プロ試験には午前の部と午後の部がある。勝敗を記録する関係上、また、不正を見逃さぬため、各試合には立会人がついている。その人数には限りがあることから、1日のマッチングは午前と午後に分けざるを得ないのだ。
 午後、アリスの試合があると聞き、すでに試合を終えたヴァンたちはその観戦に向かうことにした。
 中継妖精の能力を借りた、現世での画面観戦。画面には、すでに荒野が映し出されている。
 そんな画面を見ていると、
「お、ゼル」
「はろはろー」
「よう、ヴァン。お前らも来たのか」
 ゼル・ロッシェとプリム・ローゼンだった。彼らも午前中で試合を消化したらしい。
「どうだよ、調子は」
「まあまあだな。そっちは?」
「はん。余裕だよ」
 ぐっ、と力こぶを作ってみせるゼルに、プリムは肩をすくめる。
「どこがよ〜。まっさきにやられたくせに」
「うるせえな。俺が削ったから、お前が二人同時に撃破できたんだろうが」
「そうだけど〜」
 どうやら、ゼルたちもなかなかの戦績を残しているらしい。この二人、なかなかどうして、相性も悪くないのだろうか。
 心中で拳を握ったヴァンは、目の前の試合に意識を戻す。
 荒野の最中に、アリス・ヴァイスラントの姿がある。かたわらには、彼女を守る騎士がごとく、ライゼルが控えている。対戦相手は――。
「竜王、か」
 ゴドウィン・ブルーノ。永世竜王。
 そのかたわらには、エクレア・フレイガンの姿もある。
「エクレア、参戦してるのは知ってたけど……。どういうつもりなのかしら」
「さあ。わけわかんねーしな、あいつ。ヴァン、何か聞いてるか?」
「いや。でも、理由はわかると思うぜ」
 あの二人が参戦する理由など、ひとつしか考えられない。
「遊んでるんだ。あいつらは」
「遊んで……?」
「そうさ。あいつらは、戦いを楽しみたいんだ」
 ヴァンは真剣な面持ちで試合を見つめている。
 ゴドウィン・ブルーノはアストラルサイドにおいても、防具は一切装備していなかった。タンクトップから鋼のような肉体が覗いている。体の前で威容を発しているのは巨大な戦斧だ。
 一方で、エクレアは以前と同じ。両手にナイフを持ち、露出の多い格好をしている。スピード重視の近接戦狙いだろう。
 と、エクレアはとことこと後ろに下がり、そのままあぐらをかいて座り込んでしまった。
「おいおい、アリス相手に、協力しねえつもりか?」
 驚く観戦者たちをよそに、対戦者たちは互いをにらみ合っている。
『どういうつもりよ! 1対2でやるつもり!?』
 アリスが声を張り上げると、負けじとばかり、ゴドウィンも返す。
『その方が面白いだろ! いいからかかってこいよ、ガリアんとこの小娘!』
『小娘、ですってぇ……!』
 怒り心頭のアリスは、両手にナイフを構えた。
『その大言! 後悔させてやるわ!!』
 開戦、同時にアリスは突撃する。
 対するゴドウィンは、動かない。
「おいおい、棒立ちで……」
 ゼルの感想さえかき消す勢いで、アリスの斬撃が繰り出される。
『ッ!!』
 ガツン、とぶつかる刃。その刃筋が、刺さらない。
「な、なんだありゃあ!?」
「あれがゴドウィンのすげえところだよ」
 最も驚いているのは、対戦しているアリスたちのようだった。
『ほん、とに……! 冗談じゃないわ!!』
『おいおい、冗談なんかじゃねえぜ!? その程度か!!』
 吼えるゴドウィンと、攻めるアリス。
 だが、斬撃はことごとく刺さらない。防具があるわけでもないのに――。
「なんだあれ、どうなってんだ!?」
 はたから見ているゼルもまた、混乱していた。防具で刃を弾くというのならば、まだわかる。だが、彼はただ棒立ちしているだけだ。
 アリスは武器を切り替え、両手剣を顕現し、攻撃する。だが、ゴドウィンはまったく動かない。どこを狙っても、どこを刺そうとしても、まったく傷つかないのだ。
「異常……、だわ」
