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連盟会館の二階は広間になっている。 だだっ広い板の間に、隅に置かれた観葉植物。他には何もない。決闘をするだけならば、そもそも空間さえ意味をなさないので、この処置は当然と言えば当然かもしれない。 そんな空間で、ゼルは正体不明の少年――ヴァンと対峙した。 「よく分かんねえけど、お前、決闘できんのか?」 「あったりまえだろ」 「……念のため聞くけどな、決闘のルールはわかってるか?」 「借りた魔力を使い果たすか、相手から致命傷を貰ったら負け。借りた魔力は、どう使っても自由」 最低限のルールだ。だが、こんな非常識な少年でも、一応は理解できている――らしい。 ゼルは疑わしげに頬をかきながらも、自らの妖精を呼ぶ。 「ま、いっか。エルナト!」 ゼルの呼び声に応じ、どこからか、小さな少女が飛び出した。妖精だ。 「行くぜ、アルウェズ」 ヴァンの鞄からも、羽の生えた少女が飛び出す。 「基本ルールでいいか?」 「おう、なんでもいいぜ」 「そうかい。そんじゃあ行くぜ、転移!!」 掛け声と共に、二人の体は光に包まれた。 その意識は異空へ。その体は神へと捧げられる。 異空間転移。基本ルールによって形成された空間は、ただ決闘をするためだけの場所。どこまでも続く空と大地だけしかない。特殊な条件など何もない、最もシンプルで、最も実力差の出やすいスペース。 異空間へと移動したヴァンとゼルは、その姿を変えていた。 ゼルの肘や膝にはサポーターが。手には固い鋲のついたナックルが装備されている。額を覆うハチガネは彼のお気に入り装備だ。 決闘空間――アストラルサイドでは、自分のイメージがそのまま自分の装備となる。熟練の決闘者ほど、装備は固定化される。それ以外のイメージを浮かべにくくなる、と言い換えてもいい。ゼルにとって、この武道家装備は、いつものことだった。 対するヴァンは、ほとんど変化がなかった。服装も元と同じ、違いと言えば、肩からかけた鞄がなくなり、代わりに手に一振りの大型ナイフを握っていることだけ。 「おいおい、お前、防具も顕現しねえのかよ。大丈夫か、そんなんで?」 「問題ねー。オレはこれ一本で十分だ」 そう言って、ヴァンはナイフを掲げる。ハンドガードのついた柄に、ナイフと呼ぶには長く、ソードと呼ぶには短い、微妙な刃物。 「はんっ、甘く見てると、後悔するぜ! オレはこれでも……、会生だからな!」 ガツン、と両の拳を打ち鳴らし、ゼルは吼える。 「行くぜ!! 決闘だ!!」 ゼルの猛りに応じ、ガン、と鐘が鳴る。開戦の合図。 「飛ばしていくぜ、バースト!!」 武器しか顕現しない素人同然の相手。ゼルは一挙に決めるべく、全魔力を活性化させる。長期戦には不向きだが、そもそも速攻で決めるならば、得られるメリットは遥かに大きい! 「そぉ、らぁ!!」 振るわれる拳線。その軌跡をなぞるように、炎が枯れた大地を舐める。 ヴァンは横っ飛びに炎をかわすが、それはゼルとて織り込み済みだ。 「喰らえ、よッ!!」 握りしめた拳。加速をつけた全力のストレートを、ゼルはヴァンの顔面へと打ち込み――。 「ッ!?」 手ごたえのなさに、驚愕する。避けられた。 全身全霊を込めた一撃。素人がかわせるはずの一撃ではなく、そして、かわされてしまえば――そこには最大の隙が生じる。 「なんだお前、がら空きじゃねえか」 ヴァンの声は、すぐそばから聞こえた。 背中から突き刺さる冷たい刃物。自分を貫く感覚に、ゼルは己の敗北を悟った。 決闘は、一方が死亡すると、強制的に通常空間へと戻される。神に捧げた肉体が返ってくるのだ。 道場に戻ってきたゼルは、 「な、なんだ!? なんで終わった!? お、お前、何したんだ!?」 「何って、普通に刺しただけだぜ」 ヴァンは首をひねる。ヴァンにとって、ゼルの構えは隙だらけだったのだから。 「やはり、面白い子ですね」 控えていたカンナがくすくすと笑う。 