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奨励会館の1階には、ミーナのいる受付と、狭いが休憩の取れるスペースがある。 シルビナはそこで一人、お茶を飲んでいた。 お茶の入ったカップを見つめる。そこには、自分の怜悧なまなざしが映りこんでいる。 「……」 シルビナが黙ってカップを見つめていると、 「よう、決闘しようぜ」 隣に少年が座った。少しだけ視線を上げる。 「ヴァン、いきなり何?」 「何じゃなくて、決闘しようぜ」 「どうして私が? 上に行けばいくらでも奨励会員がいるし、それこそゼルにでも頼めばいいでしょう。彼ならば喜んで決闘してくれるんじゃないかしら」 「そう言うなよ。オレはお前とやりたいんだって」 「……。私、あなたみたいな人、嫌いよ」 立ち上がるシルビナ。ヴァンは、そんな少女を目線で追いかける。 「どうして?」 「常識知らずは嫌いなの」 「違うからって嫌うのはおかしくねえか」 「違うことが嫌いなんじゃないわ。成すべきではないことをするから嫌いなのよ。規則も、規約も意に介さない。そんな秩序を乱す人間が、嫌いなの」 「しょうがねえじゃんか。知らねえんだから」 「公園で寝泊まりすることが?」 「いくらでもいねえ? そういうやつ」 「いるわけないでしょう。ここは都市よ」 「だから、都市のルールなんか知らねえんだってば」 「じゃあ覚えて。都市では公園で寝泊まりしたりしないし、決闘ばかりしているのはおかしな人だけよ」 「じゃあお前は?」 シルビナが口を閉ざす。対するヴァンは、笑顔で問いかけた。 「お前も決闘してるよな。奨励会員の連中も、カンナもそうだ。みんな決闘者だ。あれは、お前の嫌いな連中ってことか?」 ヴァンの問いかけに、シルビナは吐き捨てるように答えた。 「……そうよ。決闘者なんて嫌いだわ」 シルビナはもはや振り返らず、会館を出て行ってしまった。ヴァンも、無理に追いかけたりはしなかった。 「あ、あの〜」 その様子を受付から見ていたミーナ・ヴェルデはおそるおそる口を開く。 「今のはヴァン君が悪くない? シルビナちゃん、基本いい子よ?」 「ああ、オレが悪いよ。でも、シルビナはそれを示さなかった。だから、あいつも悪い」 「示さなかったって……」 あきれるミーナに、ヴァンはにやりと笑う。 「そういやお姉ちゃん、なんて言ったっけ」 「え? ああ、名前? ミーナよ。ミーナ・ヴェルデ」 「そっか。じゃあミーナ、あんたも決闘者を見てるんだろ? ならわかると思うけどな」 「……どういうこと?」 首をかしげるミーナに、ヴァンは朗々と告げる。 「決闘者ってのはさ、本当に言いたいことは、決闘で示すもんだぜ」 翌日。 やはり公園で寝泊まりしたヴァン・レクサスは、誰よりも早く奨励会館の道場に姿を現した。 そうして皆が来るのを待っていると、 「お、ヴァン。早えな!」 「よう、ゼル」 ゼル・ロッシェと、カンナ・ヴィオレッテ。そして、カンナの手を引くショートヘアの少女――シルビナ・ノワール。 ヴァンの姿を認めた瞬間、シルビナは珍しく表情を変化させた。とはいえ、その表情は、どう見ても好意的とは言い難い。 対するヴァンはそんなことは意に介さず、ひらひらと手を振った。もちろん、シルビナは返したりしなかったが。 それでも構わなかった。 カンナが来て後、三々五々奨励会員たちが揃ってくる。その最中を狙って、ヴァンはカンナの隣に立った。 「何」 「お前じゃねえさ」 シルビナににらまれるが、ヴァンは気にせずカンナに耳打ちする。盲目のカンナは、そのぶん人よりも耳がよい。小さな声でも十分に聴きとってくれた。 「ええ、わかりました」 カンナが頷いたところで、ヴァンは離れた。シルビナはカンナの隣で不機嫌そうだが。 離れて座ったヴァンの隣に、今度はゼルが寄って来た。 「よう、ヴァン。師匠に何を言ったんだ?」 「たいしたことじゃねえよ。それに、オレが考えたってだけで、カンナが認めてくれなきゃどうしようもねえしな」 「だから、何をしたんだって。いや、何か頼んだのか?」 「しょうもねえことだよ」 はぐらかすヴァンは、ゼルを見やる。 「そういやゼル、お前、こないだカンナの手を引いてたよな。カンナと仲良いのか?」 「バカ。俺は師匠の――カンナ師匠の門下だぞ。お前と一緒だ」 「あ、そうなのか。じゃあシルビナも?」 「おう。カンナ師匠の門下は一番弟子が俺、二番弟子がシルビナだ。お前は三番弟子ってことだな。ほら、俺は兄弟子なんだから、ちょっとは敬え」 「じゃあお前はシルビナとも長いんだな」 「聞けよ。……まあそうだな。つっても、きっかけとかは知らねえんだ。師匠がどっかでシルビナを拾ってきて、今日から内弟子にしますって言ってな」 「内弟子?」 「師匠と一緒に住む弟子のことだよ。朝から晩まで決闘のことを学ぶんだ。俺は普通科の学校に行ってるから放課後だけしかやれねえけど、シルビナは学校も行ってねえから、日がな一日、決闘のことを勉強しているはずだぜ」 「それ、いつごろだ?」 「さあ? あー……、3年近く前かな?」 「ふうん」 ヴァンが顔を上げると、ちょうどカンナも立ち上がるところだった。 「さあ、皆さん、揃いましたね。では、今日も楽しく決闘をしましょう」 目が見えないはずのカンナが、ヴァンに向かって笑いかけたような……、そんな気がした。 アストラルサイドへ移行する。 妖精の力を借りて異空間に移動する際、人間は妖精から魔力を借りる。貸与魔力だ。 そして、借り受けた魔力を消費して、自分の服や装備を形成する。この時、肉体を形成する部分もアストラルサイドに合わせて再構築されているが、肉体の変成には魔力を消費しない。あくまで自分のイメージする肉体を作るだけのこと。つまるところ、大柄だろうが小柄だろうが、消費量は変化しない。 ヴァン・レクサスもまた、装備を顕現していた。ナイフともソードとも呼べる中程度の刃物。それに、いつものジャケットとズボン。防具の類は一切顕現しない。 他の会員たちを見ると、だいたい昨日と大差ない格好をしているようだった。熟達した決闘者ほど、同じ自分をイメージしがちだ。イメージが凝り固まる、と言い換えてもよい。それは肉体においても、装備においても同様だ。 「みなさん、集まりましたね」 目が見えるようになったカンナ・ヴィオレッテが全員を見渡す。 「では、これが今日の対局表です」 カンナが指を鳴らすと、巨大な石版がせりあがってくる。そこには、奨励会員たちの名前が並び、今日の対戦相手が表記されている。 「来たか」 ヴァン・レクサス。対戦相手は――シルビナ・ノワール。 ヴァンが指定された対局フィールドに移動すると、すでにシルビナの姿があった。昨日と同じ片刃の剣にブレストアーマー。近接装備だ。 「あなた、先生に頼んだのね? そこまでして私と対戦したいの?」 「偶然じゃねえか」 答え、ヴァンはにやりと笑う。その笑みに、シルビナは眉をひそめた。 「あなた……、やっぱり、気に入らない」 「そうか。じゃあ、やろうぜ!」 「……いいわ、叩き潰す!」 |