ヴァンがそうしている間にも、皆は自分の妖精と共に、次々と転移していく。ヴァンもアルウェズに声をかけた。
「頼むぜ、アルウェズ」
 小さな少女は頷き、ヴァンの肉体を変性させる。
 アストラルサイド。
 神と妖精の空間であるこの場所でも、現世での物理法則にのっとっている。違いはひとつ。すなわち、空間に多大な魔力が満ちていること。
 アストラルへと転移してきた奨励会員たちは、すでに決闘可能な装備を整えていた。鎧を着こむ者、剣を持つ者、武器などない空手の者。
 それらの中心に立っているのはカンナ・ヴィオレッテだ。彼女は現世でのワンピース姿そのままだったが、一点だけ大きな違いがある。目が開いているのだ。
 アストラルサイドへ転移する際、人間は服装・装備の他、自らの肉体さえイメージ通りに変化させることができる。カンナのようにめしいた人間でも、“見える”自分をイメージすることで、実際に目を復活させることができるのだ。
「揃いましたね。では、対局表に従って、対局を始めてください」
 カンナが手をかざすと、巨大な石版が顕現した。石版には人の名前がずらりと並んでいる。どうやら、それが今日の対戦相手を記してあるらしい。
 方々でよろしくお願いします、と挨拶の声が響き、続いて戦闘が始まった。
 火の粉が舞い、何もない場所から水流が生まれ、人間とは思えない動きで人が跳躍している。
 その姿に、ヴァンも体の内を熱くする。
「いかがですか、ヴァン君」
 いつの間にか、かたわらにカンナが立っていた。けれど、ヴァンは戦いから目を離せない。
「面白ぇ。戦いてぇ!」
「素直ですね。ですが、今日は抑えてください。それよりヴァン君、決闘の基礎知識はどうですか?」
「基礎って?」
「では、決闘とはなんでしょうか」
 カンナの問いかけに、ヴァンは答える。
「アストラルサイドでやる、バトルゲームだろ」
「そうですね、その認識は間違っていません。世間でもおおむねそういった認識でしょう。ですが、決闘の本来的な意味は、神様に奉納する神楽です。戦いそのものを神に捧げる。それこそが決闘の意味合いです」
「ああ、それは知ってるよ」
「ふふ、よろしい。では、決闘のルールは?」
「妖精から魔力を借りて、それが尽きる前に相手を倒せば勝ち」
「正解です。妖精から借りられる魔力を貸与魔力量と呼びますが、これは全員が同じ。すなわち、同じだけの魔力を持つ相手から、いかに優位を取るかという、頭脳戦でもあります。ここで問題になるのは、アストラルサイドでは何をするにも魔力を消費する、という点です。たとえば」
 カンナは服の裾をつまみ、
「このワンピースも、妖精からお借りした魔力で顕現しています。着ているもの、装備する武器、さらにはあのような――」
 地を舐める火炎を指し、
「わかりやすい魔法攻撃も、魔力を消費して行うものです。武器を多く顕現すれば魔法で攻撃する魔力が減り、さらに言えば、自分の体を守る魔力や身体能力を上昇させる魔力が足りなくなります。バランスよく魔力を割り振るのもいいですが、それは器用貧乏になりがちですね。魔力はイメージに従い、どんな形にもなります。よって、できないことはない。その中において、ヴァン君、あなたのスタイルは非常に面白い」
「そうか?」
「ええ。武器はほとんど顕現せず、魔力による攻撃も一切なし。身体強化にのみ全ての魔力を割り振り、防御にすら魔力を消費しない。局所型と呼ばれる、かなり思い切ったスタイルです。そのスタイルはどこで?」
「田舎で覚えた」
「なるほど。あるいは、それが影響しているのかもしれませんね。少なくても都市の子が決闘を知る際、最初に覚えるのは防御です。己の肉体を魔力で覆い、魔力性の攻撃によるダメージを減らすことを覚えます。そうすることで即死をまぬがれるのです」
