奨励会館の事務スペース。
 奥には応接用のソファなども置かれている。とはいえ普段はミーナ一人の事務所だけに、応接スペースなど使うこともない。
 もともと、奨励会は全国決闘連盟の下部組織だ。奨励会専属はミーナ一人、他の面々は全決連との兼務。全国決闘連盟の事務所は別にある。
 そんな、とかく使用頻度の少ない応接スペースに、珍しく人がいた。
「もう2週間後には今年のプロ試験か。早いものだね」
 そう言いながら紅茶をすするのはレリウス・クライムエッジ。現王座のプロ決闘者だ。
「プロ試験、か」
 応じたのは四角い顔に深いしわを刻んだ壮年の男性。ガリア・ヴァイスラント。現名人のプロ決闘者で――アリスの父であり、ライゼルの師匠でもある。
「どうですか、あなたのところは」
 問いかけたのは、ガリアの隣に座る女性。カンナ・ヴィオレッテである。彼女は他の二人と違ってタイトルホルダーというわけではないが、現在、最もタイトルに近いと言われている決闘者だ。
「……アリスはプロになる。ライゼルも、とりあえずは奨励会枠を取ったのだろう」
「ギリギリでしたけれど。さしあたって、アドバンテージはあるでしょうね」
「今年はガリア門下で二人、か。やっぱり君のところは優秀だね」
「何を言う。私の門下にプロはいない。お前のところと違ってな」
「それはライゼルと娘さんしか門下にしていないからだろう。数がいれば、その中でプロになる者も出てくるさ」
「どうだかな」
 レリウスと同じように紅茶をすすったガリアは、隣に座る盲目の女を見る。
「カンナ。お前のところも新しく門下が増えたと聞いたが。試験はどうするのだ」
「受けますよ。強い決闘者と会えると、楽しみにしているようです。それに……、面白いですよ、ヴァンは。彼がプロになれば、決闘界が変わるかもしれません。彼は常識にとらわれない」
「常識にとらわれない、ね」
 ガリアは眉をひそめる。
「そう嫌そうな顔をするなよ、ガリア。君は保守的すぎるんだ」
「伝統と格式は大切なものだ。むやみに踏みにじるものでもない」
「まったく、堅物だね。君は。……それにしても、今年のレギュレーション、遅いね」
「ふむ、そうだな」
 ガリアは深く頷く。
 プロ試験の大枠は毎年、変わることがない。最初に一般リーグを執り行い、その中で勝ち抜いた者が上位リーグへと進める。
 決勝リーグでは8人が総当たり戦を争い、その中で上位3人がプロとなる。
 だが、毎年、変更される部分もある。それがステージだ。
 奨励会ではスタンダードルール――荒野での決闘が主で、障害物や利用できるものがない、本人の実力を試すステージで戦う。
 一方でプロ試験はそのルールが毎年変更され、障害物の多い森林や人工の建物群、足場の悪い砂地や氷原などといった場所で戦う。それは、常に判で押したような人間ばかりを集めず、様々な人材を発掘しようという決闘連盟の意図による。
 そのため、厳密には毎年のプロ試験も同じものではない。合格者や日程が変わることはないが、その年によって内容は変化しているのだ。
 その年のレギュレーションは決闘連盟の理事会で決定される。レリウスやガリアがいくら上位決闘者とはいっても、彼らはあくまで決闘者。ルールを策定する側にはいない。
「いやあ、僕が受けた年は山岳ステージでね。おかげで助かった側面もある」
「鎖使いならばそうだろうさ。もっとも、どのようなステージでも戦えてこその決闘者だ」
「どうでしょうか。奨励会での訓練だけでは、地力はつきますが、そのようなところは弱くなりがちです」
「足場が悪かろうが周囲にブッシュがあろうが、それらを活用できてこそだろう」
「君はいつも活用しないで力技じゃないか」
「ガリアさんは頭が固いですからね」
「……」
 三人もの上位決闘者が、奨励会館でお茶など飲んでいる理由。
 それは、ここが最も早く、今年のレギュレーションを知ることができる場所だからだ。
