コハルは階段から飛び降りた。
 上空から加速し、顕現した剣で両断する。その勢いで振りかぶった剣は、
「いけないな。不用意に飛ぶのは悪手だ」
「ッ!!」
 目の前に現れたラスターに阻まれる。姿もよく見ないまま顔面を両断し、消える直前のラスターを踏み台にして横に跳ぶ。直後を、巨大な口を持つラスターが噛み締めて行った。
「ラスターの、大群!」
《コハル! あいつどんどん生んでる!》
 生んでいるという表現はまさに適切だった。空間から、わらわらとラスターが湧いてくる。
「君は知らないだろうがね。俺はもともと、ラスターをある程度まで操作できた。固有能力の一種でね。普通はそれで混乱させて動きを止め、ニーナが銃撃してトドメを刺していたんだ」
「これがある程度!?」
 呼び出されたラスターたちは、ベルホルトなど見向きもしない。揃いも揃ってコハルに襲いかかってくる。
 右、左。風を操りながら刀を振り回し、下から飲み込もうとしてくる敵は焼き尽くす。
「氷!」
 一抱えもある氷のトゲを作り、風に乗せて打ち出す。重量のある氷の弾丸は、ラスターを砕き、消滅させていく。
 一匹一匹はたいした能力じゃない。それぞれは、コハルでも簡単に倒せるほど弱いラスターだ。
 だが、いかんせん数が止まらない。ベルホルトのもとへたどり着くまでに、幾重にも壁が生まれている。
「ベルホルト! もうやめろ!!」
「何故だ? 何も知らない君に説得される筋合いなどない」
「全部ニーナさんに聞いたよ! でも、能力者を生み出すなんて、そんなことをしても何の解決にもならない!」
「それは世界のことを考えていない子供の論理さ。大人は世界がどうあるべきかを考えなければいけない」
「だったら子供で結構だよ! 多くの人を犠牲にして、何が大人だ!」
「世界の運営というのはそういうものだよ。リソースは限られている。それをどう再分配するかという話さ」
 ベルホルトはくすりと笑い、
「もともと、この世界に能力者は不要だったのだろうな。だが、すでに生まれてしまった。それはもう取り返しがつかないことだ。ならば、生まれてしまった現状に世界を合わせる他にない」
「それが、多くの人を殺すことだって言うのか!?」
「殺すのは手段だ。目的ではない」
 いいか、とベルホルトは続ける。
「一部の、ごく限られた人間だけが能力を有している。それが現状だ」
「聞いたよ。だから能力者は能力を隠して使っている。あんたはそれを開示しろって言うんだろ!?」
「主張としてはその通りだ。能力を開示し、能力者をあぶり出したい」
「あぶり出す……?」
「やはり理解していないな」
 ぱちん、とベルホルトが指を鳴らすと、ラスターの姿が消えた。
 コハルも荒い息を吐きながら、剣を止める。
「能力者は隠れている。だが、その全てを組織が把握できているわけではない。世間では能力者という存在がいることを認知しておらず、しかるに奇怪な能力を扱う人間がいるなどとは夢にも思っていない」
「そりゃそうだろうさ」
「では、気高き者エーデル・ムートと一般住民の間で小競り合いが起きたことは知っているか?」
「ニーナさんから聞いた」
「ならば話は早い。小競り合いのきっかけは、組織の人間ではない」
「……何?」
「やはりニーナもそこまでは話していないようだな。小競り合いが起きたのは、組織に所属することを拒んだ能力者が、能力を用いて悪事を働いていたからだ」
「それは」
「能力を鍛えていない人間でも、固有能力だけで一般人には有利に立てる。その男は人間の記憶を改ざんする能力を持っていた。前後の記憶を混乱させる能力だな。その能力を用いて、窃盗や強姦を繰り返していた」
「……ッ!!」
 簡単に想像ができる。
 能力者が一般人に能力を使えば、どういう結果になるか。コハルでさえ、人を殺めることは簡単だ。
「組織はそいつを処分することを決定、実際に殺した。警察では立証できない案件だったし、能力のことを世間に吹聴されても困るからな。その程度の案件を揉み消すくらいは、組織はできる」
「その程度って、人殺しを?」
「片田舎だしな」
 そうは言うが、それほど簡単なことではないだろう。
 コハルが思うより、組織というのはもっと大きなものなのかもしれない。
「殺しは揉み消したが、男は能力を使いすぎた。おかげで住民は、摩訶不思議な魔法のようなものを使って、悪いことをしている奴がいるんじゃないかと疑い、組織と対立した」
「エーデル・ムートと?」
「暗躍する正義の組織なんて、誰も信じやしないさ」
 その理屈は確かにわかる。
 教会は、決して悪いことなどしていないだろう。人々を守るために能力を使っているということもわかる。だが、そのことを住民は理解できないだろう。
 ラスターの存在さえ見ることができない一般住民では、寄り集まっている謎の集団と、町で起きる不可解な事件の関係を結び付けてしまうというのは、想像にかたくない。
「住民と小競り合いになり、組織のメンバーは負傷した。警察が介入して騒動は収まったがな」
「それと、この騒動がどう関係するんだ」
「能力者が隠れられる現状では、そういう悪いことを考える奴がいても、能力者のせいという疑いは持たれない。言うなれば、特権階級が存在していることを、市民が知らないという状況だ。これは不公平だろう」
「……まさか、そんなことのために?」
 能力者が隠れている今。それは、言うなれば人間社会という箱庭を、外から眺めている強い人間のうりょくしゃがいるようなものだ。
 能力者の存在が開示されれば、少なくても世間は疑いの目を向けられるようになるだろう。能力者に対する規制だってできるはず。
《コハル。落ち着いて》
「……わかってる」
 いつの間にか、刀を強く握りすぎていた。力を少しだけ緩める。
《あいつの話なんか聞かなくていいよ。コハルは、コハルが信じる通りにすればいい》
「ヴィナ……」
 そうだ。ほだされる必要なんてない。
 彼が間違っていると思っているのは、何もコハルだけじゃない。実際、ラスターを大量に生み出すという彼の方法では、解決できない問題が山のようにある。
 それら全てを見逃す必要なんて、一切ない。
 ベルホルトの冷たい眼差しがコハルを射抜く。
「世界を変えるには一歩目が必要だ。これが、その一歩目だ」
「大勢を犠牲にしてもか」
「人間は何百万と犠牲にならなければ理解できない生き物だ」
「……やっぱり、認めない」
 ベルホルトの言いたいことは理解できる。
 なるほど、ニーナの言っていた”戦争”というのは、こういうことなのだ。互いに互いの主張があり、それが一致しないから暴力で片付ける。
 それはよしあしの問題ではない。そういう構造だ。
 だから、コハルはコハルの主張を通す。
「そんなやり方で世間を変えるなんて。認めない!!」
「そうか。認めまいと問題ない。いくら君が精霊に選ばれた人間でもーー俺に敵うわけじゃない!!」
「届かせてみせる!!」
 コハルはまっすぐな刀を強く握り、飛び出した。


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