|
ヴァンたちは、試合を終えたアリスたちと合流し、帰路に着いていた。 だが、誰も彼も口が重い。今日になって初めてゴドウィンの試合を見たゼルやシルビナなどは、その圧倒的な試合運びに、文字通り言葉も出なかった。 「とんでもないわ……」 ぽつり、と感想が漏れる。 天才などという言葉は、彼のためにあるようなものだ。 相手の攻撃を完全に見切る能力。もはやズルと呼んでしまえるほどの力。 それを、どう攻略しろと言うのか。 「……本物よ、あいつは。ふざけた男だけど、強い」 実際に対戦したアリスは、口惜しさにくちびるを噛む。 「全く歯が立たなかったわ。強すぎる」 あの、負けず嫌いなアリスでさえ、そんなことを口にする。 かたわらを歩くライゼルも、 「このままじゃ、あの人の全勝は揺るがないだろうね……。永世竜王だけであれほどの強さがある。そのうえ、エクレアまで背後にいるんじゃどうしようもない。僕らは、エクレアを引き出すことさえできなかったんだから」 奨励会最強の二人による敗北。それはすなわち、奨励会の敗北と同義だ。 だが、考えてみれば、当然のことでもある。プロでさえ歯が立たず、タイトルを手にしたゴドウィンという男を、プロ未満の奨励会員たちが倒せるはずもないのだ。 「なあ、ヴァン。あの人、弱点とかねえのかよ」 「いや……、ねえな」 問いかけたゼルに対し、答えたヴァンもまた、真剣な表情だ。 「おっさんが負けたとこなんか見たことない。でも、あの人を倒さなきゃ……、最強にはなれねえ」 「最強ったって……」 あきれるゼル。そのパートナーであるプリムは、 「いいじゃない、ゼル。ヴァンはヴァンの好きなようにすれば。あたしたちは、ポイントを稼ぐことを考えなきゃ」 「あ、ああ」 「いい? これはプロ試験なのよ。そりゃゴドウィンさんを倒せればそれに越したことないけど、それは厳しそうだし。あたしたちはエクレアを狙えばいいのよ」 「ああ、なるほど……」 今年のプロ試験は、戦績によって成果が決まる。 当然、二人を残して負けるより、一人でも倒した方が成績は良い道理。 「ゴドウィンさんの退治はヴァンに任せよ。ね、ヴァン?」 「ああ」 頷くヴァンと、不安そうにパートナーを見るシルビナ。 そんな六人を、沈みかけの夕日が照らしていた。 ゼルとプリムがゴドウィン・ブルーノと戦うことになったのは、アリスの試合から二日後。 うまいこと試合時間がずれたヴァンたちは、同じく時間に余裕のあるアリスたちと共に、試合を観戦する。例によって画面越しの応援だ。 「ゼル、エクレアを倒すつもりって言っていたけど……」 「できるの? 彼に」 「ゼルとプリムなら不可能じゃないね。特に、エクレアは局所型で、防御力はないに等しい。スピードこそ一級品だけど、一撃でも与えられれば致命傷だ」 「つっても、エクレアを狙おうとしたら、絶対におっさんが邪魔するぜ。自分が遊びたいんだろうからな、おっさんは」 つまるところ、ゴドウィンの攻撃をかわしながら、エクレアを倒すことを求められているのだ。 厳しいどころの話ではない。アリスたちは最初からゴドウィンを狙いに行ったせいで、彼から攻撃することはなかったが――あれだけ精密な魔力制御を可能とすると男なのだ。加速力や攻撃力とて侮れないのは、もはや見るまでもない。 『っしゃあ、行くぜ!!』 気合十分のゼルは、いつもと同じ格闘スタイル。パートナーのプリムも可愛らしいドレス姿ではあるが、いつもと違い、手にステッキを持っていない。 ゴドウィンは前線で斧を掲げ、エクレアは以前と同じように、後ろの方で座り込んでしまった。 ゼルとプリムは互いに顔を見合わせ、頷き合う。 「始まるぞ」 ライゼルが言うのと、ほぼ同時。 開戦! 『ジオコントロール!!』 同時、プリムは地面に手を突いた。拳の先から魔力がフィールドに行き渡る。 「いいっ!?」 直後、地面が隆起した。ぼこぼことうごめき、地中から飛び出してきたのは――木の根っこ。 「な、なんだありゃあ!?」 「ジオコントロール――フィールドを別のルールに変える魔法だ。