 そうして待っていると、会館の扉が開く。最初に反応したのは受付に座っていたミーナだ。
「いらっしゃいませ」
 自然、ガリアとレリウスの視線は入口に向かう。入ってきたのは、大柄な男だった。
 背丈は扉の上端にこするほど高く、筋骨隆々とした胸板はとにかく厚い。その腕は常人の倍ほどもある。
「あ、あの……?」
 ミーナなどはその外観だけですでにビビっているが、レリウスとガリアは、別の意味で驚いていた。
「ゴ、ゴドウィン?」
「よお、レリウスにガリア、それにカンナの嬢ちゃんか。揃いも揃って、暇なのか?」
 受付カウンターに肘を乗せ、男は事務スペースを見渡す。そんな男に、ガリアは鋭い眼差しを返す。
「ゴドウィン、貴様……! 何をしに来た」
「何しに来たってのはひでえな、おい。10年ぶりの再会だってのに。懐かしい友人に会えて嬉しいだろ?」
「誰が、貴様の、友人だ!」
 立ち上がったガリアは、つかつかと男――ゴドウィンに詰め寄る。
「帰れ。貴様がいると碌なことがない」
「そう邪険にすんなって」
「黙れ! 貴様のような男がいれば、奨励会員たちに悪影響だ」
「んだよ、つれねえな。俺が何をしたってんだ」
「遅刻するわ備品を壊すわ! 伝統ある竜王戦に半裸で現れた馬鹿など貴様だけだ!!」
「ああ、あの日は暑くてな。水浴びしてから行った」
「そんなこと聞いてない!!」
「まあまあ、ガリア。そんなに怒るな」
 猛るガリアの肩を抱き、レリウスはゴドウィンを見上げる。
「それにしても、永世竜王がいきなりなんだい」
「おう、それだ。今年もそろそろプロ試験だろ? だから、面白いことしてやろうと思ってな」
 ゴドウィンはポケットからくしゃくしゃになった紙切れを取り出すと、それを机の上に置く。
「これが今年のレギュレーションだ」
 五人の理事、全員の署名と共に記された、今年のレギュレーション。
 それは――。
双竜戦アンフェスバエナ!?」
「なんだと!?」
 ガリアは食い入るように書面を見渡す。
 そこに記されている文字は、間違いない。アンフェスバエナだ。
「あの、アンフェスバエナって何ですか?」
 ルールがよくわかっていないミーナが、かたわらに立っていたカンナに問いかける。
「双竜戦。二人一組で戦う、タッグ式の決闘です」
「ふ、二人一組? でも、そうなるとプロ試験って……、どうなるんですか?」
「なっ、面白ぇだろ?」
「……面白いだろ、じゃない!! 何を考えているんだ貴様、伝統あるプロ試験をなんだと思っている!!」
 つかみかかりかねないガリアだったが、上背はゴドウィンの方が大きい。巨大な手でガリアを抑えつつ、
「いやあ、本当はよ、アンフェスバエナでタイトルリーグやりてえなって思ったんだが、時期的にプロ試験が被るって言われてな。だからプロ試験をアンフェスバエナにしてやった。ついでに今年は初めてのオープン戦だ。年齢制限もない」
「年齢制限なし!?」
「もちろん、年齢オーバーの奴は、参加できるだけでプロにゃしない。そこまで遊びはしないさ。その代わりオープンだから、お前らが弟子と組んで試合に出てもいいぜ? プロにするかどうかは、試合の勝敗ではなく内容で決定する。人数に上限は作らねえ。才能があると思った奴はプロにするし、ねえと思った奴は鍛え直させる」
 わなわなと震えるガリアの隣で、レリウスも厳しい表情だ。
「ゴドウィン……。君が昔から規格外だったのは知っていたつもりだけど、やってくれたね。どうやって理事たちを説得したんだい」
「人間同士だ、話せばわかんだろ」
 答えたゴドウィンは、その場にいる面々を見渡す。
「とにかく、このレギュレーションは理事会で承認された、本物のルールだ。今さら変わりゃしねえ。ま、たまにゃこんな年があってもいいんじゃねえか? はっはっは!」
 豪快に笑うゴドウィンを前に、現役一流の決闘者たちですら、あっけにとられていた。