「ううあ〜……」
 机に突っ伏し、ミーナ・ヴェルデはうめいていた。
 昨晩の手紙を思い出す。
 都市外縁に住んでいる両親からの手紙だった。ミーナも今年で言葉に表せない年齢になる。だが、一人暮らしのうえ、浮いた話のひとつもないミーナを心配する内容だった。
『あんたもいい歳なのだから、いいかげん男の人の一人や二人、手玉に取ってみせなさい』
 とは、母の言。娘になんてことを言うのかと思うが、実際、若い頃の母は人気者で、男を同時に3人も囲ったことがあるとの話。よく刺されなかったものだと我が母ながら思ったものだが。
「大きなお世話よぉ」
 隣で妖精が心配そうに跳ねている。その頭を優しくなでつつ、ミーナは嘆息した。
 別に、そういうものに興味がないわけでもない。良い男がいれば、それはもう自分だってロマンスのひとつやふたつ。流行小説の類ではないが、そういう体験だってしたい。もちろんしたい。
 だが、この職場では、とんとそんな機会がない。
 奨励会の専属事務員であるミーナは、当然、週の半分以上を奨励会館で過ごす。事務員など他にはほぼいないので、自分一人で仕事をこなす。その関係で、なにげに忙しい。
 他の職員があまりいないということは、当然、出会いもない。奨励会員との出会いはあるが――彼らは決闘者だ。恋よりバトルの決闘脳。おまけに変人がものすごく多い。
「はぁ……。いい人いないかなぁ」
 死んだ目で入口を眺めていると、
「うーっす」
 一人の少年が入って来た。ヴァン・レクサスだ。
「あー、ヴァン君。いらっしゃーい」
「お、おう? どうしたんだ、ミーナ」
「どうって?」
「なんていうか……、死んだ魚みたいな目してるぞ」
「きっと日当たりが悪いせいよ」
「そ、そういうもんか?」
 窓の外を見る。確かに今日は曇り空だが、そういう問題でもあるまい。
「……ねえ、ヴァン君。ヴァン君は田舎から、決闘するために出てきたわけでしょ?」
「おう、そうだな?」
「田舎ってカッコいい男の人とかいない?」
「なんだそれ。ていうか、オレの住んでいた村なんて、いくらも人なんかいねえしなぁ」
「そっか。それはそうよねぇ……。はぁ、婚活イベントでも行くしかないかなぁ」
「婚活?」
「結婚活動。結婚したい男女が集まって、伴侶を探すってイベントよ。お子さまには縁のない悩み」
「結婚……。婚約、ってやつか?」
「そうそう。結婚の約束をするのが婚約ね。わかってるじゃ、ない?」
 ふと見れば、ヴァンは脂汗をかいていた。顔色もあまりよくない。
「どうしたの、ヴァン君?」
「いや。すっげー怖いこと思い出しただけ」
「怖いこと? ……婚活が?」
「いや、そうじゃなくて、婚約っての。いや、ありゃ約束ってわけじゃねえけど……。オレは認めてねえんだし」
「あれ、って? なに、もしかしてヴァン君、婚約者がいるの!?」
 ガタン、と椅子を蹴倒す勢いで立ち上がる。不肖ミーナ・ヴェルデ、他人の浮いた話を見逃すほど甘くはない!
「あ、いや、婚約者じゃねえんだって。ただ、田舎にいた時、つきまとってきてた女がいて……」
「女の子ってあれよね? ちゃんと女の子よね?」
「お前はオレをなんだと思ってんだ」
「……はぁ、ヴァン君に、婚約者」
「じゃねえっての」
 本人は否定するが、意外だった。それはもう意外だった。
 ヴァン・レクサスといえば、奨励会でもとびきりの決闘バカ。決闘以外には一切の興味がなく、つまるところ婦女子に興味を抱くようにも思えなかったのだ。良く言えば幼年学校の男児と同じ。ぶっちゃけガキ。
 なのに、なのになのに!
 婚約者!
「いやぁ、人は見かけによらないっていうか……。超意外」
「お、大きなお世話だっての」
 休憩スペースにどっかと座ったヴァンは、茶をすする。そうしていると、少しずつ奨励会員たちも集まってくる。
「よう、ヴァン」
「ヴァン、早すぎるわ」
 カンナ一門のゼル・ロッシェにシルビナ・ノワール。
「あ、ヴァンだー。やっはろー」
 レリウス門下のプリム・ローゼン。
「ヴァン! 今日こそ決着つけてあげますわよ!」
「こら、アリス、朝から野良試合を仕掛けない」
 ガリア門下のアリス・ヴァイスラントにライゼル・アズール。
「……不思議な子」
 門下の垣根を越え、彼には友人が多い。
 まだ奨励会に来て数カ月。なのに、もはや数年来の友人とばかり、仲良くしている。それは、彼の人徳とでもいうべきものだろうか。
 最初は常識知らずの、ただの決闘バカに見えていた。だが、先ほどの婚約者話ではないが、意外と彼の本性は別のところにあるのではないだろうか。
 あるいは――本性を見せていない?
「まさかね」
 ミーナがぽつりと漏らした時、
「あの」
「あ、はい」
 いつの間にか、受付の前に、見覚えのない少女が立っていた。
 雷のごとき金色のロングヘアに、質素なワンピース。柔和な笑顔を浮かべてはいるが、目つきが鋭いので、見方によっては恐ろしく感じるかもしれない。
「あの、こちらに知り合いがいると聞いて来たのですが」
「お知り合い、ですか? あの、会員の個人情報についてはお答えできかねますが……」
「そう言わず、教えてもらえませんか。実は、あたしの婚約者なんです」
「婚約者?」
 先ほどの話を思い出し、ミーナは思わずヴァンの方を盗み見た。自然、対面の少女もそちらを向き、
「あ! ヴァン!!」
「……? げっ!? エクレア!?」
 驚くヴァンめがけ、少女は突撃。そのまま跳びかかる。
「ヴァン! ヴァンヴァンヴァン! やったやった、やーっと会えた! もう、寂しかったのよずっと! なんであたし置いて都市になんか行っちゃうの探したのよもー!!」
「う、うるせ、てか離れろ! 息が、できねっ……!!」
 ヴァンへとヘッドロックをかます少女。と、シルビナが歩み寄り、その少女の首根っこをつかんで強引に引っぺがす。
「何、あなた? 私の弟弟子に何か用?」
「弟弟子? ふうん……、ヴァン、弟子入りしたんだ。あなた、誰の門下生?」
「カンナ師範よ」
「カンナ、カンナ……。ああ、あの相手の力をちょろまかすセコい決闘者」
 一瞬にして空気が張り詰める中、それでも少女は全く気にせず、平然と立ち上がる。
「あたし、エクレア・フレイガン。ヴァンの婚約者。よろしくね?」
「はぁ?」
 瞬間、空気が氷よりも冷たく張りつめ――妖精たちが涙目となった。