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シルビナが下段に剣を構えた。開戦の合図。 「ふッ!」 ヴァンは息を吐きながら、足裏に魔力を集中させた。思い切り蹴り出す。 「ッ!?」 ヴァンの加速力を見たことのないシルビナは、驚愕に目を開く。だが、ヴァンは止まらない。 「ほら、こっちだぜ!」 「くッ!」 ヴァンが振り下ろした剣を、シルビナはかろうじて剣で受ける。ガチン、と硬質な手ごたえが返ってきた。 「ほら、一撃防いだくらいで余裕こいてんじゃねえぞ!?」 ヴァンは決して止まらない。 防御を捨てているヴァンにとって、停止とは即死と同義。跳び、かわし、シルビナの剣に合わせて剣を振るう。 「……」 やはりと言うべきか。 シルビナは、見えている。ヴァンの超加速力、ゼルの認識さえ置き去りにした瞬間的スピードを、シルビナは点ではなく線で捉えている。 点で捉えているようなら、言っては悪いが、ただ視力が良いだけのことだ。今どこにいるか把握できても、次の瞬間にはそこにいない。今という存在するようで存在しない一瞬の間に、ヴァンは移動できる。 だが、線で捉えていれば、話は違う。ヴァンが移動する先を予想し、そこに剣を置かれてしまうと、ヴァンは自ら相手の武器に突っ込む形となる。そうなると、自分の加速力さえ自分に跳ね返ってくる。 初撃こそ目が慣れていなかったのだろうが、今はヴァンの高速にも慣れてきている。 「面白え、じゃん!」 飛びすさったヴァンは、剣を握り直した。 「やっぱお前、強いじゃんか。なのに、なんで真面目に戦わないんだよ」 「大きなお世話よ」 片刃の剣を構えなおし、シルビナがにらんでくる。彼女は速力強化にあまり魔力を割いていない。自ら突進して、超高速のヴァンを捉える自信はないのだろう。そのぶん、防御力も高いから、致命傷を喰らう可能性は低い。一撃死しかねない心臓はアーマーが守っている。 「シルビナ。決闘で斬られると、痛いよな」 「……それが?」 「大事なことだぜ。決闘は異空間で――神の世界でやるから、現世でダメージが残るわけじゃねえ。だけど、痛いものは痛いし、苦しい時は苦しい。ま、その感覚がなきゃ、格闘なんてできねえだろうけどな」 「だから、それが何」 「痛みは確かにある。頭ぶち抜かれたら、そりゃとんでもなく痛いだろうな。でも……、死にはしない。肉体は本物じゃねえ、あくまで妖精が魔力で再構築しただけの、仮初のもんだからな」 「だから! それが、なんだというの!」 「わかってんだろ? そんなこと、何にもならねえ、ってな!」 ヴァンは駆け出した。加速を使わない、普通のダッシュ。シルビナもまた、応じるように走る。 振り下ろされる剣。それを眺めながら、 「はッ!」 ヴァンは跳ねた。魔力を使った驚異的ジャンプ。もちろんひと足で間合いから逃げ去り、 「ふッ!」 空中に漂う魔力を踏み台に、途中で軌道を変える。 「なッ!?」 頭上から襲いかかるヴァン。シルビナは慌てて剣を引き戻す。 「い、よっ!」 ガード。剣と剣が交差する。そのポイントを支点に、ヴァンはさらに加速! ぐるりと一転し、シルビナの背後へ。無防備な背中に、 「そらッ!」 思い切り蹴りをかました。弾かれ、シルビナは地面を転がっていく。 「っぅ……」 「どうしたよ、痛いか? そりゃ地面を転がれば痛ぇだろ。蹴られた背中も痛いよな。それでいいのか?」 剣をぶらぶらと揺らすヴァン。対するシルビナの瞳に、炎が燃えた。 「……そう。あなたが、その気なら。本当に、殺してあげるわ!」 剣をまっすぐ両手で持ち、体の正面で構える。 「バースト!!」 シルビナの全身を覆う魔力がひときわ増した。 バーストモード。妖精から借り受けた魔力を少しずつ燃やすのではなく、一挙に燃やし尽くす、まさに背水の陣。 「はっ、そうこなくっちゃな」 その様に、ヴァンは笑顔を浮かべた。バーストすれば、単純に魔力量が増える。スピードも、パワーも、タフネスも、全てが上昇する。そのぶん継戦能力は格段に落ちるが、この場で決めてしまえば問題ない。 そう、シルビナはここで決めるつもりなのだ。その強い意志に、ヴァンはぞくぞくと背筋が震えるのを感じる。 「ふッ!!」 疾走。格段にスピードの増したシルビナは、まさに猛進する弾丸。生半可なガードでは堪えられない。ましてや、防御不能のヴァンでは……、絶対に受けられない。 それでもヴァンは動かなかった。冷静に、ただどこまでも冷静に。 「せりゃあ!!」 シルビナの振り下ろす斬撃。ヴァンの目には、線となって動く剣が見えていた。 「ほッ!」 相手の剣に合わせ、自らも剣を振るう。 剣と剣が火花を散らし、駆け巡る。自分の脳天を狙っていた剣は、ほんのわずか――左にそれた。 「ッ!!」 