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揺れる魔導列車の中で、黒髪の少年が眠りこけていた。赤いジャケットにすり切れたズボン。年の頃は十代半ばか。 少年が眠る四人席のコンパートメントには、少年の他に少女の姿もある。綺麗な銀髪のショートヘア。味気ないシャツとズボン。歳は少年とそう変わらないだろう。 ぐーすかと眠りこける少年に少女は少しばかり眉をひそめながらも、寝入った彼を起こすほどではないらしく、ただ静かに時間だけが過ぎていく。 と、少年が肩からかけた鞄が揺れ、中から小さな生き物が飛び出した。 手のひらサイズの人間だ。姿かたちは人間の女の子に近かったが、背中には蝶のような羽があり、ぱたぱたと動いている。全身をまとう燐光は、彼女の存在そのものを神々しく見せていた。 生物は少年の頭に乗っかると、懸命にぺしぺしと叩く。だが、少年はまったく起きる気配がない。 その様を対角で眺めていた少女は、あまりに不憫に思い、声をかけた。 「あなた、妖精?」 ぴくん、と生物が驚き、少年の頭に隠れる。その所作に、表情の乏しい少女は慌てた。 「驚かすつもりではないの。あなた、その人を起こしたいの?」 生物はこくんと頷く。対する少女は、 「じゃあ、手伝う」 少年の膝を揺すり、 「あなた、起きなさい」 声をかけた。小さな少女では足りぬ力も、人間が揺り起こせばさすがに違う。 「ん……?」 ようよう目を開いた少年は、ふわ、と大きくあくびをした。 「んー、なんだ、アルウェズ」 「その子、アルウェズと言うの?」 「お? おう」 声をかけられて、初めて少女の存在を認識した少年は、頭上の小さな生物――アルウェズを見やった。 「アルウェズ、知り合いか?」 アルウェズは小さく首を振り、続いて、少女に向かっておじぎをした。 「いいのよ」 「ふうん。アルウェズが怖がらねえなんて、珍しい奴だな。オレ、ヴァン・レクサス。あんたは?」 「……どうして名乗るの?」 「そりゃ、知り合いは多い方がいいじゃんか」 よくわからない少年だ。それでも、少女は答える。 「シルビナ・ノワール」 「シルビナか。なあ、シルビナは都市の出身、だよな? そういう雰囲気だし」 「出身ではないけれど、住んではいるわ」 「じゃあさ、じゃあさ! 都市でいちばん決闘の強い奴がいるのってどこだ!?」 「決闘?」 その質問に、シルビナは眉間のしわを深くした。 ――決闘。妖精から力を借り、神に身を捧げ、仮初の肉体で行う格闘遊戯。 「あなた、決闘をやるの?」 「おう。そのために田舎から出てきたんだよ」 「……知らないかもしれないけれど、都市では決闘なんて、子供の遊びよ。熟達したところで、現実では何も変わらない。運動ができるようにもならないし、知識を得られるわけでもない。あなたの年齢で決闘をしている人なんて、そうはいない」 「知ってる」 「知っている?」 知っていてなお、彼は決闘をしようというのか。 そのためだけに、わざわざ田舎から丸一日もかかる列車に乗って、都市まで来たというのか。 「あなた……、まさか、プロになるつもり?」 「プロって、決闘の強い奴か?」 「それは、まあ、当然」 「じゃあなる」 即答だった。その、あまりの様子に、シルビナは二の句を継げない。 「なー、それで、決闘ってどこに行ったらできるんだ? 田舎の連中、都市に詳しい奴とかほとんどいないし、いても教えてくれないしなー。着いたら聞こうと思ってたんだけどさ。あんた、いい人そうだから」 「いい人? 私が?」 「ああ。アルウェズが怖がらないのはいい奴だ」 そう言って、ヴァンはにかっと笑う。その、太陽のような笑みに、思わずシルビナは毒気を抜かれた。 「……駅に到着したら、正面の大通りをまっすぐ。三つめの角を右手に曲がると、草葉色の建物が見えてくるわ。同じような色の建物は他にないからすぐわかる。そこが、決闘連盟の会館よ」 「そこに行けば決闘できるか?」 「少なくても、強い人は集まる」 「じゃあそこに行くか。ありがとな、シルビナ」 そうこう話しているうちに、列車は駅に到着した。車窓を白い蒸気が埋め尽くす。 「よっしゃ、行くぞアルウェズ!」 鞄ひとつだけを持ち、少年はコンパートメントから飛び出して行った。 「……変な子」 思わず、シルビナはぽつりとこぼした。 シルビナに教えられた通り道を走ると、古びた建物が目についた。 