翌日。ヴァンに先導される形で、シルビナもまた、連盟本部を訪れていた。
 やはりと言うべきか、今日もあの女史は来ていた。決闘は悪い、残酷だ、などとわめきたてている。
「なあ、おばさん」
「誰がおばさんですって!?」
 振り向いた女史に、ヴァンは笑いかけた。
「オレ、ヴァン・レクサス。奨励会員だ」
「奨励会……! あなたもあの狂った遊びをしている人間なのね。そんな歳にもなって! 学校はどうしたの!」
「行ってねえ。オレ、田舎から出てきたからさ。こっちの常識とか知らねえんだ」
「行ってないですって!? ほら見なさい、決闘ばかりしている人間はこうなるのよ!! うちの子には絶対、絶対に決闘なんてさせないから!!」
「そっか」
 小さく頷いたヴァンは、次の瞬間、思い切り頭を下げた。
「頼む。あんたが決闘嫌いでも、それは仕方ないかもしれねえ。でも、決闘者オレたちから……、決闘を、奪わないでくれ」
 見知らぬ少年に頭を下げられるとは思っていなかったのだろう。女史も思わず黙る。
「確かにさ、異空間とはいえ、決闘をすれば痛い。誰かを傷つける技術を磨いているって言われても、反論できない。だけど、それでも、オレたちにはこれしかないんだ。たくさん傷ついて、たくさん負けて、涙流して……、負けたくないって努力して。そんなオレたちの思いを、否定しないでほしい」
「……それは、あなたがたの理屈でしょう。あなただってまだ子供じゃない。これしかないなんて、そんなことを言う年齢ではないわ」
「ないんだよ、これしか。オレたちは、この道を選んだんだから」
 顔を上げたヴァンは、まっすぐ、女史を見つめる。少し後ろに立っていたシルビナが、その隣に並んだ。
「彼は、いえ、私たち決闘者は、みんな本気です。本気で決闘をして、本気で勝利を見据えて、本気で戦っているんです。幾度死んでも、叶えたい夢のため」
「死んでも……、叶えたい夢」
「決闘は野蛮。確かにそうかもしれません。それは、決闘をする私たちが、誰よりわかっていることでしょう。斬られれば痛い。撃たれれば痛い。焼かれれば痛い。そんな痛みを知っていて、それでも私たちは決闘をするのです。自分の夢のため。ただ、勝ちたいがため」
 決闘をすれば、当然、勝ちもするし負けもする。
 殴られ、蹴飛ばされ、剣で斬られ槍で突かれ斧で砕かれ、それでも決闘をする。
 痛いとわかっているのなら、やらなければいい。野蛮だと思うのであれば、やらなければいい。決闘をしなければ生きていけないわけではない。これは、ただの遊びだ――大半の人にとっては。
 けれど、決闘者にとっては、そうではない。決闘に魅せられた人間には、もはや決闘しかないのだ。生きる全てを決闘のために捧げ、食事をするのも金を稼ぐのも眠るのも、何もかも決闘のために行うのだ。
 それが、本当の意味での、決闘者。
「私たちは、決闘がなければ生きていけません。お子さんのことはわかりませんが、そういう人間もいるのだということ、知ってください。あなたが子供に決闘をさせたくないというのであれば、子には禁止すればいいでしょう。けれど、忘れないでください。決闘も決闘者もなくなりません。魅せられた私たちは、どれほど抑圧されようとも、絶対に決闘を手放せません。それが生きていく全てなのですから」
 息をするように決闘をする。
 呼吸をしなければ、人間は生きていけないのと同様――決闘者は、決闘をしなければ生きていけないのだ。
 それが、決闘者という生き物。
 目の前に立つ少年少女が、急に異なる生物だと気づいたのだろう。女史は小さく後ずさる。
「そ、そんなことを言っても……」
「その子たちの言うことは、間違っていませんよ」
 見れば、カウンターの向こう側から、壮年の男性が出てきた。昨日も応対していた、責任者の男だ。
「決闘は確かに痛みがあります。ですが、痛みを知ればこそ、他人をいつくしむこともできるでしょう。あなたの息子さんも、決闘を始める前より明るくなったように見受けられましたが。そうではありませんか、レンダー夫人」
「……そんなこと」
「決闘は見た目にも悪い。ですが、痛みを知らぬ子は、平気で人を傷つけることでしょう。きっと、あなたの息子さんは立派な大人になります。イベントに来て目を輝かせている少年を見ると、私はそう思うのです」
「そんな感情論で……!」
「実際、プロ決闘者からは、過去30年、一人も犯罪者が出ておりません。家賃滞納する者くらいはいましたがね。私も若い頃から決闘に関わり続けてきたので、よくわかっているつもりです。決闘者は、良くも悪くも子供みたいな大人なのです。そのあたり、ご考慮いただけると助かります」
 そう言って、責任者の男は頭を下げた。
 女史は口の中でうなり、
「もう、馬鹿にしないでッ!!」
 ヒステリックに叫ぶと、バッグをひっつかみ、連盟を出て行った。
 見送った男性は、ふと、ヴァンたちを見やる。
「君たち、ありがとうね」
「いえ、私たちは、何もしていません」
「そんなことはないさ。君たちという、立派な決闘者がいるから、決闘者全体が守られるんだ。実際、ああいう人はたまに来る。あれほど極端な人は少ないけれど、ね。やはり、今の時代、決闘というのは風当りが強いものさ。それでも決闘はなくならない。諦めない……、君たちみたいな人がいる限りね」
 微笑む男性に、ヴァンとシルビナも頷き返す。
 そして、ヴァンはシルビナを見やった。
「ありがとな、シルビナ。一緒に説得してくれて」
「ううん。ヴァンこそ、どうしてあの人を説得しようと?」
「オレの気持ち、ぶつけなきゃダメだって。ただ、そう思っただけだよ」
 太陽のように笑うヴァン。その笑顔につられ、シルビナも微笑む。
 そんな二人のかたわらで、主神は嬉しそうに燐光をまき散らしていた。

◇ ◇ ◇