頭をかすめ、耳元を豪風が吹き荒れ、ヴァンの左肩に激痛が走る。肩から先をもがれ、しかしそれでも、ヴァンは右手の剣を放さない。 「しめえだ!!」 剣を振り切ったシルビナの足元を払う。足を外に刈られ、大きく体勢を崩したシルビナを、抱きすくめるような形で押し倒す。 「っ……!」 地面に押し倒し、馬乗りにのった勢いのまま、ヴァンは右手の剣をシルビナの喉元に突きつけた。 「ほら、おしまい。オレの勝ち」 左腕からぼたぼたと血を流しながら、それでもヴァンは笑顔を崩さなかった。 そんなヴァンを見上げ、シルビナは――目尻にしずくが浮かんでいた。 「なんで、わかったの?」 「なんとなくな。ああ、痛ぇな、やっぱ。すげえ痛い。お前、毎日、こんな痛みを我慢してたのか?」 「……そうよ」 小さな声で答える少女に、ヴァンは嘆息した。 「お前、すげえな。オレ、痛いの苦手だしよ。よくそんなに我慢できるな」 「だって……、そうでもしなければ」 「家族に申し訳が立たないか?」 ちらりと、視線だけがヴァンに向く。 「……誰かに、聞いたの?」 「ああ。お前は、狙撃手だろ?」 「ええ。兄が観測手、父と母が私たちの護衛。私はただ、兄の言う通りに引き金を引くだけ。おかしな家族よね。いくら非殺傷性の武器とはいえ、子供に銃を握らせるなんて」 「都市のルールはわかんねえからな。オレにゃ何も言えねえさ」 「そうね……。そうね、あなたは、知らないのだものね」 剣を引いたヴァンは、シルビナの上から退く。少女も体を起こし、ぺたりと座り込んだ。 まるで、幼子のようだった。 「あの日、モリガン派が暴動を起こして、私も家族と一緒に鎮圧へ向かったわ。いつものように、遠くから狙い撃ちするだけ。それだけのはずだったの。あの日、違ったのは、ひとつだけ。私が撃った弾で、モリガン派のテロリストは気絶しなかった。たった、それだけ……」 「神の加護を受けていたんだろうな。モリガンってのは戦の神なんだろ? なら、少しくらいの痛みやショックも殺せるくらいハイにさせることだってできんだろうさ」 「そうみたいね。戦いの神が加護を与えた兵士……。それを考慮に入れず、いつもの暴動か野生動物のように考えていた。それが、私たちの敗因。反撃を受けて、父が死に、母が死に、兄は私の盾になったわ。私の目の前で……、血を噴いて」 かすかに震えるシルビナ。その肩に、ヴァンは手を乗せる。 「シルビナ。お前は、生きていていいんだぜ」 少女は少しだけ顔を上げ、青い顔をヴァンに向ける。 「でも……、みんな、死んじゃったの」 「死んだ奴は何も思わねえさ。生きている奴だけが考えられるんだ」 「生きている、人だけが……」 「ああ。死んだ奴は何も望まないし、望めない。だから、死ぬって悲しいんだ。けど、お前は生きている。だから、何を望んだっていいし、やりたいことをすりゃあいい」 「私に、やりたいことなんて……」 「あるだろ? さっきの動きだってそうだぜ。狙撃手が目だけでオレの動きについて来られるようになんかなるもんか。お前の格闘センス、決闘で磨いたんだろ? そんだけ好きなんじゃねえか」 「決闘?」 ヴァンはにやりと笑う。 「楽しいぜ、決闘は。オレは最強になる」 「あなたが、最強に?」 「ああ」 力強く頷くヴァンに、シルビナはくすりと笑った。 「そうね、あなたは、なれるかもしれない。誰よりも強く」 「かもじゃねえ。なるんだ」 「ふふ、そうね」 シルビナは立ち上がった。決して表情豊かではない彼女ではあったが、かすかに和らいでいるのが分かった。 「もう大丈夫か?」 「それはあなたが心配されることでしょう。痛くないの?」 「超痛ぇ」 「当然ね。早く現世に戻りましょう」 「おう」 シルビナに手を借り、立ち上がるヴァン。その耳元に、シルビナはそっとささやく。 「次は私が勝つわ」 「……ああ。楽しみにしてるぜ」 奨励会員たちが次々と現世に戻ってくる。 カンナはその気配だけを感じていた。と、かたわらに人の気配が立つ。 「戻りました、先生」 「シルビナ、お疲れ様」 自らの門下生の声。その声音だけで、カンナには十分に理解できた。 「どうです、あなたの弟弟子は」 「負けました」 「そうですか。では、次は勝ちなさい」 「もちろんです」 シルビナの返答に、知らず、カンナの頬も緩む。 「本当に、面白い子ですね」 「……? ヴァンのことですか?」 「ええ」 自分が3年かけてできなかったことを、たった一度の決闘で成してしまった。 一見するとバカっぽい。都市の常識は知らず、決闘のことしか口にしない。 だが――案外と、その底はとてつもなく深いのかもしれない。 「本当に、面白くなりそうですね」 心臓が、どきどきと跳ねている。 それは、プロ試験に合格し、初めての対局に赴いた日の鼓動と――よく似ている気がした。 |