|
鈴は生まれてすぐに能力を発現した。 それは能力者を排出している祠宇守神社でも特別なことで、それだけに彼女は期待されて育ってきた。 修業の時間は父の時代よりも長く、要求されるレベルも高かった。同年代の子供たちが体験できるような楽しみを楽しむ暇はなく、そのことに疑問を挟む余裕さえないままに育った。 厳しい修業の時間が好きだったわけではない。だが、嫌でもなんでも、要求されたことを実施していけば、必然的に覚えることは増えていく。 「……」 右からの鉈を、顕現した剣で受ける。 トラは戦い慣れていた。ケンカ慣れしていると言ってもいい。こちらのわずかな挙動で先の攻撃を読み、的確に仕掛けてくる。 仮に能力者として同程度であったなら、決着はとっくの昔についていただろう。 だが、鈴は持ちこたえていた。 1分。2分。3分。 戦闘家としての技術力はトラの方が遥かに上だが、能力者としては鈴が格段に上だ。そのため、相手の攻撃を見てから能力を発動させても間に合う。 その、圧倒的な顕現速度のおかげで、トラに食いつくことができていた。 「ちっ!」 一方でトラもまた、攻めあぐねていた。 先日は軽くのせた相手が、今日は殺しきれない。元より手加減など知らないトラではあるが、相手の戦闘力が激しく違う。 まるで、今日は違う人間であるかのように……。 「しぶてえな! いいかげん死ねや!!」 「そう思うなら殺してみれば!?」 まったく余裕があるわけじゃない。だが、殺せるわけでもない。 互いが互いに、トドメを刺せない状況。イラついたトラは、 「っせえ!! 開門!!」 「ッ!!」 次の瞬間、鈴はあさっての方向に跳ねた。ありえない位置から振りかかる鉈をかろうじてかわす。 「はっ、よく避けやがったな」 「この間、さんざん喰らったからね!」 そう、これがトラの厄介なところだ。 彼の能力は、”門”を開くものらしい。門は空間を超越し、別の場所と繋がる。言わばワープだ。 この能力が厄介なところは、避けることが難しいという点だ。 相手の攻撃に対して、どこから攻めてくるのかわからない。本来ならばありえない挙動で襲ってくる刃は、容易にこちらを斬りつける。 回避そのものは不可能ではない。攻撃してくるタイミングは筋肉の挙動だけでも把握できる。ただ、攻めてくる方向がわからないのだ。 右と思って剣で受けようとすると、突如として左から斬られる。空間を飛び越え、向きさえ変えてくる刃は、受け止めきれない。 「……受け止められない、なら!!」 鈴は勇気を振り絞り、思い切り踏み込んだ。 「何ッ!?」 「どっから来るかわからないなら!!」 懐に飛び込めばいい!! 鉈のワープが怖いのは遠く離れているから。インファイトであるならばワープさせる暇は激減、飛ばしたところで届く範囲でしかない!! 「わあああああ!!」 長大な剣を振り回しながら攻める鈴に、トラはにやりと笑った。 「ばぁか」 トラは鉈で剣の根本を叩く。鉈と剣が噛み合い、動かなくなる。 「はッ!!」 「ッ!!」 相手の動きがにぶった刹那、トラは鈴を蹴飛ばした。地面を転がる鈴に追撃。 「開門!!」 「ッ!?」 かろうじて転がり、かわす。かすめた刃がセーラー服の袖を切り裂く。 「甘いぜガキ!! 開門!!」 次々と門を開き、刃の嵐が降る。 かわしきれない斬撃。腕に、足に、浅い傷が量産されていく。 それでも、致命傷だけは避けていた。もはや勘でかわしているだけだが、なんとか一命は永らえている。 「本当にしぶてえな、本家ってのはよ」 少しばかり荒くなった息に、トラは動きを止めた。鈴もまた息を整えながら、 「本家なんて言われても、分家なんて知らないもん」 「そりゃそうだ。教えてねえからな。けど、こっちはそっちをよく知ってるぜ。