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奨励会館二階、道場の間。 なぜか中央で正座させられているヴァンの周囲を、皆が囲んでいる。隣にはエクレア・フレイガンと名乗る少女。対面には、シルビナ・ノワールと、どう見ても巻き込まれた感が強いゼル・ロッシェ。 「それで? ヴァンの婚約者というのは、どういうこと?」 「だから、オレはそれ、認めてねえんだっての。エクレアが勝手に言ってるだけ」 「そうなの?」 シルビナが視線でうながすと、エクレアも答える。 「だーって、ヴァンはあたしの運命の人なのよ? ならもう婚約するでしょ? 普通のことでしょ!」 「運命の人……?」 「そう! あたしより強い人なんて、今まで誰もいなかったんだもん。なのに、ヴァンってば、あたしをあっさり蹴散らしちゃって。しかも、あたしと同じスタイルなの! これはもう運命でしょ?」 「……さっぱり意味がわからないわ」 再び視線がヴァンに戻る。ヴァンは肩をすくめ、 「エクレアって、都市の出身なんだとよ。んで、都市で決闘してたらしいんだけど、自分と同じレベルの相手がいなさすぎて、決闘に飽きちまって……。で、田舎に来たんだとさ。そこでオレと決闘して、まあ、オレが勝っちまったんだが」 「それからずっと?」 「ああ。もうずっと。運命の人、運命の人って、つきまとわれてんだ」 冷たい視線がエクレアに向かうが、少女はそんなことを意に介さない。 「ふふん、ようやくヴァンを見つけたんだもん。ほら、ヴァン、こんなところやめて、あたしと一緒に暮らそ?」 「嫌だよ……」 「なんでよぅ。あ、恥ずかしがってるの? 大丈夫、一緒にずっと遊べるから……」 ゆっくりとヴァンににじり寄るエクレア。その首根っこを、シルビナがつかむ。 「ヴァンはカンナ先生の弟子で、奨励会の会員よ。勝手なことを言わないで」 「なによあなた、さっきから。邪魔ばっかりして」 「邪魔はどちらよ」 バチン、と弾ける火花。その中で一人、ライゼルだけがうつむいている。 「……ライゼル? どうしたの?」 隣に座る妹弟子が兄弟子の様子をうかがうが、 「いや、エクレア・フレイガン……。僕の記憶が正しいなら、たぶん……」 「……?」 ぽつりとライゼルがつぶやいているが、ヒートアップした少女たちはそんなものに気付いてすらいない。 「気に入らないわ、あんた。ねえ、あんたも決闘者なんでしょ? なら、決着方法はひとつよね?」 エクレアの肩に、妖精が絡みついた。蛇型の妖精は、ちろちろと舌を出す。 「そうね、叩き潰すわ」 ひょこん、とシルビナの頭に猫が飛び乗る。 「転移!!」 二人の姿が掻き消えた。はぁ、と嘆息したヴァンを筆頭に、他の面々も転移して行く。 残ったのは、ライゼルとアリスの二人。 「ねえ、ライゼル。あなた、エクレアを知っているの?」 「……直接、対局したことがあるわけじゃない。でも、彼女もアマ決闘者だ」 「アマチュアの決闘者なんていくらでもいるでしょう。趣味でやる人だって」 「違うんだ。そんなのとはレベルが違う」 ライゼルは首を振り、 「僕の記憶が正しければ……。彼女は、十年前のアマチュア名人だよ」 アストラルサイド。 荒野の中で、エクレア・フレイガンとシルビナ・ノワールが対峙している。ゼルたち奨励会員は、その決闘を少し離れたところから観戦していた。 エクレアの装備は簡素なものだった。両手にナイフを握り、長い髪は頭の後ろで結んでいる。全身を覆う衣は比較的露出が多いが、手甲と足先だけはしっかりと金属板がきらめいていた。 対するシルビナはいつも通り、ブレストアーマーと片刃の剣を主体とした軽めの装甲。