「おお、やりやがった」
 ノーダメージを課題として出されたゼル・ロッシェは、もちろんゴーレムなどという強敵を相手にするつもりはなかった。
 ゴーレム最大の弱点は、遠距離攻撃ができないこと。しょせんは土くれ、手近な岩を投げるくらいしか遠距離攻撃の手段はなく、しかるに距離を置けば比較的安全だ。
 子供の決闘者が果敢にゼルへと挑みかかるが、直線的な攻撃など、どうということはない。
「そらよっと」
 かわし際に蹴りをカウンターでくれてやる。子供相手だからといって手加減はしない。自分はそれほどまでには強くないし、何より油断と手加減は最もいけないとヴァンから学んでいる。
 どんな時も全力で。素人と見限った時こそ、敗北の芽が生まれるのだ。
「ふっ!」
 近接型の相手ならばまだやりやすい。問題は遠距離攻撃を得意とするタイプだ。
「燃えろ!!」
「ッ!!」
 魔導士型により火炎魔法。かろうじてかわすが、熱波がじりじりと皮膚を焼く。
「あっぶねえな、おい!」
「当たれよ、このっ!!」
 少年魔導士の放つ火炎弾の連射。回避を続ければいずれは息が切れそうなものだが、その前に別の敵が来ては分が悪い。
「炎……、利用」
 師匠の戦いが目に浮かぶ。
 師匠ならば、きっとこの炎を弾き返し、あの少年を倒してしまうのだろう。だが、自分にはそれだけの魔力制御がまだよく分かっていない。
相手の魔法攻撃を反射させるには、それ以上の魔力で腕を覆う必要がある。だが、この炎に込められた魔力がいかほどか、正確に見極められないのだ。
 もちろん、多めに魔力を使えば反射は可能だ。だが、多く魔力を消費しては、損しかしない。
 あるいは、吸収という手もあるが――それは、相手の魔力が持つ“質”を見極めねばならない。炎の性質がなければ炎は吸収できない。
「あいつの魔力の波長、その量……」
 相手が切り離した魔力をいかにして見極めるか。その糸口。
 師匠は、どうやっていた?
「くそっ、ちょこまかと!」
 魔導士が杖を掲げた。魔力が杖の先で輝く宝玉へと集う。
「……」
 ゼルは、その魔力をじっと見ていた。集まり、体から切り離され、変成し――。
 ふと気づく。魔導士の周囲で、魔力が渦巻いている。それは、アストラルに浮かぶ魔力の波だ。
 渦を巻き、うねり、輝いている。その中心で、魔導士は杖を自分へと向ける。
「でえい!」
 放たれた雷球。ゼルには、その質も量も、うっすら分かった。
「そういう、ことか」
 見極めるということ。
 自分は、相手の攻撃だけを見ていた。だから量がよくわからなかった。
 比べれば、よくわかる。他人を、周囲を、景色を見れば――この世界には、こんなにも魔力が満ちている。
「はッ!」
 巨大な雷球の表面をなでる。同質同量の魔力で手のひらを覆い、消費することなく、雷球をつかむ!
「でえええええええい!!」
 渾身のカウンター。放り投げた雷球は、魔導士を飲み込み、現世へと送り返す。
「でき、た!」
 自分の手を覆った魔力は、そっと自分の中に戻す。優しく戻せば、消費は限りなく少なくて済む。
 師匠が得意とするカウンター。こんなことを、あの人はあれほど簡単にしているのか。
「やっぱり、プロってすげえ」
 ふと、思い出す。
 自分がなぜ、カンナの弟子となったのか。
「おーい、ゼル!」
 振り返れば、シルビナとヴァンが駆けてきた。見渡せば、他の敵はあらかた潰してしまったらしい。
「守るってめっちゃ疲れんな! でも面白かったぜ!」
「後はあなただけよ。ヴァンがいる今、私は負けないわ」
「はっ。調子こいてんじゃねえぞ!!」
 ゼルは快活な笑顔と共に、シルビナに躍りかかった。

◇ ◇ ◇


 間もなく日が暮れようとしている。
 その中を、カンナ一門は帰路についていた。
「いかがでしたか、3人とも。イベントは」
「面白かった!」
 まっさきに子供のような答えを返したヴァンに、カンナはくすくすと笑う。
「勉強になりました」
「何の、ですか?」
「……もちろん決闘の、ですが」
「あら。さびしいですね」
「何故ですか」
 シルビナは師をにらむが、もちろん盲目の師にはそんなもの通じない。
「ゼルはどうでしたか」
「俺は……、うん。なんか、昔を思い出しました」
「昔?」
「そうっす。俺が、師匠のところに行った時のこと」
「ああ……。確か、公式手合を見学したのでしたね」
「そうそう。師匠が公式手合に出て、相手もプロなのに、ノーダメージで倒しちまったんすよね。相手の子、泣いてたじゃないすか」
「決闘で負ければ悔しいに決まっています。負けなければよいのです」
 しれっと言う師匠に、ゼルも苦笑をこぼす。
「でも、ま、その通りですよね。ちょうどその頃、俺のまわりじゃ決闘が流行ってて、でも俺って負けてばっかで……。ほんと悔しかった。そんな中で、師匠の戦いを見たんです。相手を寄せつけないほどの強さを」
 相手の力すら利用し、反撃していくカウンタースタイル。
 凛々しく、雄々しく。女性決闘者に言うべきことではないかもしれないが、その時、ゼルの目に、カンナ・ヴィオレッテは世界一カッコよく見えたのだ。
「俺、師匠みたいになりたいって思いました。それが、俺が決闘を本格的に始めようと思った理由です」
「それは嬉しい限りですね」
「師匠。俺……、やっぱり、プロになりたいです」
 カンナが足を止めると、自然、同門の皆が足を止めることになる。
「決めたのですか?」
「ええ。俺が師匠に憧れたのは嘘じゃない。本当の気持ちが分かったなら、自分に嘘をつくなんて、そんなの俺にはできません。俺はプロになる。プロになって、師匠のように気高くなってみせます」
「嬉しいですが、ゼルが気高くあろうとするには、少々、落ち着きが足りませんね」
「……師匠はとにかく容赦ないっすよね」
「決闘者に情けは無用です」
 くすくすと笑う師匠に、笑う仲間。
 赤い夕陽が、ゼルの行く先を照らしていた。