「……エクレア」
 ヴァンはエクレアの瞳をまっすぐ見つめる。エクレアの瞳に映る自分を見ながら、続ける。
「オレは、お前のこと、好きじゃない」
 はっきりと、きっぱりと告げる。
 徐々に、その意味がエクレアの中に染みわたっていく。
「どう、して?」
 開いた口は、思いのほか掠れた。
「オレは、決闘が好きさ。他にねえってくらい。オレが今も生きているのは、決闘のため……、アルウェズのためだ」
 名前を呼ばれ、ひょこり、と小さな少女が姿を現す。
 手のひらに乗るほどしかない少女はヴァンを見上げ、にこりと微笑む。
「オレにとっては、それが全部なんだよ。だから、決闘ってとても大事なんだ。だけど、お前はそうじゃない。お前にとって決闘は遊びで、自分の強さを誇示できるゲームでしかない。相手を打ちのめして叩き潰して、それで終わりだろ。それは、オレの目指す決闘じゃない」
「そ、それは」
「オレは強くなりたいさ。だけど、強いだけじゃ意味がない。お前の強さは、オレの目指す強さじゃない。決闘をバカにしているお前は……、嫌いだよ」
 はっきりと告げられ、ようようその意味も理解できたのだろう。
 エクレアは、目尻に涙を浮かべていた。
「ひどい、よ。ヴァン。あたし……」
「ひどいのはどっちだよ。お前、今までどれだけの相手を潰してきたんだ」
「うぐっ……、ヴァンのバカッ!!」
 パン、と乾いた音が響く。
 エクレアは立ち上がると、そのまま駆け出した。ヴァンは、追いかけなかった。
「……」
 おろおろとヴァンを見上げるアルウェズ。その頬を、ヴァンは優しくなでる。
「ごめんな。でも、オレ、やっぱり嘘はつけない。そのために、オレは生きているんだ」
 小さな少女はヴァンの手に乗り、その顔をじっと眺めていた。

