「とうとう撃たれる覚悟はできた?」
 教室から飛び出したミアを、フェリはすぐに撃たなかった。とはいえ、銃口はこちらに向いている。
 狭い廊下。遮蔽物もない。あの弾丸はかわせない。
「……」
 じりじりと距離を詰めていく。それしか方法はない。
「返事は?」
 銃を構える。引き金を引かなくても弾丸が飛び出す。
 ひゅん、と飛び去った弾丸はミアの頬をかすめ、廊下の壁を穿った。
 それはオレンジ色に染められた玩具の弾だった。
 見る人が見れば、フェリが構えている銃もただのモデルガンであるとわかるだろう。
 玩具の弾を実際の弾よりも強力な弾丸として飛ばすことができる能力。だが、フェリの能力が汎用的なのは、それだけではない。
「無理だよ、ミア。あなたの追憶の花フェアギス・ニヒトじゃ天衣無縫の授けものシュヴェーア・クラフトは破れない」
「そうね」
 フェリの能力、天衣無縫の授けものシュヴェーア・クラフト
 それは、重力を操る能力だ。
 強力な能力だけに制限もある。操作できるものは自分を中心とした半径2メートル以内に存在するものだけだし、一度に操作できる量は質量の合計に依存する。
 無敵ではない。だが、厄介な能力だ。
 何より2メートル以内に入ってしまえば、踏み込んだ者の体重を倍加されてしまう。ミアが斬りつけようと踏み込んだ瞬間、自身や武器の重量を10倍にでもされれば、巨人に踏み潰されるのと同じだ。
 加速しただけの弾丸なら、まだ致命傷になるとは限らない。だが、接近戦はまずい。一撃で戦闘不能に持ち込まれる恐れがある。
 わかってはいるが、ミアの能力ではーー他に選択肢がなかった。
 ゆっくりと近づいた結果の距離3メートル。ここまでが近づける限界だ。ここから先は、フェリの間合いに入ってしまう。
「フェリ。私を許してくれなくてもいい。そのかわり、私は私の正義を貫くの」
「組織のいいなりになることが? どうせ組織はあなたを救ってくれないわ。あなたが死にかけたら、アンネと同じように見捨てる」
「それでも構わないの。組織というものは、絶対に必要な存在だから」
「それは騙されているのよ」
「それでも、いいの」
 アンネのこと。ミアとて、納得しているわけではない。
 彼女が能力を使えば一命を取り留めることができたであろうことは、ミアの中でも事実として残っている。現に今、ニーナが死んでいないように。
 けれど、それでも。能力を使うわけにはいかなかったし、ラスター狩りをサボるわけにもいかなかった。
 いずれも、何も知らない人々を守るためだ。
「この仕事は、誰にでもできることじゃない。能力に目覚めた人間にしかできないことなの。私は、自分の任務に誇りを持っているわ」
「それが、人を犠牲にするものでも?」
「少数を犠牲に多数を守る。それが正しいとは言わないけれど、最善はそれしかないの」
「……わかった。やっぱりミア、あなたは敵だよ」
 銃口が向いた瞬間、ミアは強く踏み込んだ。
 弾丸をかわし、そのまま間合いの中へ。レイピアで突き抜くつもりで、
「ッ!!」
 その前に、フェリの能力が発動した。
 急激に地面へ引っ張られる感覚。走ることができなくなり、そのまま地面に叩きつけられる。
「ぐぅ……!!」
 立ち上がることもできない。レイピアは重く、とても持ち上げられるものではない。
「逃がさないよ、ミア。ここで終わり」
 フェリは銃を構えた。この距離で加速弾を撃たれれば、たとえ玩具の弾でも、風穴が開くだろう。
 狙われる、そう思った次の瞬間、ミアは能力を発動した。
「ッ!?」
 突如として現れた人影に、フェリは思わず銃口をそらした。その先にいたのは、真っ白なコートを着た少女。青い瞳を見据えた瞬間、フェリは目を丸くした。
「アンネ……!?」
 亡くなったはずの旧友。能力を発動することさえ忘れ、その姿に魅入る。
 その隙は決定的で。ミアはその間に立ち上がり、手にしたレイピアでフェリの銃を真っ二つにしていた。
「ッ!!」
 我に返るフェリはすぐさま能力を起動させようとしたが、その時すでに、ミアはフェリに抱き着いていた。
「なっ」
 抱きしめられたまま能力を起動すれば、自分も重力に巻き込まれる。能力を使うことができないまま、フェリはミアに押し倒された。
 ミアに抱きしめられながら、廊下に倒れる。ほのかに甘い香りがした。
「ミア、今のは……」
「これ」
 ミアが見せたのは、いつもしているネックレスだった。学校では校則違反となるアクセサリーだ。
「これ、アンネの形見なの」
「……じゃあ、今のは」
「もちろん、追憶の花フェアギス・ニヒトの幻影だよ」
 追憶の花フェアギス・ニヒト。ミアの持つ固有能力だ。
 ミアの能力は、決して筋力強化でもレイピア操作でもない。彼女の能力は、持ち物の記憶を再生すること。
 レイピアの記憶を再生すれば、生前その剣を使っていた剣豪の持つ能力を再現することができる。いつもはそうやって、実力以上の剣技を使って戦っている。
 もちろん、再現することができるからといって、肉体が伴わなければ意味がない。だから、昔からよくトレーニングはしていた。
 フェリと、アンネの三人で。
「私だって、アンネのこと、忘れたことは一度もない。でも、それでも貫かなきゃいけない正義があるから。だから私は、組織のために戦っているの。それが世界を正しくする早道だって思うから」
「嘘よ」
「嘘じゃないよ」
 ーーそれが嘘ではないことなど、フェリにはわかっていた。
 アンネの葬儀式にも出なかったから、死んだらどうでもいいのかと思っていた。仕事だけにしか興味がないものだと。
 そうじゃなかった。もしも仕事にしか興味がないのなら、アンネの形見など持っているはずがない。
 きっと、あの葬儀式の後で、ミアはアンネの家族に会いに行ったのだろう。あるいは、アンネを守れなかったことを謝罪したのかもしれない。その様子は、容易に想像ができてしまう。
 そして、アンネの家族は、アンネのネックレスをミアに形見として渡した。理由は知らないが、ミアの能力でアンネが再生できるくらいだ。普段から大事にしていたアイテムなのだし、それを渡す意味は言われずとも理解できる。
 知らなかっただけで。ミアはミアなりにアンネの死を悼んでくれていたのだ。
「……卑怯者」
「ごめんね」
 目から熱い雫がこぼれる。
 ミアもまた、泣いている。
「それでも、わたしはあなたたちを赦せない」
「いいのよ、赦してくれなくて」
「ずるいよ、ミア」
 それじゃあまるで。ただ憎んでいるだけの自分は、子供のようではないか。
 わがままを言って、聞き入れられなくて泣き叫んでいるだけの。
「ずるいよ」
 静かな涙が、廊下を濡らしていた。


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