いつもの奨励会館から歩いて幾ばくか。
 茶色い外壁の建物が見えてきたところで、シルビナが言う。
「あれが連盟の本部」
「ふうん。そうなのか」
 古びた建物だった。奨励会館の建物に負けずとも劣らない。違うところと言えば、向こうは入口がひとつきり、建物の中にも奨励会しかないのに対し、ここは3階建てのフロアそれぞれに、違う家主がいることだ。看板には、1階が決闘連盟本部、とある。
「ここか。それにしても、あんな立派な建物があんのに、なんで本部は違うところにあるんだ?」
「あそこは奨励会の建物。こちらはプロを中心とした、決闘者連盟の本部。意味合いが少し違うわ」
「はあん、そうなのか」
「もっとも、奨励会は連盟の下部組織だから、こちらが本家ね。ミーナさんも、連盟の職員よ。奨励会専門ではあるけれど」
「ややこしいな、おい」
「ヴァンにはね」
 1階の扉を開くと、小さい受付があり、奥は完全な事務スペースとなっていた。奨励会館とは違い、ただ事務を行うだけの場所なのだから、道場は必要ない。室内には10人弱の人間が行ったり来たりをしている。
「ここが連盟本部。ここでプロの試合を組んだり、タイトル戦の日程を調整したり、試合会場を押さえたり……。色々なことをするわ」
「なるほどなー」
「もっとも、今日の目的はこっちだけ」
 シルビナに先導され、ヴァンは建物の中を進んで行く。腰高のカウンターまで来たところで、シルビナはそこに座る事務員に話しかけた。
「こんにちは。プロ試験の申し込みをお願いします。2名分」
「はい、では願書にご記入ください」
 事務員が差し出してきた書面を受け取り、シルビナは1通をヴァンに手渡す。
「これがプロ試験の願書。名前と、師範の名前に住所……。全部わかる?」
「字くらい書けるっての」
 それでもシルビナに教わりながら、ヴァンは必要事項を埋めていく。
 それは、プロ試験を受けるための書類だった。プロ試験は例年通り、1ヵ月後から始まる。今年の奨励会枠はアリスと、僅差でライゼルが獲得していた。なので、ヴァンやシルビナは、一般枠からの参加となる。
 申込期間は今日から1週間。レギュレーションは、申し込みが締め切られた翌週に発表される。
 必要事項を埋めたところで、受付に願書を渡し、手数料を支払う。ヴァンは金を持っていないので、カンナから預かった金だ。
 お金について気にすることはないとは、カンナの言。
「さて、これで申込みは完了。あとは実戦だけね」
「おう! でも、ルールはこれから発表されるんだよな?」
「そう」
 シルビナは小さく頷いた。
 プロ試験のルールは、毎年変わる。奨励会ではスタンダードルール――荒野での一騎打ちが基本だが、プロ試験では、森林での決闘や仮想都市での試合、雨中戦などのコンディションが悪い条件での試合もある。それは、様々な人物をプロにすることで、決闘界を盛り上げようというこころみだ。
「じゃあま、ルールを楽しみにして、試合するか?」
「そうね、帰ってスタンダード以外のルールも……」
 そんなことを話していると、荒々しく扉が開き、一人の女性が飛び込んでくるのが目に入った。
「……? なんだぁ?」
 中年の女性だった。吊り上がった眼差しに、細縁の眼鏡。すらりとはしているが、化粧が厚く、とにかく全体的に攻撃的な雰囲気。とかく、話しかけたい人物ではなかった。
 女性はまっすぐ受付に向かうと、
「ちょっとあなた、責任者を出しなさい」
「は? あの、どういったご用件で……」
「とにかくあなたじゃ話にならないから責任者を呼びなさいって言っているのよ!!」
 ヒステリックな声に、思わず受付の事務員は表情をゆがめ、慌てて立ち上がる。だが、彼女が駆けだす間もなく、壮年の男性が寄ってきた。
「連盟本部のグレアムと申します。失礼、何か?」
「あなたが決闘の親玉ね? 即刻、決闘を禁止なさい」
「決闘を、禁止?」
「そうよッ!!」
 バン、とカウンターを叩き、女は続ける。
「あんな野蛮な遊び!! 信じられないわ、異空間とはいえ、実際に痛みもあるんでしょう!? なのに殺したり、殺されたりなんて!! 子供にそんなことをさせて、恥ずかしくないの!?」
「失礼、ご婦人。決闘連盟はプロ決闘を管理するための組織でして、決して子供の遊びに口を出すつもりは……」
「同じことでしょうッ!! あなたたちみたいのがプロだなんだと! そうやってもてはやすから、子供が調子に乗るんです! 大人が一生懸命になって人を傷つけるのは悪いことと教えておきながら、決闘では殺しをしていいですって!? 冗談ではないわ!!」
「しかしですね、決闘は歴史のある神楽という側面があり……」
「だからなんです!! 今どき、神など居ても居なくても同じでしょう! それに、人殺しを捧げられて喜ぶ神なんて、そんなもの死神じゃない!!」
 わめきたてる女は止まらない。グレアムもまた、女を止める言葉を見つけられないでいるようだった。
「あなたたちのせいで、うちの子供が決闘をやり出して! あげくプロになりたいなんて言うんですよ!? 冗談じゃないわ、私は子供に人殺しをさせたくて産んだんじゃないわ!!」
「人殺しとは大げさな。異空間で負けたところで、現世に戻れば支障は一切なく……」
「異空間では痛みもあるのでしょう!! そうでなくても人を傷つけているのでしょう!! もし異空間と現世の区別がつかなくなったらどうするつもり!? 現世で殺人が助長されるかもしれないのよ!?」
「そんな馬鹿な。まっとうな人間ならば、現世とゲームの区別はついているはずで」
「そんな人間ばかりとは限らないでしょうッ!!」
 ひたすらわめきたて、机を叩く女。あっけにとられていたシルビナは、ふっと気がつき、ヴァンの様子をうかがう。
 ヴァンは、真剣な面持ちで女のことを見ていた。
「ヴァン、行こう」
「……ああ」
 ヒステリックな声を背に、ヴァンとシルビナは連盟会館を後にした。