河原から場所を移し、近くの茶屋へと移動したシルビナとエクレア。
 二人の前には湯気の立つティーカップがあったが、どちらも口をつけようとはしなかった。
 エクレアは対面に座るシルビナをにらみ、口を開く。
「アルウェズは知っているでしょう? ヴァンの連れている」
「ヴァンの妖精ね」
「違う」
 エクレアは首を横に振り、続ける。
「アルウェズは妖精じゃないわ。神様よ」
「神様……、えっ!?」
「やっぱり気づいてなかったのね。ま、普通は区別なんかつかないかもしれないけど。アルウェズは、ブリギットとかと同じ。治癒と薬草の神よ」
「でも……、神様を連れた人間なんて」
「普通はいない。それはね、神様側の理由よ。特定の誰かが妖精みたく連れている神様に、信者なんかできると思う?」
「……それは」
「神様にとって信者は生命線よ。信者はなんとしても増やしたい。だから神っぽくふるまうし、特定の誰かに入れ込んだりもしない。けど、アルウェズは別。アルウェズの信者は……、もうヴァンしか残っていないのよ」
「どうして?」
 エクレアは鼻を鳴らし、
「死んだのよ。みんなね」
「死んだ……?」
 エクレアは小さく頷く。
「アルウェズは治癒の神。もともと戦争でもあった時には、たくさんの信者がいたらしいわね。でも、現代じゃ戦時ほど怪我人なんて出やしない。それに、小さな怪我だって、薬草なんか使わず、魔鉱製品で作った医薬品を使うわ。いろんな動物や植物から抽出した成分を混ぜ合わせた薬。それはアルウェズのつかさどる薬じゃない。そんな薬が溢れて、本当に傷を癒すだけのアルウェズは、どんどん力を失っていった」
「……」
 ふと、シルビナの脳裏に、モリガン派の顔が浮かんだ。
 消えゆく神。現代において、それは思いのほか、多いのかもしれない。
「その中で、ヴァンと両親は、アルウェズの信者だったらしいわ。数少ない信者。アルウェズは、ヴァンの家族と共に過ごしていた。残った命を、自分の信者と共に過ごす……。弱った神としてはよくあることよ」
「それで?」
「まだ、あたしが田舎に行く前の話だから、聞いた話になるけど。ヴァンの住んでいた村はね、山の中にあるの。そして、ある時、長雨の影響で地盤が緩くなって……、土砂崩れが起きた。ヴァンの家も飲み込まれたわ」
「……ヴァンの両親は?」
「即死だったって」
「……」
 ヴァンも、両親を失っていたのだ。
 思えば、あんな無茶を、まっとうな両親が許すわけもない。泊まるところもなく、金も持たないまま、都市に行くなど。
 ヴァンには、止めてくれる人もいなかったのだ。
「ヴァンもまた、命を失いかけた。けど、かたわらには治癒の神であるアルウェズがいた。……後は、わかるでしょ」
「まさか……、神様の奇跡を?」
 神は、己のつかさどる分野に沿って、現世でも魔法を使うことができる。
 しかし、それは大きな力を持つ神様だからこそ。弱小神は、そもそも行使するだけの魔力を持っていない。
「アルウェズは奇跡を使い、自分の信者を助けた。それだけよ。問題なのは、アルウェズにいくらも力が残っていなかったということ。今となっては、あの妖精みたいな小さい姿を維持するのが精いっぱいなのよ。それこそ、いつ消えてもおかしくない」
「いつ、消えても……」
「だからヴァンは最強を目指しているのよ。強くなって、自分を真似する人が増えて、自分と同じ神様を信奉する人が出て……。信者さえ増えれば、アルウェズは力を取り戻すし、安定してこの世に顕現し続けられるわ」
 ようよう、合点がいった。
 ヴァンが最強を目指す理由。あそこまで決闘に入れ込む理由。
 さらに言えば――他人に親身になるのも、あるいは、決闘を好きになって欲しいからかもしれない。それは、さすがにうがった見方かもしれないが。