二階建ての建物だった。緑色の外壁はボロボロで、ところどころ壁材が欠けている。だが、前庭の雑草はきちんと刈られているし、玄関前も掃除が行き届いていた。古いが、大切にされている。そんな印象を受けた。 玄関のガラス扉脇には、これまた古めかしい木製の看板が掲げられていた。そこには『全国決闘連盟奨励会館』と書いてある。 扉を押し開けると、ロビーになっていた。受付と、そこに座る事務員。脇には階段があり、二階へ行けるようになっている。 ヴァンが入ると、事務員が顔をあげた。 よくできたショートヘアの事務員は、見知らぬ顔にも愛想よく笑顔を向ける。 「いらっしゃいませ」 「あの、決闘したいんすけど!」 「……はい?」 事務員の笑顔が固まった。だが、若い事務員は、負けずに続ける。 「あの、確かにここは決闘連盟の会館ですけど。奨励会に入会したいということでよろしいですか?」 「奨励会ってのに入れば決闘できる?」 「それは、まあ」 「じゃあ入る」 ふたつ返事で頷くヴァンに対し、事務員はそれでも一応、所定の手続きに従って用紙を取り出した。 「では、ここにお名前と住所、それに師範のお名前と承諾印を貰ってきてください」 「書けばいいのか?」 ヴァンはペンを借りると、そこに『ヴァン・レクサス』とだけ書いた。他の必要事項は一切記入せずに突き出し、 「これでいいか?」 事務員は笑顔を引きつらせながら、 「じゅ、住所は?」 「住所って?」 「住んでいるところのことだけど」 「それって、今日から泊まるところってことだよな?」 「今日から? ……まあ、そうね」 「そうだよな。オレさ、さっき田舎から出てきたばっかだから、今日は泊まるとこ、まだ決めてねえんだ。どっかそのへんにある木の上とかで寝るつもりなんだけど」 「さ、さっき!? じゃあ、あなた、もしかして駅からここに直行してきたの?」 「おう」 とうとう、事務員も頭を抱えた。確かに決闘者はクセのある人が多い。だが、これほどクセのある少年もまた珍しい。というか、せめてもう少し常識を備えてから来て欲しい。 「あのね、ヴァン君。確かに奨励会は決闘できる場所だけど。さすがに住所不定無職でしかも学校にも通っていない子供を受け入れるほど度量は広くないのよ?」 「細かいこと気にすんなよ。オレは寝るだけならどこでも大丈夫だから」 「そういう問題じゃなく! じゃあ、せめて、師範とか……、いるわけないわね、都市に知り合いはいないの?」 「いねえ。あ、おっさんの知り合いとかならいるかもしれねえけど」 「おっさん?」 ようよう話が分かる人が出てくるか、と希望を見つけた事務員だったが、 「おっさんって、お名前は?」 「……忘れた。なんか、ゴンゴンとかそんな感じ」 「あなたねえ!? 名前も知らない人が知り合いとか言うの!?」 「し、仕方ねえじゃん!? いつもおっさんって呼んでたんだから!! だいたいあのおっさん、名前で呼ぶと怒るんだよ!!」 とても話にならない。 事務員が頭痛を覚えていると、 「どうしました?」 涼やかな声。見れば、ひとりの女性が、少年に手を引かれて入ってくるところだった。 女性は手に白い杖を持っている。老人が使うものとは違う、ただの棒だ。目は閉じられており、口元には優しい笑みが浮かんでいる。 その顔を見て、事務員は救いの女神に感謝した。 「あ、カンナさんにゼル君。実は、この子が……」 「この子?」 「先生、こっちっす」 めしいた女には、ヴァンの姿も分からない。介助の少年が手を引いて、女――カンナを導く。 「あなた、どうしたの?」 「決闘したいって言っただけなんだけどな」 「決闘? 確かに、ここは決闘の本山ですね。奨励会に入るのですか?」 「なんでもいいんだけどよ、この姉ちゃんが住所とか師範とかがいるって」 「あの、私、そんなおかしなこと言ってます?」 すでに泣きそうになっている事務員にカンナは優しく首を振る。 「あなた、お名前は?」 「ヴァン。ヴァン・レクサス」 「では、ヴァン君」 次の瞬間、ヴァンは素早くしゃがんでいた。その頭上を、白杖がよぎる。 「あぶねえじゃん。何するんだよ」 「ごめんなさい、手が滑りました」 正確に頭のあった位置をよぎった白杖を正面に戻したカンナは、自分の手を引く少年の方に顔を向ける。 「ゼル、あなた、この子と決闘してあげなさい」 「俺っすか?」 「ええ。きっと、面白いと思うわ」 そう言って、カンナはにこりと笑った。 |