現世では少女とシルビナが互いに礼をし、別れるところだった。
 ヴァンはシルビナに駆け寄る。
「シルビナ!」
「……またあなた?」
 無表情の中にも不機嫌の香り。だが、ヴァン・レクサスはそんなことを気にする男ではない。
「なあ、シルビナ。どうしてさっきの戦い、避けなかったんだ?」
「見ていたの?」
「ああ。お前、実はすげえ目がいいだろ?」
「……」
「アストラルに行った時の身体能力は現世と大差ねえ。魔力で違う自分をイメージしない限りな。それに、生まれ持った動体視力とか直感なんてのは、向こうでも有効だ。お前、実は見えてただろ? あいつの銃弾」
「見えないわよ。見えるはずないでしょう?」
「いや、見えてただろ。だからあんだけ当たったのに突っ込めた。急所を外して、うまいことダメージを我慢できるようにしたからだ」
「それほどまでに見えるのなら、最初から避ければいいでしょう」
「そう、だから、それが不思議なんだよ。お前、どうして避けないんだ? お前の目なら、あんな銃弾、いくらでもかわせただろうに」
「だから、それほど目はよくないし、かわせもしないわ。もういいでしょう」
 迷惑そうに手を振ったシルビナは、そのまま道場から出て行ってしまった。捨て置かれたヴァンは、
「なんだ、あいつ」
「なになに、あなた、シルビナのことが気になるの〜?」
「うおっ!?」
 いきなり背後から抱きつかれ、ヴァンはよろめいた。後ろを振り向けば、ツインテールの少女がにこにこと笑っている。
 ヴァンには見覚えのない少女だった。小動物のように小柄だが、どこかしなやかな――豹のような鋭い感じもする。
「あたし、プリム・ローゼン! よろしくね?」
「あ、ああ」
「それより、シルビナのことが気になるんでしょ?」
「まあな。お前、何か知ってんのか?」
「もっちろん。聞きたい? 聞きたい?」
 にやにやと笑ったプリムは、勝手に続ける。
「シルビナはね〜、あのテロの被害者なんだって!」
「あのテロって?」
「3年前にあったテロ事件よ。って、そっか、あなた地方から出てきたんだっけ? じゃあ知らなくても仕方ないかな〜」
「そんなに有名なのか?」
「もっちろん。都市に出入りする人なら誰だって知っているわよ。あのね、3年前なんだけど、セントリオール駅――都市のちょうど中心あたりにある、政治機能の中枢があるとこね、そこでモリガン派の人が破壊活動をしたの」
「モリガン派って?」
「モリガンってのは、神様の一人。ブリギットとかエスニャとかと一緒。みんな、生まれた時に、神様にお祈りして、その信徒となるでしょう? モリガン派の人は、モリガンの信徒ってことよ」
 都市に限らず、子供は生まれた時に、神にお会いし、その加護を受ける。そして、加護の証として、それぞれの神から分身――妖精をパートナーとして授けられるのだ。
 妖精は、生まれてから死ぬまでの間、特別な事情がない限り、ずっと人生を共にするパートナーとなる。もっとも、決闘をたしなまない普通の人々にとっては、妖精とはただ同じ経験をするだけの幼馴染みたいなものでしかない。
 しかし、神にとって、妖精とは異なる側面を持つ。自分の分身であり、自分の力の源でもあるのだ。
「神様は人間の信徒から、信仰心を力の源として受け取っている。それを伝達する役目が妖精さんよね。でもって、神様にはそれぞれ、自分がつかさどる分野がある。たくさんの信仰を集め、偉大な力を手にした神様は、自分がつかさどる分野に従って奇跡を起こせるわ。水の神・ヴィヴィアンが嵐を収めたり、逆に日照りの中で雨を降らせたりできるみたいに」
「ああ、それは知ってる」
「だからね、神様にとって、妖精と、それを従える人間ってのは何より大事なの。自分の妖精を連れる人が増えれば増えるほど、大きな力を手にすることになる。そこで問題です! モリガンは何の神様でしょーか!」
「……さあ? なんだよ」
「ふふ、正解はね、戦争の神様。争いごとの神様よ。実際、100年くらい前、まだ世界中が戦争をしていた頃は、大人気だったんだって。モリガンの加護があれば戦死をまぬがれ、より多くの敵を殺せるって評判だったみたいよ?」