「……そう、じゃあ、改宗は? あなた、アルウェズの信者ではないでしょう」
 改宗とは、信奉する神を変える儀式のことだ。
 基本的に、生まれた子はみな、神様に祈りを捧げ、その信者となる。言うなれば、生まれた時に、信奉する神を決められているのだ。
 だが、生きていく中で、別の神を信奉したくなることはあるだろう。そんな時、神を変える儀式を、改宗と呼ぶ。
 対するエクレアは、
「あたしはブリギットの信者。それに、改宗なんて簡単じゃないわ。あれは、心の底から信奉する神が変わらなければいけないの。あたしはヴァンが好きだけど、別にアルウェズに対して特別な想いなんかない。そんなんじゃ改宗の儀式をしたところで成功しない」
「そういうこと……」
 都市で、改宗をする者は少ない。
 はっきり言ってしまえば、普通の人にとって、神様などたいした違いはないのだ。どの神を信奉していたところで生活には大きな影響などないし、神の加護は得られている。
 ましてや、弱小神であるアルウェズを信奉してくれと言ったところで、誰も耳を貸さないだろう。
 だからこそ――あの時、モリガン派の男たちは、争いを引き起こそうとした。改宗が簡単ならば、そうしていたはずだ。彼らには、あれしか方法がなかった。同じことだ。
「さ、もういいでしょ」
 エクレアは立ち上がる。長い髪を払い、シルビナを見据える。
「あんたが何を考えるのかは勝手だけど。簡単じゃない」
「わかってるわ。でも、ありがとう。話してくれて」
「……あんたは、ヴァンの夢、手伝うの?」
 エクレアの問いかけに、シルビナは頷いていた。自分でも意外なほど、素直に首が動いていた。
 そんな少女を前に、エクレアは鼻を鳴らす。
「ふん。あたしは、あんたが嫌いよ」
 続けて、明後日の方向を眺めながら言う。
「でも……、あたしじゃ、ヴァンの手伝いはできない。あたしの戦い方は、相手の心を砕くようなものだって言われたことある。相手が決闘をやめちゃうようじゃ、信者なんか増えない」
 だから、とエクレアはこぼす。
「ヴァンは、あんたに預ける」
「……エクレア」
「ヴァンの夢。叶えてあげて」
 机に小銭を置き、エクレアは店を出て行った。
 すっかり冷めてしまった紅茶を眺めながら、シルビナはぽつりとこぼす。
「――ありがとう」

◇ ◇ ◇


 シルビナも店を出ると、ちょうど通りを見知った顔が通りかかった。
「ヴァンってばあ〜り〜え〜な〜い〜! 女の子を泣かすなんて!」
「だー、うっせ、うっせぇ! てかなんでお前ら揃ってんだよ!?」
「ヴァン君、そういうの男らしくないよ!」
 ヴァン・レクサスに、プリム、ミーナ、アリスの女子三人組。とはいえ、ハーレムとはなかなか言いがたい雰囲気。
「あ、シルビナ! 頼む、助けてくれよ! こいつらさっきからこの調子で……」
 本気で助けを求めているヴァンに、シルビナは思わずくすりと笑った。
 決闘の時はあんなにも頼もしいのに、今はこんなにも頼りないなんて。
「ほらヴァン、まだ話は終わってないよ!」
「オレは話なんかねえっての!!」
 喧嘩するヴァンたちをよそに、シルビナは笑いが止められない。
 ああ、認めよう。
 自分は――こんな少年から、離れられない。
「ヴァンにも事情はあったんでしょう」
「そ、そうだよ、そうなんだよ! てか本当のこと言っただけだぜ!?」
「あ、シルビナまでヴァンの肩を持つの!? ダメよそういうの、男を甘やかしちゃ!」
「知るかぁぁぁ!」
 叫ぶヴァンの手を取り、シルビナは少年を見つめる。
「大丈夫よ。私が味方してあげるから」
「シルビナ、弟弟子を贔屓するの!?」
「もちろん」
 いつしか、自然に笑えるようになっている。
 自分ですら気づかぬまま、シルビナはころころと笑っていた。