「し、師匠?」 「ゼル、ヴァン君を相手に、速攻を仕掛けたのは失敗でしたね。攻撃に魔力を消費するということは、防御に割り振る魔力が足りなくなるということです」 「そ、そりゃ、理屈はそうですけど。でも、攻撃を受けなければ同じことです。それに、こいつ、素人なんかじゃない……!」 「誰も素人だとは言っていませんよ。師匠がいないと言っているだけです」 「そ、そんな馬鹿なこと!? 師匠もなしに、こんだけ強くなれるはずが……!」 「その点、どうなのでしょう? ヴァン君?」 「どう、って?」 話をふられたヴァンは、盲目の女を見返す。 「あなたの戦い方はどこで身に着けましたか?」 「田舎だけど。フィーロ村。村じゃさ、娯楽とか何もなくて、決闘が流行ってたんだ」 「フィーロ村……」 カンナにすら聞き覚えのない村の名前だ。もっとも、そう地理に詳しいわけでもないカンナにとって、知らない村の名前など珍しくもない。 「ふふ、面白いですね、あなたは。いいでしょう、私があなたの師匠となります」 「はぁ!?」 横でゼルが奇声をあげるが、カンナは気にせず続ける。 「奨励会は師匠による推薦がなければ入会できません。私があなたを推薦します。ヴァン君、今日からあなたは私の門下に入ってください」 「そうすりゃ、強い奴と決闘できるのか?」 「もちろん。ゼルも今日はあっさりやられてしまいましたが、油断しなければ、善戦することでしょう。それに、奨励会には、ゼルよりも強い少年少女が集まっています」 「おし、入る」 ヴァンの返答に、カンナはにっこりと笑った。 「そうこなくては」 夕刻。奨励会館から帰る道すがら、師匠の手を引きながら、ゼルは吼える。 「師匠、なんであんな得体のしれない奴を弟子にするんですか」 「いけませんか?」 「いけない、ってことはないけど……。あいつ、わけのわかんねえ決闘スタイルだし……。それに、村から出てきて会館に直行、泊まる場所も決めてねえなんて、非常識すぎるでしょう」 「確かに私たちが知っている知識を、彼は知りません。ですが、それは利益になることもあるでしょう。それに、彼の決闘スタイルは、実際に存在するスタイルです。非常に珍しいですが……、あるいは、村という閉鎖空間だからこそ成立したのか。それを見極めたいと思います」 「実在するスタイル?」 「ええ。彼のスタイルは、昔、局所型と呼ばれていました。今は資料に残る程度で、実際の使い手はプロにもいません」 「局所型……?」 「その通り。彼は先ほどの決闘、足裏と刃筋にのみ魔力を集中させていました」 「なッ!? そ、それじゃあ、俺の攻撃がかすめただけで、あいつはやられたかもしれないってことですか!?」 「その通りです。バーストしてまで総魔力量を増やさずとも、通常打を体に当てていれば、あなたは勝てたでしょう。あのスタイルは高い瞬発力と一撃の攻撃力が増す代わり、防御力を一切捨てています。あなたのバースト型よりも、さらに思い切ったスタイルです」 そう、珍しい型だ。一瞬のミスさえ許されない。全ての魔力を攻撃と回避にのみ費やした、狂っているとさえ言えるスタイル。 だが――それを使いこなしているとすれば。 「もしかすると、彼は化けるかもしれません」 決闘界に、新しい風が吹く。 今までどんなプロですらものにできなかった、超特化スタイル。局所型のプロ――。 「私は、それを見てみたい」 カンナは少しだけ顔をあげた。 一陣の風が吹き、めしいた目を隠していた前髪がふわりと浮かんだ。 丸い月が空に浮かんでいる。 樹上でそんな月を眺めながら、ヴァンは話しかけた。 「ようやくだぜ、アルウェズ」 ヴァンの隣で、小さな少女がにこりと笑う。 「ここからだ。オレは、最強になる」 誓いの言葉。その言葉に、アルウェズは嬉しそうにぱたぱたと羽を揺らした。 「そして、お前に……、恩返しする」 それは、少年の誓い。 それは、少年の夢。 まっすぐ未来だけを見据える少年に、アルウェズは見とれていた。 |