰猛な瞳と、真っ赤な瞳。
「見えるか? これは赤の瞳。オレの一族が代々受け継いできてるものだ」
「受け継ぐ?」
「鬼頭の家は祠宇守とは別に、日本に古来から存在していた組織だ。と言っても、表の守りは祠宇守に任せてきた。オレたちが守ってきたのは鬼門だけだ」
「鬼門って何ですか」
「その昔、日本に存在したスポットのことさ。当時の能力者は陰陽師と言ったが、こいつらが式神の力を借りて、スポットに封印を施した。これを鬼が現れる場所、すなわち鬼門と呼び、二度と人が触れないように取り決めをした」
 サングラスを戻し、トラは続ける。
「鬼門そのものにかけた封印を維持するために能力を全振りしてんのがオレの一族だ。そして、前線で戦う祠宇守の連中には鬼門の存在を隠した。戦う連中はどう血が混じるか分からなかったからな、余計な連中が入るのを恐れたんだそうだ」
「……それで」
 鈴は鬼門のことは言っていなかった。おそらくは知らないのだ。
 スポットを封じた、という断片的な情報はあれど、正確な場所も、どうやって封印しているのかもわからないままなら、封印解除なんてできるはずがない。
 祠宇守の人間が封印を解除するとは思えないが、知っている人間を減らすことで、鬼門を守りやすくしたのだろう。
「おかげで退屈だぜ。オレの一族は山から降りることも認められてねぇ。オレはそれが我慢できなくてなぁ。一族の連中を皆殺しにして降りてきたんだよ」
「ッ!!」
「で、ダンナに会ってな。鬼門のことを教えてやったら喜んでいたぜ」
「じゃあ、あなたたちは、鬼門を開こうとしているんですか」
「そういうことだ。鬼門からは少量の澱が漏れるものの、大部分は門のところで止められている。わかるか? ダムみてえなもんだよ。ちょっとずつ漏らしていても、ダムそのものには大量の水がある。オレたちは、ダムの壁を爆破してやろうってわけだ」
「……だから日本に」
「そういうことさ。一気に貯まった澱があふれるんだぜ? 何百、何千、何万だ! そうすりゃあ日本中が阿鼻叫喚、すぐに世界各国のスポットが呼応するはずだ! 一度決壊したダムは連鎖的に他の部分も弱くなる。世界中に澱があふれるぜ!」
「そんなことはさせません」
「聞けよ。鬼門解放には、もちろん力任せにやってもいいんだが、人外の力があればもっと簡単なはずなんだ。鍵のかかった扉を壊すか開くかって違いだからな。鍵はお前だ」
「僕が……?」
「陰陽師は式神の力を借りたっつったろ? お前と同じだよ。人間じゃない連中の力を借りて、人間にはできないことをしたのさ」
 ようやく意味がわかった。
 連中がコハルの力を必要としているということ。それは、ヴィナがいるからだ。
 思った以上に、ヴィナの存在は特異なんだ。
「力を貸せ、龍宮。でなきゃお前も殺すぜ、陰陽師は邪魔だからな」
 トラの問い掛けに、コハルは思わずくすりと笑った。
「何がおかしい」
「交渉になっていないからですよ。殺されるのが怖いからみんなを殺せってことでしょ? そんなの、聞けるわけがない!!」
 直刀を構え、コハルは叫ぶ。
「行くよヴィナ!! あいつをぶちのめす!!」
《りょーかいっ!!》


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