裏稼業っちゃ裏稼業だが、それでも正義の味方ヅラして澱を殺してまわってる」 「澱はほっとけば人間を殺すもの。当たり前でしょ」 「そりゃそうだ。その何が悪いんだ?」 「何が……?」 「だってそうだろうがよ? 死は理不尽に訪れるもんだ。だから面白ぇんだろうが。予定調和ばっかじゃ飽きちまうぜ?」 にやにや笑いながら、トラは続ける。 「お前たちはいつだってそうだぜ。秩序と正義。せっかくの能力が台なしだぜ! 使いたい時に使うこともできねえなんて、何のための能力だよ!」 「守るためよ!!」 「はん! 何も知らない連中に、何の見返りもなくか! 冗談じゃねえぜ! こちとらせっかく能力があるんだ、良い目を見なきゃ何のための能力だかわかりゃしねえ!!」 さて、と鉈を構え直したトラは、 「そろそろしまいにしようぜ。ダンナの応援に行ってやらねえと、後でぶちぶち文句を言われかねないからな」 「……あなたは、そうやって。暴力を使いたくてベルホルトさんに協力しているの?」 「ああ、そうだよ。澱だらけの世界、上等じゃねえか。その方がはるかに生きやすく楽しい世界になるだろうぜ!!」 トラは鉈を担ぎ、一歩を踏み出す。 その姿を見て、鈴は感じた。次で殺される。 ああ、能力者に生まれた、これが定めか。やりたくもない修業をやらされ、挙げ句の果てに中学生で殺される。それが運命だとでも言うのか。 ……違う。 運命なんて言葉はもっと甘いものだ。楽しいものだ。憧れのあの人に出会えたことのような、それこそが運命と呼ぶものだ!! これが運命だと言うのなら、そんなクソッタレな神様には祈らない! ーーアタシの神様は、アタシをお姫様抱っこしてくれるんだから!! 「わかったら、とっとと死んでくれや!!!」 獰猛に笑いながら、まさしく虎のように迫る男。 鈴は覚悟し、逃げるのをやめた。 振り下ろされる鉈。その軌跡を、目では追わない。 当たる。そう思った直前に剣を顕現して受けーー。 「甘いぜ。開門」 鉈の向きが変わる。 空間を渡った鉈は、足元からすくい上げる斬撃へ。狙いは左足のつけねーー動脈の走る位置だ。 相手の斬撃が変わることを、鈴は覚悟していた。だから最初から、心の準備もできていた。 剣を消してから顕現しても、絶対に間に合うはずがないタイミング。トラは心の中で勝利を叫び、鈴は歯を食いしばった。 ーーガァン!! 金属が金属を叩く音が響く。ほんの僅かに逸れた鉈は、鈴のふくらはぎを切り裂く。 痛みを感じる前に、鈴は担いだ大剣を振るっていた。 「ッ!?」 一撃で致命傷を与えるつもりだったトラは、鈴の攻撃を受けきれない。三尺以上もある大きな剣はトラの右腕を深くえぐり、そのままコンクリートの地面に突き刺さる。 「がっ、ぁぁぁぁぁぁ!!!」 吹き出す血。鈴以上の激痛に苛まれるトラは、脂汗を噴き出しながら転げる。 一方で鈴は、左足を引きずりながらも間合いを詰める。 「散!!!」 振るったのは三寸の剣。その刃がトラの肩をかすめると、がくりと力が抜けた。 「誰が、一本だけって言ったのよ……」 痛みに苦しみながらも、鈴は搾り出すように言う。 そう、鈴が顕現できる剣は最大で三本。それらを同時に運用できるわけではないが、顕現するだけならば可能だ。 今は、振るうわけではなくーーただ剣を鉈と足の間に召喚し、盾の代わりにしただけだ。それでも足は斬られたが、切断されるよりは遥かにマシだ。 痛みを我慢しながら、鈴はすぐにトラのシャツを裂いて止血する。ぎゅっ、と腕を縛ったところで、とうとう力尽きた。 顕現と消失の連打。それは、さすがの天才でも大きく消耗する。 「龍宮、さん……」 気を失う直前。愛しい人の名を呼びながら、鈴もまたコンクリートの上に倒れ込んだ。 |