「惜しかったね」
「そんなことないって。エクレアはなんとかダメージ与えられたけど、そんだけだったし」
 現世に戻ったゼルは、奨励会の仲間たちと合流し、休憩室で昼食を取っていた。ちなみに今日はシルビナが作ってきたサンドイッチと、プリムが作ってきたおかずを囲んでいる。
 休憩室はただ机と椅子が並んでいるだけの場所だったが、他の受験者たちもここで食事にしているようだ。姿が見えない者は、外に食べに行っているのだろう。
 そうしていると、
「あ、こんなところにいたわね!」
「げっ、エクレア」
 つかつかと寄ってきたのはエクレア・フレイガンだ。ゴドウィンは連れていないようだ。
「あなた、もっかい決闘よ! コケにしてくれちゃって、絶対に許さないから!」
「あ!? お、俺か!?」
「当たり前でしょ!?」
「つったって、アンフェスバエナなんだから、二人で一人を狙うのは当たり前だろうが!」
 どうやら先ほどの結果に納得していないエクレアが決闘を申込みに来たようだ。シルビナのサンドイッチをかじっていたヴァンが言う。
「いいじゃねえか、エクレア。決闘してりゃ負けることもあるだろ」
「そんなわけないでしょ! あたしが負けるなんて……! しかも、こんな雑魚に! 絶対に許さない!」
「オレにさんざん負けたじゃねえか」
「ヴァンはいいの。なんなら結婚する?」
「絶対しねえ」
 べーっ、と舌を出したエクレアは、改めてゼルに詰め寄ろうとする。と、その前に小さな姿が立ちはだかった。
「なによ。あんたが先に潰されたいわけ?」
「そっちこそなによ。決闘でしょ? 相手を倒して何が悪いのよ」
 プリム・ローゼンだ。エクレアを見上げ、
「だいたい、いっぺん負けたくらいでごちゃごちゃ言わないでよ。それでも決闘者なの?」
「はぁ? あんた何様よ!」
「決闘者よ」
 バチッ、と火花が散ったような錯覚。周囲も止めようと思うが、二人の雰囲気がヒートアップしていて、とても止められるような感じではない。
 すると、そんなエクレアの背後に、大きな影が立つ。ゴドウィンだ。
「こら、お前はケンカ売って回ってんじゃねえ」
「きゃあ!?」
 まるで子猫をつかむようにエクレアを抱えると、ゴドウィンは面々を見渡す。
「邪魔したな。じゃあな、ヴァン。次はお前だぜ」
「……そう簡単には行かねえよ」
「ああ、その方が面白いよな」
 離せー、と暴れるエクレアを肩に乗せ、そのままゴドウィンは休憩室を出て行ってしまった。残った面々は、互いに顔を見合わせる。
「なんていうか、色々と嵐みてえな連中だな」
「ふんだ。あんなの、どうってことないわよ」
 嘆息するゼルと、頬を膨らませるプリム。
 その脇に座ったヴァンは、ゴドウィンたちが立ち去った出口を、じっと見つめていた。

◇ ◇ ◇


 夜半。ヴァン・レクサスは、屋根の上で星空を眺めていた。
 と、足下の窓からガタガタと音がする。
「ヴァン?」
「シルビナか」
 銀髪の少女が窓から顔を覗かせた。ヴァンが手を差し出すと、素直に上がってくる。
「あなた、星を見るのが好きなの?」
「まあな。田舎じゃずっとこうしてた。ま、他にはなんにもねえしな」
 二人で眺める星空。暗いキャンパスに、点々と光が描かれている。
「山ん中だしさ、住んでいる奴も多くない。できることなんか何もなくてな。子供の頃から、決闘するくらいしかやることなかった。まあ、同年代の子供ってあんまいねえから、遊ぶ相手もいねえんだけど」
「ヴァンの田舎……、フィーロ、だっけ?」
「そう。オレはおっさんとエクレアがいたから、まあ決闘相手にゃ困らなかったけどな。日々の生活と決闘ばっかりしていた気がする」
「ヴァンの故郷……」
 シルビナは目を細め、
「私も、行ってみたい」
「ああ、いいぜ。行くか? なんにもねえけど」
「そうね。でも、きっと楽しい」
 小さく頷いたシルビナは、ヴァンの肩に頭を乗せた。
「――なあ、シルビナ。もうすぐ、おっさんとの試合だよな」
「そうね。勝算は?」
「ない。けど……、可能性はあるんじゃねえか、って思ってる。そのカギは、シルビナだと思うんだ」
「私?」
 目を丸くするシルビナに、ヴァンは頷く。
「オレの技術は、昔よか多少は洗練されてるかもしれねえけど、結局はおっさんも見知った超速攻だけだ。そして、オレの剣じゃ、どうあがいてもおっさんを貫くことはできない。あのバカみたいな防御を突破できなきゃ無理だ」
「でも、格闘主体の私とヴァンでは、そんな方法がない――」
「そういうことだ。剣が刺さらないおっさんを倒すには、こっちがおっさんの予想を超えるしかない。もし、シルビナがオレの作戦に乗ってくれるなら……、オレは、それを最大に活用できるパートナーになれると思う」
 そう言ったヴァンは、頭をかいた。
「普段、頭なんてそんな使ってねえからな、オレは。今回のプロ試験も作戦はシルビナに任せきりだった。だけど、今回だけは、オレが立てた作戦で行きたいんだ。ダメか?」
「ううん。いいよ。ヴァンの作戦」
 シルビナは、静かに答える。
「私、ヴァンになら、安心して身を任せられる。そんな気がする」
「けっこーキツイこと言うぞ」
「格上と戦うのにきつくないはずがないでしょう?」
「そりゃそうだ」
 はは、と二人で笑う。声が重なる。
「勝つぜ。オレたちは勝つ。二人の力で」
「ええ、二人の力で」
 寄り添う二人。そんな二人の姿を見ていたのは、にこにこと笑う小さな神と、真っ白な猫だけだった。