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眠っていたシルビナは、ふと目が覚めた。 時計を見ると、時刻はまだ深夜。窓の外を見れば、星が瞬いている。 シルビナはなんとなく起きあがり、部屋の外に出た。そのまま、道場の様子をうかがう。 シルビナが居候しているカンナの家は、シルビナが寝起きしている部屋とは別に、道場がある。同じく居候しているヴァンがそちらで寝起きしているはずだった。 部屋からは物音も寝息も聞こえない。シルビナが思い切って道場の扉を開けると、中はもぬけの殻だった。 「……ヴァン?」 見渡すと、開いた窓が目に入った。近寄って、外を覗いてみる。 「ん、なんだシルビナ、起きたのか」 声が上から降って来た。見上げれば、屋根の上にヴァンの姿があった。 「あきれた。どうやってそこに登ったの?」 「どうってことねえだろ。普通に上がっただけじゃん」 「あなたの身体能力、おかしいわね」 「そうでもねえって。シルビナもこっち来るか?」 ヴァンが手を差し出す。シルビナはその手を握ると、屋根の上に引き上げてもらった。 そのまま、二人で空を眺める。 星が綺麗だった。無数の瞬きが自分たちを見下ろしている。 「……何を考えていたの?」 シルビナはそっと問いかける。ヴァンは、すぐには答えなかった。 空白の時間。そののち、ヴァンは答える。 「決闘ってさ。乱暴なんかな」 言葉はいつもの調子。だが、いつもと同じではないと、シルビナは気付いていた。 「今までさ、そんなこと……、考えたこともなかったんだよ。決闘は決闘で、そりゃ痛いけどさ、勝ったら嬉しいし、勝とうとするのは楽しい。アルウェズも喜んでくれてたから、オレ、おかしなことって思わなくて……」 そう、声が震えている。 それは、決して夜半の肌寒さがもたらしたものではない。 だからこそ、シルビナはヴァンをそっと抱き留めた。 「大丈夫よ。あなたは間違っていない」 「……シルビナ」 揺れる声を耳にしながら、シルビナはそっとヴァンの耳にささやきかける。 「あなたは、アルウェズのために戦ってるって聞いたわ」 「――エクレアから?」 「ええ、ごめんなさい」 「いや、いいよ。オレも隠しているわけじゃない。聞かれないから、答えないだけで」 そんなこと、誰も疑問に思うはずがない。 ヴァン・レクサスは無類の決闘好きで、田舎から出てきた常識知らずで、だからこそ決闘にこだわるのだと。誰もがそう思う。 でも、実際は違った。彼は、きっと誰よりも純粋で、やさしいのだ。 「あなたが、強くなること。そうやって、アルウェズの信者を増やすこと。立派な夢よ。間違ってなんかいない」 名前を呼ばれ、小さな神が飛び出してきた。 燐光をまき散らしながら、アルウェズはヴァンの頭に乗る。そして、にこりと笑った。 ヴァンは、そんな自分の頭に乗った神を思いながら、言葉を紡ぐ。 「アルウェズはさ、すげえ優しい神様なんだ。癒しと薬草の神――決して、争いが好きってわけじゃない。でも、争いがなきゃ、アルウェズは必要とされない。だから、アルウェズは自分が消えることにも抵抗しなかった。自分が生きるためだけに争いを起こすなんて、そんなことは微塵も考えなかった」 自分が生きるために、争いを引き起こす神がいる。 一方で、争いを起こしたくなくて、自らこの世を去ろうとする神もいる。 それは、神などという言葉ではくくれない、それぞれの思いだ。 「アルウェズは、争いが好きじゃない。でも……、傷ついて、倒れて、それでも努力する奴をないがしろにするような奴でもない。アルウェズは、夢を応援してくれる神なんだ」 ヴァンの顔にすり寄った小さな神。その頭を、ヴァンは優しくなでてやる。 「オレ、ちいちゃい頃からこいつと一緒でさ。妖精を作るような力もなかったこいつと一緒に育って。……そして、アルウェズに命を助けられて。だから、こいつを助けようって思ったんだ。家族を助けたいって、そう思うのと同じかもしれない」 「うん。あなたは、正しいよ」 シルビナもまた、ヴァンの横に顔を持ってくる。アルウェズと正面から顔を合わせた。小さな神は、シルビナを見て笑ってくれた。 「ねえ、ヴァン。私……」 その笑顔を見たら、シルビナは、自然と言葉を紡いでいた。 「私、あなたの夢を応援したい」 「――いいのか?」 「いいの」 ヴァンの質問には万感がこもっていて。 それでもシルビナは、しごく当然とばかり、頷いてみせた。 「クルックス」 呼ばれ、小さな猫――シルビナの妖精が顔を出す。 「私、改宗するわ」 猫は小さく頷き、そっと目を閉じた。 遠く繋がる、神様との交信。短い時間を終えたクルックスは、アルウェズを見やった。 女神はクルックスに寄り添うと、その頭をそっとなでる。すると、一人と一匹を淡い光が包み込んだ。 思いと思い。二つが重なり、溶け合い――。 やがて、光が消えてなくなった時には、クルックスも姿を変えていた。 虎縞模様は消えてなくなり、全身を白色の毛並が覆っている。白猫は、そっと主にすり寄った。 「クルックスも……、認めてくれたのか」 「ええ。きっと、餞別ね」 新たに生まれた、アルウェズの信徒。 二人を照らす星々は、笑いかけるように瞬いていた。 |