道路を駆け抜け、正面にあった壁を蹴り飛ばして飛び上がる。
 跳弾もかわし、さらに家の屋根を駆け上がる。
「くっ」
 予想外の敵ではあったが、顔見知りだ。やってくることだけはわかっている。
「フェリは銃使い……」
 基本的にレイピアを武器としているミアとは相性が良くない。
 だがそれ以上に、彼女は絶対に近づけてはいけない・・・・・・・・・
「っ!!」
 足元狙いの弾丸をかわし、さらに加速する。
 飛び道具使いを相手に、接近戦はできないという事実。これほど厄介な相手はいない。
 なんとか逃げ道を探していると、大きな建物が見えた。ミアたちが通う学校ーー流紋高校だ。
「……」
 迷わずミアは校門を飛び越え、グラウンドを一息に駆け抜ける。校舎の窓ガラスを破壊しながら飛び込み、そのまま廊下を駆け抜けた。
 建物の端にある階段まで走ると、その陰に身を潜め、深く息を吐いた。
「まさか、こんなところでフェリに会うなんて……」
 フェリツィア・フォーゲル。通称はフェリ。
 元気高き者エーデル・ムート所属の能力者で、ミアとは同年代。ほとんど同じ時期に所属したこともあり、最も仲の良い友達だった。親友だった、と言い換えてもいい。
 彼女が脱退する、2年前までは。
「……ん」
 校舎の中に人の気配がある。こんな時間だ、生徒が残っているはずはないし、先生ということもないだろう。おそらくはフェリだ。
「さすがに、このまま隠れ続けるなんてのは都合が良すぎるわね……」
 覚悟を決め、ミアは階段から飛び出した。直後、弾丸が降ってくる。
「ちょっと! 反応良すぎじゃない!?」
「当然でしょ!!」
 声は思いのほか近くから来た。廊下を駆け抜け、かと思えば右手の教室に扉ごと突っ込む。
 直線的な廊下は、飛び道具の餌食だ。遮蔽物もない。
「そんなところに逃げても無駄だよ。ミアの能力じゃ勝ち目はない」
「わからないでしょ、そんなこと」
「わかってるよ。だってミアは飛び道具がないんだもの」
「くっ……!!」
 手の内がわかっているのはお互い様だ。
 彼女の能力は、遠距離攻撃も近距離攻撃も防げる万能なもの。とはいえ最も弱いのは、やはり遠距離からの攻撃だ。
 一方で、ミアの能力は体から離れての操作が難しい。弾丸のように打ち出す能力もない。現状では、フェリに致命傷を与えられるだけの手持ちがないのだ。
 廊下の向こうに人の気配がある。突入してこないのは、ミアの突進力を警戒してのことだろう。
 ミアが唯一できる、フェリへの対抗策。それは、彼女の意識さえ置き去りにした不意打ちくらいなものだ。
 ミアは喉を鳴らし、廊下の向こうに呼びかける。
「フェリ、もうやめましょう? こんなこと、意味がないわ」
「意味ならあるよ。組織の人間は全員許さない。ミア、あなたもよ」
「でも私は……」
「聞きたくない!!」
「聞いて! あの時、私たちが戦わなければ、もっと犠牲者が出ていたの!!」
「だから何!? それが死んだ友達を踏みにじる理由になるわけ!?」
「それは誤解で……」
「誤解じゃないじゃない!! あなたが組織の任務を優先したのは事実よ!!」
「うっ……」
「何が秩序のためよ!! 助けられる命も助けないで、大勢のことを考えてるなんて言って!! それで何人が死のうとお構いなし!?」
 フェリの声に涙が混じる。
 本当は、ミアにもわかっていた。フェリの伝えたいこと。彼女が感情的になった理由。
 フェリの気持ちも、理解できる。
 あの時。組織の都合を優先したのはミア自身だ。世界の秩序を守るため、ただその大義名分を優先して。