魔力消費が大きすぎて、普通は使わないけど……」 見ている間にもフィールドが樹木に覆われ、密林となる。大密林ルール。荒野フィールドと違い、周囲の樹木を足場に、身を隠しながら互いを狙い合うフィールドだ。 「あれだと遠くから攻撃するのは難しいから接近するしかない。でも、なんでよりによって密林なんだ? エクレアもゴドウィンも接近戦タイプ、プリムが得意の中遠距離攻撃が届かなくなるじゃないか」 「いや……、違うわ。それが狙いじゃない!」 画面には、両手で炎を握るゼルの姿が映りこんでいた。 『覚悟できてっかぁ!? 行くぜ、フレアだ!!』 フレアバースト。自分の周囲に火球を生み出し、周囲を焼き払う攻撃魔法。 それを密林のど真ん中で放てば、当然――。 『いいねえ、お前! 気が狂ってるぜ!!』 ゴドウィンが吼える。 密林で炎を撒けば、当然、大火災が生まれる。呼吸すら恐ろしいほどの火炎に包まれるのだ。それはもはや、放った当人にさえコントロール不能の大火災。 『あっぶないわねぇ!』 そうなれば、エクレアとて後ろでただ控えているわけにはいかない。もはや安全地帯などないに等しいが、じっとしていることは、局所型にとっては死ぬことと同義だ。 『ガードしなきゃ死ぬぜ! サモンウルフ!』 そこでさらに炎狼を召喚するゼル。 周囲の熱波は、自分自身を障壁で覆うことで、ある程度はガードできる。ゴドウィンなどは、最低限の障壁ですでに全身を覆っているようだ。一方で、足や武器にしか魔力を宿していないエクレアは、苦戦している。 『熱いじゃない!』 怒りに猛ったエクレアは、ナイフを手に突撃した。迎え撃つのはフィールドの熱波など関係がない炎狼たち。 『邪魔!』 剣閃が狼たちを切り裂く。その間にも、ゼルは次の手を打つべく動いている。 『ッ!』 狼たちに反撃するということは、動きが限定されるということだ。その動きを先読みし、コントロールできれば――超速度のエクレアとて、捉えられる。 『せえッ!』 『ッ!』 紙一重でゼルの拳をかわすエクレア。さすがのスピード、先読みされたところで、その攻撃すらかわしてしまう。 だが、体勢を大きく崩した状態。そこを狙う連続攻撃! 『キラキラスプラッシュ!!』 プリムの魔法攻撃だ。炎によって見通しの良くなったフィールド、そのかげに潜んでいたプリムによる中遠距離の魔法攻撃。 『ぐッ!?』 いくらかはかわしたエクレアだったが、さすがに全てを回避することなどできない。そこに、 『でえりゃあ!』 続くゼルの攻撃。かわしきれず、クロスした腕を貫く勢いで拳が刺さる。 『がッ……!』 エクレアの障壁はほとんどないに等しい。結果、ゼルの攻撃を、ほぼノーガードで受けてしまった。腕が砕け、全身が地面に叩きつけられる。 腕を犠牲にすることで致命傷はかわしたようだが、さすがにもう高速機動はできない。 『っしゃあ、このまま――』 『させると思うかよ、小僧?』 急停止。しかし遅い。 『でええい!!』 ゴドウィンの振るう大戦斧は、一撃でゼルを弾き飛ばす。あまりの勢いに、周囲の炎すら振り払われた。 『ムチャクチャ!?』 慌てて顕現したステッキを構えるプリムだったが、 『おっせえ!!』 超加速で間合いを詰めたゴドウィンは、そのままプリムも弾く。 『きゃん!?』 『ぬお!?』 吹き飛ばされたプリムはゼルと激突し、もんどりうって炎の中に落ちた。 『あっつい!』 全身にやけどを負ったプリムが炎の中から転がり出てくる。その身を覆う障壁が薄い。――もう魔力がないのだ。 魔力消費の大きいジオコントロールを使ったうえ、炎に巻かれぬよう、強い魔力障壁で自分を覆う必要があった。その反動が出ているのだ。 『あたしもうダメ〜!』 『……ここまでだな』 同じく炎から出てきたゼルはまだ余力を残しているように見えたが、さすがに一人でゴドウィンに立ち向かうつもりはないのだろう。プリムを抱きしめ、自分とプリムを障壁で覆うことで、互いを炎から守る。 『降参だ。やっぱりあんたら、化物だぜ』 『はん。まだ何もしてねえっての』 あきれた様子のゴドウィンをよそに、ゼルは肩をすくめた。 |