「本当に、ここに来るのかい?」
「シルビナも行ったしな。たぶん来るよ」
 そこは、奨励会館の横にある公園だった。
 遊具など何もない、ただの広場になっている場所。そこに、男3人の姿がある。
 ヴァン・レリウス。ライゼル・アズール。そして、レリウス・クライムエッジ。
「でも、シルビナ君たちが追いついたという保証は……」
 レリウスは途中で口をつぐむ。その視線は、通りの向こうへと注がれていた。
 奨励会館へとまっすぐ向かう、3人の少女。そのうち、先頭の一人が口を開く。
「……先生」
 プリム・ローゼン。レリウスの弟子。
 弟子は師匠の前まで来ると、つい、と指を振る。すると、プリムの足元に小さな兎がすり寄った。
 否――兎型の妖精だ。
「ヴィオ」
 名前を呼ばれ、妖精は長い耳をぴくぴくとさせながら顔を上げる。
「受けてくれますよね?」
 プリムの、まっすぐな視線に、レリウスは小さく頷いて返す。続き、
「転移!」
 掛け声と共に、意識は異空へ。
 体は再構築され、周囲の景色は荒野へと変わる。
 アストラルサイド、スタンダードルール。奨励会員が最もなじむ、最も実力の出るステージ。
 レリウスの装備は特徴的だ。黒いスーツで全身を包み、腕に鎖を巻いている。眼鏡だけはそのままだ。
 対するプリムの装備はいつも通り。可愛いドレスにシューズ、そして装飾過多なロッド。
「そんな格好で決闘していたのか」
「ええ、そうですよ。知らなかったでしょう。奨励会の試合は、一度も見学したことないですもんね」
 くるりと回ると、スカートの裾がふわりと浮き上がる。
「さ、始めましょうか。あたしのキュートな戦い、見せてあげます!」
 とん、とプリムは後ろへ跳んだ。同時、開戦の合図。
 ロッドを天へと向け、プリムは叫ぶ。
「キュアシャボン!」
 ロッドの先端から、無数の泡が飛び出した。それらは膨らみ、巨大化し、周囲を包む。
「……ほう」
 透明度の低い泡は虹色に輝き、周囲に漂っている。当然、見通しは悪い。
「どれ」
 レリウスは腕の鎖をたらすと、ひゅっと腕を振った。鎖が舞い、蛇のようにうねる。
 鎖の先端で輝く刃が、泡のひとつを切り裂く。バチン、と弾け、小さく衝撃が走るが、それだけだ。爆発というほどの威力はない。
「目くらましか……」
 レリウスは軽く腰を落とす。周囲を警戒すると、かすかな足音。
「ふッ!」
 腕を閃かせ、チェーンが空間を薙ぐ。泡が次々と切り裂かれるが、
「どこを見ているんですか? こっちです!」
 声は上から。見上げれば、ふわりと浮かぶ少女の姿。
「キラキラスプラッシュ!」
 星の奔流がレリウスを襲う。だが、レリウスもまた、その時には鎖を引き戻している。
「はッ!」
 回転するチェーンが星の奔流と激突、弾き合う。魔力の通った鎖はそれそのものが剣であり盾。攻防一体の武器は、プリムの魔法攻撃など寄せつけない。
「なら、これでどうですか? シャイニーコート!」
 きらきらと輝く光は、プリムを覆う。
 魔法の鎧。
「その程度じゃ、防げないよ!」
 猛進する鎖。鎖刃がプリムの鎧を切り裂き、かすめていく。
「そら!」
 腕を軽く動かすだけで、チェーンは行先を変える。プリムを覆うように跳ねた鎖は、その体を束縛し、動きを封じた。
「ッ……、さすがですね、先生」
「何を言ってるんだい。防御もせずに」
「したじゃないですか、防御魔法」
「僕の鎖は防いでも駄目だ。知っているだろう? 防げば束縛される。ガードではなく回避をすべきだ」
「ふふ、そうですね」
 もはや勝敗は決している。だが、レリウスはとどめを刺せなかった。
「……プリム。君は」
「先生。遅いですよ」
 レリウスの言葉に重ねるように、プリムは言う。
「あたしが先生の弟子になって、そこそこ強くなって。奨励会に入れるようになって、先生は言ってくれましたよね。もっと強くなれるよって。でも、あたし、本当は奨励会とかどうでもよかったんです。強くなることも、あんまり興味がなかった。ただ、先生に褒めて欲しかっただけなんです」
「……」
「ちっちゃな問題を起こしてみたりして。服装もできる限り可愛くして。おかげか男子に対する勝率は凄いことになっちゃいましたけど、まあそれは副産物で」
「プリム」
 レリウスの手が、そっとプリムの頬に添えられる。
「僕は、君の気持ちには答えられない」
「そうですか」
 くすりと笑ったプリムは、そのまま続ける。
「先生の気持ち……、なんとなく知っています。ライバルだって大勢います。でも、負けたくないんです。それが、あたしの決闘です」
 まっすぐレリウスを射抜く瞳。その目に、青年は言葉を返せない。
「ずっと頑張ってきたんです。だから、簡単には諦めません。今度はプロにでもなって、先生と同じ土俵に立って、それから言うことにします。その方が、先生には合ってますよね」
「……確かに、いつか君はプロになるだろうね。そうなれば、僕と戦うことになる」
「はい。その時は、たっぷり愛してくださいね?」
 にこりと笑う弟子に、師匠は小さく苦笑した。

◇ ◇ ◇


 夕暮れの街並み。
 その中を、4人の男女が歩いている。
「ねえ、置いてきてよかったの?」
 アリスが問えば、
「おそらくは。決闘もできたようだしね」
 ライゼルが返す。
「決闘者同士だからな。言いたいことは、なぐり合えば伝わるもんだろ」
 ヴァンが言えば、
「……ヴァンが言うと信憑性が薄くなる気がするけど、その通りね」
 シルビナが頷く。
 4人の男女は、それぞれ帰路についていた。レリウスとプリムが現世に戻ってきたのを確認してから、それとなく別れたのだ。
「でも、これでプリムも、もっと伸びるかもしれないね」
「そうなの? ……まあ、私の敵ではないけれど」
「油断していると足元をすくわれるよ」
「私は最強よ」
 アリスが胸を張ると、
「いや、オレが最強になる」
 後ろからまぜっかえす少年が一人。
「ふん。確かに一度はあなたに負けたけれど、次はないわ」
「オレだって成長するぜ。アリスよりも強くなってやる」
「できるもんならやってみなさい」
「おー、やってやらあ。なんなら今から決闘するか?」
「はん、望むところよ!」
「アリス、あまり逸らない。ヴァンも、アリスを焚きつけないでくれないか」
 がやがやと賑やかに通りを進む三人。その背中を眺めながら、シルビナは一歩、遅れて進む。
「……」
 胸に落ちるのは、自分の言葉。
 ――欲するなら、思いは形にしなければ。
 自分は、何を欲している?
 答えが見つからない。
「おーい、シルビナ。置いてっちまうぞ」
「……今、行くわ」
 両手で荷物を握り直し、歩みを早める。
 その中身で着飾る日なんて、来るのだろうか。
 そんなことを思った。