走って、走って、走って。
 町を駆け巡る。もはや一般人の視線など気にしていられない。
 普通なら夜闇で視界が効かないだろうが、能力者にはハッキリと世界が見えていた。空の割れ目から漏れ出す禍々しい光だけで、嫌になるほど明るく見えているのだ。
「鈴! 龍宮君! 跳ぶわよ!」
 ミアの号令で地面を強く蹴り、三人は屋根の上に飛び上がる。
 ビルの屋上から屋上へ、家の屋根から屋根へ。一直線に、割れ目のもとへ。
 その間にもラスターが漏れ出している。
「っ……!!」
「大丈夫、よそ見しないで!!」
 先頭を進むミアは進行方向にいたラスターを斬り飛ばし、そのまま突っ切る。少し離れたところにもラスターがいたが、
「ギィィィィ!?」
 遠くからの狙撃で撃ち落とされた。教会のメンバーが仕掛けたのだろう。
 敵の数は徐々に増している。だが、元を断たなければ意味がない。
 不本意ではあるがーー枝葉に構う暇はないのだ。
「下!!」
 次の瞬間、三人は急ブレーキをかけた。ミアが通りかけた空間を何かがよぎる。
「さすが。勘がいい」
 ふわりと、誰かが上がってきた。
 女の子だった。灰色の髪に、肌の露出がない大きなケープ。薄い色の瞳には何の感情も浮かんでいない。
 その顔を見た瞬間、ミアの表情が凍りついた。
「フェリ……。なんで!?」
「わからない? 本当に?」
 表情があるわけではない。だが、コハルでも感じられた。
 彼女は壮絶に怒っている。あるいは、何かを憎んでいる。
「……龍宮君、鈴。先に行って」
「けど」
「私は大丈夫だから」
「わ、わかった!」
 二人は
 屋上のコンクリートを強く蹴り出した。再び空を舞う二人を、灰色の少女は追わない。
「いいの?」
「あの二人は気高き者エーデル・ムートではないもの。わたしとベルホルトの約束は、組織の連中に邪魔をさせないってことだけ。他の連中は知ったことじゃない」
「あなたは、何のために?」
「少なくても、ベルホルトのためじゃない」
 ギリリと噛み締める。まるで奥歯を砕かんとばかりに。
「ミア。あなたはやっぱり、組織のために戦うのね」
「フェリ、私は……」
「言い訳は聞かない。組織は潰す。あなたがその邪魔をするなら」
 冷たい瞳がミアを射抜く。
「殺すだけよ」