◇ ◇ ◇


 ムチャクチャに駆け続けたエクレアは、列車の橋梁近くで足を止めた。
「はぁ、はぁ……」
 息が切れる。ここまで走ったのは久しぶりだ。
 アストラルサイドでは、この程度、どうということはないのだが。向こうでどれほど優秀であろうとも、現世では、普通の少女でしかない。
「はぁ……、うぐっ」
 拳を握る。その耳に、じゃり、と音が聞こえる。
 振り向けば、そこには怜悧な眼差し。
「無様ね」
 シルビナ・ノワール。その顔に、エクレアの中で怒りが沸騰する。
「何の用」
「私と決闘しない?」
 ひょい、と猫型妖精を肩に乗せ、シルビナは小首を傾げる。
「私たちには、これしかないの」
 静かに言うシルビナに、かえって怒りが湧いた。
「……今度は手加減しねえぞクズ」
 沸騰する気持ちを胸に、エクレアは腕を突き出す。そこに、妖精が絡みついた。
「転移!!」
 吼えると同時、世界が暗転した。
 意識は異空へ。
 アストラルサイドに転移したエクレアは、同じく続いてきた少女を前に、ナイフを握りしめる。
「今度は、ムチャクチャに切り刻んでやる!!」
 叫ぶと同時、突撃。遅れて開戦の合図が鳴り響く。
 突っ込むエクレアを前に、シルビナは剣を構えるのみ。
「はッ!」
 力任せに剣を弾く。がら空きの胴体に向かって、左のナイフを突き出す。
「……」
 腹に刺さる。そう思った直後、目の前の敵が消える。
「ッ!?」
 違う。半身にずらしただけだ。
 攻撃のタイミングを逃したエクレアは、反射的に距離を置いた。雷神の異名は伊達ではない。攻めるも自由なら、かわすも自由。全ての挙動、その優先権を握るエクレアにとって、相手の反撃など存在しない。
「さっきは驚いたけど、二度は通じないわ。私も奨励会員よ」
「だから、どうしたァ!!」
 奨励会。プロ。そんなもの関係ない。
 あたしは誰をも喰い尽くす!
 まさに猛獣の勢いで、エクレアは跳びかかる。ジグザグの挙動。だが、シルビナはそれを目で追いかけていない。
「あなた、スピードは速いけれど」
 エクレアの突き出すナイフの連撃。それを、今度は正確に受けてくる。障壁によるガードではない。剣と手甲を活用した格闘技だ。
「ヴァンと違って、挙動は直線。途中で変わりもしない。ただ早いだけ。目が慣れてしまえばかわせる……、手品の類と同じよ」
「ほざけッ!!」
「あなた、魔力をちゃんと見ている? ヴァンは魔力を踏み台に、挙動を途中で変化させる。だから読みにくいし、捉えられないのよ」
 ガンガンガン、と火花が飛び散る。だが、本体は捉えられない。
 エクレアの刃は、シルビナまで届いていない。
「それに、ヴァンはもっと冷静だわ。相手の攻撃、挙動、それらを見極め、最も可能性のある道をつかみ取る。だから、彼は強い……。どこまでも強くなる」
 シルビナの剣が動く。
 下からの斬りあげる一撃。突撃していたエクレアは回避しきれず、打点が重なる。なんとかナイフで防ぐが、パワーが足りない。
「ッ!」
 ナイフを弾かれ、足を止めたエクレア。局所型にとって足を止める行為は、自殺に等しい。
「ふッ!!」
「くッ!?」
 エクレアをつかんだシルビナは、力任せに少女の体を地面に叩きつけた。防御をしていないエクレアにとって、そのダメージは甚大だ。
「あがッ……!」
 口から血を吐き、初めての苦痛にエクレアはあえぐ。
「痛いでしょう、苦しいでしょう。決闘とはそういうものよ。私たちは、そんな戦いに魅せられた……、頭の狂った連中なのよ!!」
 シルビナの放つ、渾身の斬撃。地面に寝転がった体勢のエクレアはかわすこともできず、ナイフで受ける。
 静止はほんの一瞬。次の瞬間には鋼鉄のナイフが断ち斬られ……、エクレアの胴をまっぷたつにしていた。

◇ ◇ ◇


 現世へと強制転移させられたエクレアは、ぺたんと地面にしりもちをついた。
「負け、た……? このあたしが?」
「そうよ」
 見上げれば、あの怜悧な眼差し。
「……なんで、あたし、負けたの?」
「あなたは決闘に真摯じゃなかったから」
「真剣だったよ」
「足りないわ。あなたにとって、決闘は遊びなのでしょう? でも、私たちは違う」
 シルビナは顔をあげた。その視線は、河川の向こう――そこに広がる、都市の街並みを見つめている。
「あなたも都市出身ならわかるわね? 決闘は子供の遊び。趣味としてたしなむ人はいても、誰も本気になどならない。そんな、子供の遊びに……、本気で取り組んでいるのが、私たちよ」
「……」
 子供の遊び。そう揶揄されてしまえば、普通の人は真剣に向き合わなくなる。
 だが、それでも好きなものは好きなのだ。真剣に、ただ勝利だけを見据え、勝ちに行く。そのことに、どこまでも全力になれる者もいるのだ。
 それが、彼ら。決闘者。
「――負けた」
 ばたり、と地面に寝転がる。下草が頬を撫でる。
「あたしの負けよ。それでいいんでしょ?」
「じゃあ、ひとつだけお願いをするわ」
「何よ、もうヴァンに付きまとうなって?」
「それを言うべきは私ではないわ。私からのお願いは別。ヴァンのこと、教えてくれる?」
「……ヴァンのこと?」
 シルビナは小さく頷く。
「ヴァンは私たちのことをよく考えてくれているわ。決闘もすごく楽しんでいる。でも、昔の話や、どうしてそこまで決闘に入れ込むのか、そういうことは話してくれたことがない。でも、あなたは知っていそうだったから」
「なんであたしが、あんたなんかに教えなきゃいけないの」
「勝者の言うことは聞くものよ」
 シルビナの言葉に、エクレアは小さく舌打ちした。