★ ☆ ☆ ☆ ★

 フェリとミアは、同年代かつ同時期に組織へ所属した仲良しだった。
 そんな二人だから、学校への潜入任務も二人でこなすことになった。
 当時から気高き者エーデル・ムートは各国へメンバーの派遣をしていた。能力者の監視をするためである。
 監視対象だったのは陰性能力者ーーすなわち能力に目覚めていない”ラスターの被害者”だ。そういう、いつ能力が発動してもおかしくない人物を、一ヶ月ほど様子見するのが任務だった。
 通常、ラスターの被害者は、ほとんど全滅するか、即時に能力が発動する。その一方で、被害者であっても能力に目覚めない人物もいる。
 ただ、この陰性期間は調査が不可欠で、後から能力に目覚める場合もないわけではない。この時に危険な能力に目覚めれば、能力が世間にバレること以上に、一般人に被害が及びかねない。
 とはいえ、フェリたちからすれば、それは学校というなじめない場所で遊んでこいと言われているのに等しい期間だった。
 普通ならば、能力者として戦いに明け暮れる二人は学校にもなじめない。そんな二人がまがりなりにもやっていけたのは、間に入ってくれた友人ができたからだ。
 そんな友人ーーアンネは、二人にとってかけがえのない人物だった。

★ ☆ ☆ ☆ ★
 
「アンネは確かに一般人だった。能力者じゃない……。でも! それなら見殺しにしていいなんて理屈にはならない!」
「しょうがないのよ! アンネを助けるには能力を発動させなきゃいけなかった! でも、能力を使って助ければ、絶対にバレちゃう! ありえない奇跡なんて言葉で、あの重症を治すわけには……」
「それが友達を見捨てる理由なの!?」
 返事は弾丸と共に返ってきた。教室の中に逃げ込む。
「……」
 わかってはいるのだ。フェリの言いたいこと。
 あの日。ラスターが出現したのは、本当に偶然だった。
 その時、その場にはミアとフェリと、アンネがいた。
 ラスターはアンネを襲った。右腕を食いちぎられ、肋骨は折れて肺に突き刺さっていた。
 治癒術者に頼めば、まだ命を繋げる可能性はあった。一命を取り留めるところまではできただろう。だが、ミアは応援を呼ばなかった。ラスターを処分し、アンネはーー見殺しにするしかなかったのだ。
 アンネのお母さんには、ひき逃げされたと伝えた。警察は腕の切断面などから怪しんだようだが、ラスターが見えない以上、結局のところ証拠はない。事件は今も被疑者不明のままだ。
 アンネはラスターの被害者だ。助け、能力に目覚めれば、能力者の仲間入り。組織の一員とすることで、隠し立てのない友人関係を結ぶことは不可能ではなかった。
 だが、原則として組織では、能力に開花していない者に組織の情報を使うことも、能力を行使することも認めてはいない。
 ミアは組織のルールを厳格に守っただけなのだ。そしてそれは、フェリの考え方とは合わなかった。
「……」
 けれど、それだけだったならば、まだフェリは理解してくれたかもしれない。
 友人を失った悲しみが憎悪に変化したのは、明確にミアの行動が原因だ。
「仕方ない、じゃない」
 ドイツは日本と違い、ラスターの出現頻度が高い。ベルホルトの事件により手薄になっていた組織のメンバーは、それぞれがハードワークをこなすことでしか、土地を守ることができなかった。
 だからミアも、アンネが死んでしまった余韻に浸る暇はなく、その後もラスター狩りを続けるしかなかった。結果的に、アンネの葬儀式にも出られなかった。
 その夜、ミアとフェリは大喧嘩をした。
 翌日、フェリは組織を離脱した。戦いに疲れた能力者がドロップアウトすることは珍しくない。行方さえ把握できており、能力が世間にバレる心配さえなければ、戦いに参加することは必須ではない。
 だからフェリはそのまま放置され……。一ヶ月前。姿を消していた。
 まさか、ベルホルトに協力しているとは思わなかったが。
「わかっているのよ」
 フェリが怒っている、憎しみを抱えている理由。
 それは、アンネを戦いに巻き込んだことであり、アンネを救うために能力を行使できなかったからであり、何より……ミアが、友人の死さえ悼むことはなく、仕事を優先したからだ。
 フェリは二度、裏切られたのだ。友達さえ救わない組織に、そして、友達さえ悼まないミアに。
 ミアは懐からネックレスを取り出した。それを、ぎゅっと握りしめる。
「説得、するしかない」
 強い覚悟を持って、教室から飛び出す。


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