★ ☆ ☆ ☆ ★

 屋上を飛び跳ねて行く。
「ミアさん、大丈夫かな……。あの人、ただごとじゃない雰囲気だったけど」
「心配してもしょうがないですよ。どのみち、アタシたちじゃミアさんの足手まといです」
「それはそうかもだけど……」
 頭を振って、余計な感情を締め出す。これから向かう先にいる相手は、おそらくもっと強いのだ。
 前方、割れ目の下には廃墟が見えていた。そして、その屋上に見知った顔があった。
「トラ……!!」
「待っていたみたいですね」
 二人で並んでラブホテルの屋上に降り立つ。すでに使われなくなった建物の屋上はひび割れ、金網は破けていた。
 その中央に立ち、トラはにやりと笑う。
「よう、二人だけか? つまんねぇな、おい」
「もっとたくさんで来たら、あなたに悪いでしょう。瞬殺しちゃうんですから」
「はん。口だけはいっちょまえだな。んじゃあ、やるか」
 今日のトラは、大振りの刃物を手に持っていた。刃渡りは30センチ以上もあるだろうか、枝打ちに使えるような鉈だ。
「龍宮コハル。逆らうのはバカだぜぇ? 今ならまだ間に合うよ、付き合え」
「お断りします」
「けっ、つまんねぇ。鬼門を開くだけだろうが。それが、何がそんなに悪い?」
「そこに思い至らない時点で、お話できることがないんですよ」
「はん。そりゃそうだ」
 鉈を構えるトラ。コハルは剣を作ろうとして、その前に鈴が立ちはだかる。
「龍宮さん、ここはアタシが」
「え? でも」
「それはさっき聞きましたよ」
 剣を生み出す。顕現した鈴の剣は、トラのそれと比べれば3倍以上もある。
 だが、トラはニヤニヤ笑いを止めなかった。
「あんだけボコられといて、まだやんのか? 今度は殺すぜ」
「できるものならね」
 ふっ、と息を吐きながら、鈴は間合いを詰める。トラは冷静に、
「おいおい、お前の方が間合いが広いんだ。詰めたら意味ねえだろ!!」
 さらに詰めた。ほとんど相手の懐に飛び込むほどの勢い。
 間合いが詰まればそれだけ大剣は振り回しにくい。飛び込みながら鉈を振るい、
「甘い!!」
 一瞬だった。剣が消えたかと思うと、鈴の首元に現れる。刃と刃が激突し、火花を散らす。
「生成のスピードだったら負けないんだから!」
「やるじゃねぇか!!」
 トラは一瞬だけ嬉しそうに笑い、そのまま攻め立てる。
「はッ!!」
 消えて、現れて、また消えて。
 剣の顕現と消失を繰り返す鈴の剣技は独特だった。普通の剣士ならばありえない挙動。
 一振りの剣が、まるで十重二十重の鎧のように、鈴を守り抜く。
「今です!!」
「ッ!!」
 反射的に、コハルは飛び出していた。
 二人の間を駆け抜け、館内に続く扉を蹴り抜く。鉄扉ごと吹き飛ばし、そのまま階段を駆け降りて行く音が響く。
「ちっ、一人逃がしたか。まあいい。テメエを殺して、追いかければいいだけの話だ」
「違うよ。今度は逆」
 鈴は剣を構えながら、トラをにらみつける。
「今度は、あなたがアタシに縫いつけられる番だ」
「……いい度胸だぜガキィ」
 獰猛な肉食獣の怒りが溢れ出す。
 ごくりと喉を鳴らした鈴は、獣に挑む。

★ ☆ ☆ ☆ ★

 階段を駆け降りて行く。電灯などないが、ヴィナの力があるせいか、コハルの目には埃にまみれた階段が見えていた。
 ゴールはわかっている。
 これほど近づけば、地図なんていらない。力の雰囲気を追いかけるだけで、元凶には辿り着ける!
 なかば飛び降りるようにして通路を駆け抜ける。中二階まで降りると、1階ホールの様子が見えた。
 ラブホテルではあるが、1階は普通のホテルと変わらない様子だった。シャンデリアがあり、フロントがあり、談話スペースのようなものさえある。
 そんなホテルの1階。赤い絨毯は一部が切り裂かれ、そこに魔方陣のようなものが描かれていた。LEDのランタンが置かれ、闇をわずかに切り裂いている。
「来たか」
 その中心。真っ黒なコートを着たベルホルト・ベーゼンドルファーが待ち構えていた。
「儀式をやめてください」
「……君がコハル君か」
 ベルホルトは前髪をかきあげ、
「君のことは知っている。精霊に選ばれたそうだな」
「ヴィナのことを知っているんですか」
「ああ。君よりはね」
「教えてくれますか?」
「……俺に勝てたら教えてやろう」
「わかりました」
 剣を生み出す。
 コハルとて、ここまで来てーー話し合いで済むとは思っていない。相手はすでに、ニーナを半殺しにし、鈴を痛めつけ、今もラスターを呼び続けているのだ。
 すでに人を殺すことは躊躇していない。ならば、ここで止めるしかない。
「ベルホルトさん。僕らの力で、あなたを止めます」
《覚悟しなさいよねー!!》
 ヴィナの声が聞こえたわけでもないだろうが。
 ベルホルトは、くすりと笑った。
「龍宮コハル。精霊の力、見せてみろ」
 コハルは覚悟を決めると、階段の途中から飛び降りた。


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