 試合を見守っていたシルビナは青ざめる。プリムは隣を見やり、
「なになに!? シルビナも気づいたの!? なんなの、あれ?」
「あれは……、障壁よ。魔力障壁で攻撃を完璧にガードしている」
「んなバカな!? あんだけ攻撃を障壁でガードしてりゃ、魔力が持たねえだろ!」
「だから、完璧に、なのよ。あらゆる攻撃を、ちょうどいい魔力で、しかも点で受けている。魔力を消費するのはほんの一瞬、しかも過不足がない。あれじゃあ、攻めている方が無駄に魔力を消費しちゃう……」
 敵からの攻撃を、まったく過不足のない魔力量でガードする。
 それがどれほどの離れ業か、決闘に携わる者ならば、即座に理解できる。
 そも、戦いの中で、相手の攻撃を受けるというのは至難なのだ。恐れることなく相手の攻撃を見切り、しかもそこに込められている魔力を完全に理解し、自分のどこに当たるかを把握したうえで、完璧にガードする。
 そんなのは、人間業ではない。
「化物かよ……」
 彼が永世竜王となった理由。今ならば十分に理解できる。
 あらゆる攻撃を完璧にガードされれば、どんな決闘者といえど分が悪い。もちろん、理屈の上では最強だ。だが、それを達成できる者などいない。だから、あくまで机上論でしかなかった――。
 それを現実に成すのが、ゴドウィン・ブルーノという男なのだ。
「おっさんは、相手の攻撃をなんとなく見極めるんだ。でもって、なんとなくでかわしちまう。天才とか、そんな言葉じゃ済まねえ。オレも、おっさんには一度だって勝てたことない」
 ヴァンは言う。彼の言葉も、あながち笑い飛ばせない。
 現実で夢のような光景を見せられているのだ。もっとも、対戦相手からすれば――悪夢以外の何物でもないだろうが。
『アリス!』
 その間に術式が完成していたのだろう、ライゼルは杖を振るった。
 ヴァンを追い詰めた、あの超竜たちが召喚される。それを見て、ゼルははたと膝を叩いた。
「そうだ、あれなら……! あれなら、使った魔力以上の攻撃をぶち込める。それなら倒せるぜ!」
 快哉をあげるゼルをよそに、竜たちの咆撃!
『斉射!!』
 一斉に放たれるブレス。と、対するゴドウィンは、ゆっくりと斧を持ち上げた。
『はッ!』
 気合一閃。振るわれた斧は、直射のブレスをわずかに割く。その隙間にゴドウィンの巨体が呑み込まれた。
「嘘だろ!?」
「刃筋に魔力を集めてんだ。あんな無駄の多いブレスじゃ、おっさんは貫けねえ……!」
 光が収まったところで、ゴドウィンはにやりと笑う。
『んだよ、その程度か? 拍子抜けだな』
『なによ、じゃあ、これならどう!?』
 アリスは両手の銃を消すと、手を掲げた。その先に、強大な燃え盛る槍が生まれる。
「炎槍『カラミティブレイザー』! いくら障壁でガードしたって……、魔法の熱なら!!」
 投擲。迫る炎槍に、ゴドウィンは笑みを浮かべながら斧を持ち上げる。
『その程度か、よッ!』
 気合一閃。
 振るわれた斧。その刃筋に宿った魔力が、槍を打ち消し、消滅させる。先ほどのブレスと同じだ。
「嘘、だろ……」
「大魔法よ? それを一撃で……」
 さすがのゼルたちも、声が出ない。あきれを通り越して、感動すら覚える。
 永世竜王。アマチュアにして、プロさえ押しのけタイトルを手にした男。その実力は、遥かな高みにある。
『それなら……!』
 銃を顕現したアリスは構え、しかし、ふらりと揺れて倒れた。手にした銃が消えうせる。
「な、なになに!? どうしたの!?」
「魔力切れだな……」
 その症状に見覚えがあるゼルは嘆息した。
「魔力を使い切っちまったんだ。アリスの負けだな」
 倒れたアリスのかたわらにしゃがんだライゼルは、両手をあげた。
『僕には、あなたたち二人を倒すほどの公算も、魔力もない……。降参です。負けました』
 奨励会最強のタッグ。
 それが屈した、その瞬間だった。