代わり、全身を強い魔力障壁で覆っている。 「実際、どんなもんなんだろな。てか、あの軽装備、奨励会員相手に舐め過ぎじゃねえか?」 「わっかんないよ〜。あのヴァンの婚約者なんでしょ? もしかしてすっごく強かったりして」 「だから。オレは。婚約してねえ」 強く言い切ったヴァンは、続けて言う。 「……それに、エクレアは強いぜ。オレと同じくらいにゃ強い」 「ヴァンと……、同格?」 その言葉がにわかに信じられず、ゼルは首をかしげる。 「田舎ってそんなに強い奴だらけなのかよ……」 「いや、田舎で強ったのはオレとエクレア、それにおっさんくらいだ」 「真面目か」 そんなことを話している間に、二人の準備が整っていた。 「後悔するなよ」 ギラリと光る、猛禽のごとき瞳。ナイフを手に、エクレアはシルビナをにらむ。 「そちらこそ」 対するシルビナも剣を構えた。同時、開戦の合図。 鐘の音が鳴りやまぬ間に、エクレアは飛び出していた。まさに弾丸がごとき加速! 「ッ!?」 シルビナは剣で応じる。ナイフと剣が激突し、火花が散った。 「よく受けたな!!」 飛び跳ねたエクレアは着地と同時、さらに加速。 縦横無尽にフィールドを駆け巡り、シルビナに猛攻を加える。 「こ、いつは……、まさか、局所型?」 「すごいわ。ヴァンの他にも局所型なんていたの?」 驚く観戦者たち。そこに、ライゼルとアリスも転移してくる。 「ああ、始まっていたか……」 「どっちが優勢なの?」 アリスの問いかけに、ゼルは答えられず、ヴァンも沈黙を貫く。 かろうじて答えたのは、プリムだけだった。 「……エクレアのほうが良い。攻めてるのはどう見てもエクレア。シルビナは防御に魔力を使いすぎて、どんどん削られているみたい」 「やっぱり……」 ぽつりと漏らしたのはライゼル。ゼルは先輩決闘者を見上げる。 「先輩、あいつのこと、知ってるのか?」 「ああ、うん。思い出した、と言うべきかな。アマチュア名人ってのは知っているだろう?」 「ああ、プロとか奨励会員以外が参加できる決闘のタイトルだろ」 「そう。本当のアマチュアだけが参加する大会さ。とはいえ、参加者の中には、プロにはならなかったものの、元奨励会員なんて人もざらにいる。その中で……、弱冠8歳にして優勝したのが、エクレア・フレイガンだ」 「ゆ、優勝!?」 ライゼルは小さく頷く。 「みんなはまだ小さかったから覚えていないかもしれないけどね。僕は試合も見に行ったから覚えているよ。小さな体で、大人の決闘者すら蹴散らして……。ついた異名が“雷神”。雷神のエクレア」 「雷神……」 今の戦いを見ていれば、その意味はよくわかった。 まさに雷のごとく、瞬間的にどこにでも現れる。攻撃してきた次の瞬間には距離を置かれており、離れたところにいたと思えば目の前にいる。 神出鬼没。それを可能にしているのは、足先に集中した魔力。ヴァンと同じ、超加速によるスピード戦法。 「彼女はアマ名人の決勝戦で、元奨励会の先輩を蹴散らして……。あげく、『つまらなかった』と言い残して、そのまま表彰式すら出ずに姿を消した。それ以降、公式試合で彼女が出たことは一回もない」 「その後、田舎に行っちまってたってことか」 今ならばわかる。彼女がつまらないと言った意味。 アマの決闘者では、間違いなく相手にならない。勝負とは、手ごたえがあって初めて意味を持つ。勝つと分かっている試合はただの作業だ。面倒でしかない。 彼女にとって、決闘とはそういうものだったのだ。ヴァンと出会うまでは。 「シルビナには荷が重い……。いや、僕でも勝てるかどうか」 冷汗を浮かべるライゼルのことを、ゼルはもはや笑えなくなっていた。 |