「戦争、ね。でも、そんなもん、それこそ何十年も前の話じゃねえか」
「その通り。だから問題なのよ。世界が平和になって、戦争がなくなったとたん、争いごとの神様でしかないモリガンの信徒は極端に減った。信徒が減れば神の力も失う。力を失い続ければ、いずれは消滅しちゃうわよね? それが嫌で、モリガンは信徒に争いを起こすよう指示したの。そして、それに従った人たちが起こした破壊活動――それが3年前のテロ事件の正体」
「なるほどな」
「誰だって死にたくないもんね。で、ここでシルビナに戻るんだけど。シルビナの両親って、治安維持特殊部隊の所属だったんだって。で、まだ子供だったシルビナとお兄ちゃんも、才能があったとかで、お父さんたちを手伝ってたそうよ」
「子供でもできんのか?」
「治安維持部隊が使う武器って、基本的に麻痺弾スタンショットの銃弾を使った狙撃だもの。遠くから一撃で決めるだけなら射的みたいなものなんじゃない? とにかく、シルビナと家族も、テロの鎮圧に向かった。そして……」
「そして?」
 少し溜め、プリムは言った。
「死んじゃったんだって。お父さんとお母さん、それにお兄ちゃんも」
「……死んだ?」
「うん。詳しい事情は話してくれないんだけど、シルビナがミスって、居場所がバレちゃって、狙撃は厄介だからって優先的に攻撃されたみたい。その後、正規部隊も到着して、テロは鎮圧したんだけどね。奇跡的にも一般人に被害者は出なかったんだけど、テロリスト一味は投降した数人を除いてその場で射殺。治安維持部隊も特殊班・正規班とも、何人か被害者が出たみたい。シルビナの家族は、その中に含まれるってことね」
「そういうことか……」
 それならば、目がいいことも理解できる。
 狙撃は、つまるところ遠くから相手を攻撃する手法だ。基本的に狙撃手と観測手の二人一組、狙撃手は指示通りに相手を狙う集中力が、観測手は周囲の状況を見渡しながら冷静に状況を分析する思考力が問われる。
 そういう役目に、幼い頃からついていたとすれば――目のよさ、戦況分析力、そういった決闘に必要なスキルも手に入るだろう。
「でも、なんでお前、そんなこと知ってんだ。てか、なんでオレに話したんだ?」
「ん〜? だって奨励会にいる人って、基本的にピリピリしていて話しかけづらいし。それに、シルビナに興味を持った人なんて珍しいもん」
「そうなのか?」
「そうよ。あの子、いつもあんな感じで愛想ないし、そっけないでしょ? まあ変人なのは決闘者に多いけど、それにしてもね。それに、決闘者にとって強さってのはひとつの指標だけど、あの子、いつも突進しかしてこないから、勝つの簡単なんだもん。だから、みんなの評価も低いまんま。もったいないよね?」
「そりゃそうだが……、お?」
 ヴァンが顔をあげる。けれど、プリムは気付かぬまま、話を続ける。
「その点、あたしは愛想いいし〜? それに可愛いでしょ! しかも強さも……」
「それほどあなたが強いとは知りませんでしたね、プリム・ローゼン」
 ぴたり、とプリムの口が閉ざされる。油の途切れた機械のような動きで振り向いた先には、
「プリム。おしゃべりも結構ですが、人のうわさ話とは感心しません。それと、そうやって人の話をすることでつけ入るやり方は、決闘者の姿勢としてどうかと思いますよ?」
「げっ、カ、カンナ先生……」
 表情の固まったプリムの先には、いつ現世に戻ったのか、カンナ・ヴィオレッテの閉ざされた目があった。
「プリム。あなたは道場の掃除をなさい。まずは心を磨くところから始めるべきでしょう」
「え〜!? そんなのひどくないですか!? てか、あたしも奨励会員なんですけど!」
「それはそれ、これはこれ。今日の指導師範は私で、指導師範にはその日、奨励会員たちに指導と課題を課す権利が与えられています」
「オニ〜!」
「ああ、下の階も掃除してくれるのですか? それはミーナさんも助かることでしょう」
「ホントにオニだ!?」
 プリムが悲鳴をあげる脇で、ヴァンはシルビナの去った出入り口を見つめていた。