「いいんじゃねえの、それでも?」
「ええ、それが強くなる早道です。たしかに防御への魔力は相手に何のダメージも与えませんが、そもそも現世で言うところの致死性打撃――心臓への攻撃や大量出血を招くダメージを負っては、それ自体が敗北とイコールです。魔力の枯渇も敗北ですが、それはただちに訪れるわけではない。だからこそ、負けないよう粘るのが定石。なのに、あなたはそれをしません」
 各地で決着がつきだした。勝つ者、負ける者。様々だ。
「あなたの決闘スタイルは、都市の子が定石として覚えるスタイルとかけ離れています。それは、奨励会でも新しい風となることでしょう。期待していますよ、ヴァン」
「……要するに、オレにどうして欲しいんだ?」
 ヴァンの質問に、カンナはにこりと答えた。
「もちろん、決闘をして欲しいのですよ」

◇ ◇ ◇


 一度、現世に戻って小休止を挟んだのち、再び決闘が始まった。
 アストラル空間において、決闘の勝敗を判断するのは、それぞれが連れている妖精だ。自分が貸与した魔力が枯渇した、あるいは自分のパートナーが“死亡”したと判断した段階で勝敗が決する。
 奨励会では、スタンダードルール――今ヴァンがいるような荒野での乱取り戦――が主だ。同じ空間にいるが、互いに離隔距離を取っているので、邪魔になることはあまりない。広いフィールドを、ヴァンは歩いてみることにした。
 もちろん、方々では致死性の攻撃が飛び交っているので、それぞれが戦っているフィールドの際を歩くことになる。
「お、シルビナ」
 歩いていたヴァンは、見知った顔を見つけ、足を止めた。
 シルビナの装備は近接型のようだった。片刃の剣に、肘当てとグリーブ、それにブレストアーマー。装備は簡素だが、そのぶん全身を覆っている魔力量が多い。全身の魔力で防御をしつつ接近し、剣で決めようといったところか。
 対戦相手は少女だった。ゆるく巻いたロングヘアに、黒っぽい軍服のような恰好。手には銃を携え、余裕のある表情でシルビナを見ている。
「では、始めます」
「どうぞ?」
 シルビナが前傾姿勢を取ると同時、相手も動いた。
 相手が銃を構えても、シルビナは構わず突進する。
「また毎度の猪突猛進!?」
 ガガガン、と轟音が響き、少女の銃口から魔力弾が放たれる。それらを、
「へえ……」
 シルビナはかわしもせず、真正面から突っ込んだ。
 弾丸がかすめ、いくつかは直撃するが、シルビナの足は止まらない。
「あんだけ当たれば絶対に痛いよな」
 魔力弾に当たるのは、言うなれば大の男に殴られるようなものだ。もちろん魔力をまとっている以上、相応の防御力はある。鎧を顕現するほどではないが、ダメージは軽減できる。
だが、それでも……、重量のある連撃に殴られながらも走り続けるのは、相当の覚悟が必要になる。
 歯を食いしばりながら突撃したシルビナは、とうとう少女を間合いに捉える。
「はッ!」
「ッ!」
 振り上げる一撃。斬撃を、少女は銃で受ける。ガチンと火花が弾け、少女の体が大きくのけぞった。
「ありゃあ……」
 ヴァンは思わずつぶやく。
 シルビナは伸び切った剣を戻し、そのまま全力で振り下ろし――。
「ッ!?」
 少女の体を、剣がすり抜けた。
 分身。いや、残像とでも呼ぶべきか。刹那、思い切り魔力を練り上げて自分と同じ形を作り、入れ替わったのだ。
 それはすなわち、致命的な隙を生んだということ。
「終わりよ」
 いつの間にか背後に回っていた少女は、シルビナの頭に銃を突きつけ、容赦なくトリガーを引いた。
 シルビナの頭が弾ける。妖精の判断を仰ぐまでもない、決着だった。
「……」
 一部始終を見ていたヴァンは、その違和感に気付いていた。
 決着した少女もまた、現世に戻っていく。ヴァンもアルウェズを呼び、同じように現世へと戻った。